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104話

「「――ッッ」」


 人が入ってくるのを察知し、俺たちはすぐさま身を隠した。

 直後、ガラガラと音を立てて準備室の扉が開く。


「はあぁ、準備室遠すぎぃぃ」

「だよねぇ。私も疲れたよぉ」

 声からして入ってきたのは二人の女子生徒のようだ。

「ともえ、この資料ってこのあたりでいいの?」

「うん、ここで合っていると思う。ありがとね、手伝ってくれて」

「いいよ、いいよ。ちょうど手が空いていたしね」

 どうやら女子生徒二人も俺たちと同じように先生から荷物運びを頼まれたのだろう。何かを置く音が耳に入ってきた。


 で、そんな俺たちが隠れたのは、近くに置いてあった予備の教卓の裏側だった。そこに俺と七海が身を隠している。

「これ、もしかして隠れる必要なかったのか……」

 女子生徒たちに聞こえないよう小声で呟く。

「うん、たぶん……。隠れるとしても二人一緒に隠れる必要はなかった……」

 すぐ顔の下から七海の声がする。

 そう、俺たちは隠れる必要はなかった。そもそもここに来たのは先生に頼まれごとをされたからであって、やましいことをするつもりだったわけではない。彼女たちが入ってきたとしても、冷静に距離をとって、いつも通りにしていればよかった。仮に隠れるとしても自分か七海のどちらか(この場合、俺になる)が隠れれば事足りた。

 二人一緒に隠れてしまえば、見つかった時に言い訳が立たなくなってしまう。

 でも、あのときの俺たちには二人の世界が出来上がっていて、正直、どうかしていた。冷静さなんてどっかに放り投げていた。


「――でさぁ、高坂先輩も悪いよねぇ」

 いつの間にか二人の話題は変わっていたらしい。

「そうだよねぇ。だって、お金を稼ぐために女の人とデートしていたんでしょ? 最近、サッカー部の練習後にさっさと帰っていた理由がそのためだったって」

「たしか、例の事件の被害者と事件の前に会っていて、その被害者が高坂先輩と会っていたって話していたんでしょ?」

「そうそう。あーあ、高坂先輩、私、狙っていたんだけどなぁ」

「いいじゃん、告白する前に本性が分かって。ともえなら、またいい人が見つかるって」

 少し休憩するつもりなのか、二人は楽しく談笑している。


 その一方、教卓の裏にいる俺たちは、早くどっか行ってくれと祈るのに必死だった。

 教卓の裏側はとりあえず狭い。そんな場所に二人も入っている。

 だからお互いの距離が密着するのは必然で、俺の太ももの間に七海が座り、俺が後ろから七海を両腕包む、いわゆるバックハグの形で俺たちは収まっていた。

 彼女の使っているシャンプーの香りが鼻腔をくすぐり、彼女の柔らかさが両腕全体に伝わってくる。

「ご、ごめん七海……。狭いよな……」

「だ、大丈夫っ。私も頭が回ってなかったし……」

 腕の中にいる七海が呟く。

「それに、昂輝にこうやって包まれるのは、その、悪くないから……」

 そう言って七海は、俺の両腕をさらに自分の方へぎゅっと寄せる。

 こんな危機的な場面なのに七海の言動に喜んでしまう自分がいた。


 ただ、そうやってイチャついていた罰だろうか。

「そういえばさ、この準備室に入る前に、何か人影がなかった?」

 一人が恐ろしいことを言ってくれた。


「「――ッッ⁈」」


 教卓の中の甘々な雰囲気が一瞬で霧散する。

 心臓が大きく脈打ち、心音は一気に早くなる。

「えっ、怖いこと言わないでよ」

「もしかしてカップルが変なことをしていたりしてぇ」

「えっ、そっち? もう放課後なのにわざわざ学校でする必要がある?」

「あはは、たしかにっ。帰ってからやれよって感じだよね。どれだけ猿なんだか」

「ほんと、ほんと。それじゃ、そろそろ戻ろうか」

「そうね」

 そう言って、女子生徒たちは準備室を後にした。


 足音が遠ざかり、人がいなくなったのを確認して後、教卓から出る。

「……」

「……」

 お互いに無言だった。羞恥と罪悪感と気まずさが頭の中で入り乱れ、何も言うことができなかった。

 どれくらいそうしていただろうか。

 ずっと顔を俯けていた七海がゆっくりと顔を上げ、

「……それじゃ、私たちも戻ろうか」

 と、気まずそうにそう告げた。

「ああ……」

 彼女の言葉に俺もうなずくしかなかった。


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