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99話

 結果は俺の惨敗だった。

 俺が獲得した景品はシャボン玉セット一つ。七海が獲得したのは、最初に落としたクマのぬいぐるみ、次に落としたアザラシのぬいぐるみ、そして、最後の一発で落とした携帯ゲーム機の三つ。一発ずつ景品を獲得するという事態にならなかったのは、七海が携帯ゲーム機を落とすために三発の弾を使ったからである。あの携帯ゲーム機、一発だけでは絶対に倒れないようになっていて、七海は、全く同じ箇所に三発弾を命中させることでその景品を落としていた。

 景品が倒されたときの店主は顔が青ざめていた。


「どう見ても……私の圧勝だよね?」

 七海が戦利品を両手に抱えながら、そう告げる。

「ぐっ……、ああ、負けた」

 素直に負けを認める。彼女にカッコいいところを見せるどころか、逆に彼女のカッコいいところを見せつけられた。

「それじゃ、晩ご飯お願いね。あっ、あのたこ焼き食べたいっ」

 そう言って、七海は数メートル先にあるタコ焼き屋を指さす。

「……お手柔らかに頼むぞ」

 上機嫌でたこ焼き屋を目指す七海について行く。


 その数十分後――――


 自分の手元にはすっかり軽くなった財布と最初の射的屋で二人が獲得した景品だけが残った。

 七海はあの後、行く先々の食べ物を売る屋台に立ち寄った。

 たこ焼き屋に寄れば、次はカステラ屋。カステラ屋に寄れば、次は焼きそば屋。そして、焼きそば屋に寄れば、次はりんご飴屋。塩気と甘味を交互にとり、そのサイクルを永遠に回していた。しかもりんご飴屋に寄った後、数軒の屋台に立ち寄ってくれたし。

 一体どれくらい食べるんだよ、と戦々恐々としながら、途中からはもう諦めの境地に至っていた。まるで魂が抜けたように七海についていき、完全なATMと化していた。

 そうして十分に腹を満たした七海は、あろうことか今は、チョコバナナを頬張っている。


「なんでそんなに食べれるんだよ……」

 彼女の大食いっぷりに辟易する。

「えっ、だって私の基礎代謝が異常に高いし」

 七海は真顔でそう返してきた。

 たしかにあれだけ食べるのに、七海の体には全く余計な脂肪がついていない。

「ほら、私、夜な夜な怪異を討伐しているでしょ? 戦闘中は動き回っているし、魔導を使うのも体力がいるから、常に大量のエネルギーを必要としているの」

 ぐうの音も出なかった。至極もっともだった。

「なにもあんなに食べなくても……。俺の財布、風が吹けば飛んでいきそうなくらい軽いんだけど……」

「男がグダグダ言わない。って、いっても、さすがに私もやりすぎたか……」

 屋台に舞い上がって、片っ端から食べ物を買ったことに対して多少なりとも罪悪感は覚えたらしい。

「うーん、とはいえ勝負に勝ったから、私が何か奢るっていうのも何か違うし……、あっ、そうだ」

 そこで何か閃いたらしい。七海はポンと両手を叩く。

「どうかしたか?」

「ねえ、向こうのベンチに行こう?」

「ん? 分かった」


 そうして、俺たちは近くのベンチに移動する。

 ベンチに腰を下ろすと、隣に七海が座った。

 前を見れば、お互い着物を身につけたカップルやお面をかぶった子どもを連れる家族など祭りを楽しむ人々が次から次へと通り過ぎていく。屋台が照らすオレンジ色の光に何本もの黒い影ができていた。

「で、一体どうしたんだ? 足でも疲れたか?」

 七海にこうしてベンチまで連れてこられた理由を尋ねる。

 しかし、彼女は答えの代わりに自身の持っていたチョコバナナをこちらに差し出してきた。

「えっ?」

 突如差し出されたこげ茶と黄色の物体に戸惑う。

「えっ、じゃなくて、あーんよ。あーん」

 そう言う彼女の顔は真っ赤だった。

「ほら、その、私、遠慮なしに食べすぎちゃったし、……少しでも昂輝が喜びそうなことをしたいなって」

「えっと、その検討結果があーん?」

「……まあ、そう」

 羞恥で目を合わせられなくなって、視線をそらしている。

 たしかに嬉しいっちゃ嬉しい。あーんくらいなら妹のゆめに何度かしてあげたこともある。とはいえ、あーんをされる側になるのは初めてだし、こんなに人が行き交う中でのあーんをしてもらうのは恥ずかしすぎる。

 さて、どうしたものかと頭を捻っていると、ふと、チョコバナナを持つ彼女の手が震えているのが分かった。

「……」

 彼女だって恥ずかしいのだ。それでも自分のことを考えて、こんな提案をしてくれた。それならば、彼氏としてここは乗っかるしかない。

「……分かった。えっと、あー」

 彼女が上手く入れられるよう、少し大きめに口を開ける。

「あ、あーん」

 彼女は目を瞑りながら、チョコバナナを差し出してくる。しかも依然として手は震えたまま。

 このままでは、口に入らず、頬とか鼻にべとべとのチョコバナナが押し付けられかねない。

「あむ」

 チョコバナナがあと数センチとなったところで、俺は七海の手と一緒にチョコバナナの棒を握り、自分からチョコバナナにかぶりついた。

 自分の手に温かいものが突如として触れ、驚いて目を開く彼女。そして、チョコバナナに俺がかぶりついているのを確認して、

「えっと、美味しい?」

 こちらを覗き込むように尋ねてくる。

「恥ずかしくて、よくわからん……」

 そんな彼女の問いに、俺は正直に答えたのだった。


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