96話
「……遅い」
秋祭り当日にして、七海との初デート。そんな記念すべき日に、彼女は待ち合わせたる鳥居の側でお冠だった。
その原因は当然、こちらにある。原因は単純明快、遅刻だった。
集合時刻は十七時半。現在の時刻は十七時四十分。
十分くらいいいじゃないか、と擁護してくれる声もあるだろうが、遅刻は遅刻だ。それに今日は記念すべき初デート。そんな日に限って、遅刻という間抜けをやらかしてしまったのだから、彼女の怒りも最もといえる。
「すみません……」
平身低頭。それ以外にすることがなかった。
いや、俺も遅れたくて遅れたわけじゃない。実際、今日は時間に間に合うように、何なら少し早く着くように、早めに家を出た。忘れ物がないよう準備を万全にして、途中で道に迷わないよう、前日には下見にも行っていた。
しかし、途中で旅行客から道を聞かれた。それも口頭では説明しづらいところだったから、結局、その場所まで連れて行った。
まあ、そんなことをしていると、当然遅れた。
俺が頭を下げていると、はあっと彼女がため息をついた。
「……で、なにがあったの?」
「えっ?」
顔を上げると、彼女は腕を組みながら、そう尋ねてきた。
「何か遅れた理由があったんじゃないの?」
こちらが呆けていると、七海は補足をしてくれた。
しかし、俺はまだ戸惑ったままだった。
えっ、どした? なんで七海が遅刻の理由なんて聞いてくれるんだ? どういった風の吹き回しだ?
そんな彼女が聞けばさらに怒りそうな疑問が頭の中で飛び交う。
すると、七海はこちらの考えていることを察したのだろうか、ジト目を送ってきた。
「ねえ、何か失礼なこと考えてない?」
「いえ、考えておりませんっ」
自然と背筋が伸びた。
七海は再びため息を吐く。
「はあ……、昂輝が理由もなく遅れるなんてことないのは知っている。これでも結構長く一緒にいるんだから。それに今は、その……こ、恋人だし」
恥ずかしかったのか、最後の方はかなり小声だった。
まあ、一回だけ大した理由もなく遅刻した前科があるのだが黙っていよう。
「で、なにがあったの?」
「あー、えっーと、実は、――――」
俺は事の経緯を彼女に説明する。
七海は静かに俺の言葉を聞いていた。
やがて、全て聞き終わり、
「――遅れた理由は分かった。それなら昂輝が悪いわけじゃないでしょ」
と、七海は俺の遅刻を許してくれた。
そして、すたすたと鳥居の向こう側に歩いて、通り過ぎたすぐのところでこちらに振り返る。
「それじゃあ、この話はおしまい。早くお祭りを見て回ろ?」
その顔には怒りも不満もなかった。いつか見た笑顔がそこにはあった。七海もお祭りを楽しみにしてくれていたんだと嬉しくなる。
「あっ、でも、ちょっと待ってくれっ」
俺も鳥居をくぐり、七海の側に駆け寄る。
「なに? 早くしないと屋台を見て回る時間がなくなるんだけど?」
七海が怪訝そうな表情を浮かべる。
「いや、その、まだ言っていなかったから……」
「ん?」
「その髪型、とても似合っている。それに今日の服も……」
目をそらしながら呟く。
今日の七海は学園のときのように制服を着ているわけでもなく、怪異討伐のときのように黒衣に身を包んでいるわけでもない。秋らしい落ち着いたコーデに、髪は軽めのパーマをかけていた。一見して、今日のためにオシャレをしてきていることが窺える。
自分のために時間をかけてオシャレをしてくれたのだ。きちんと感想を言ってあげたかった。
「えっ、ちょっ、えっと、あ、ありがとう……」
ただ、本人にとっては不意打ちだったらしい。視線を落とし、赤くなった頬を見られまいとしている。そんな彼女がとてもいじらしく感じた。
「それじゃ、言うべきことも言ったし、今度こそ行くか」
そう言って、七海に手を差し出す。
彼女は、もう、と頬を膨らませながらその手を取ってくれた。




