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94話

 間章



 今晩も笹瀬家では一家が揃って夕食を食べていた。

 いや、一家が揃ってという表現は適切ではないのかもしれない。

 笹瀬家のダイニングテーブルには四つの椅子が並ぶ。キッチン側に二つとリビング側に二つ。キッチン側の二つには、七海の父と母が座っている。そして、リビング側には、七海が座り、もう一つの椅子は空席だった。

 その席が空席になってからどれくらいの年月が経っただろうか。その席に座っていた七海の兄は既に亡くなっているが、一家の誰一人として、その椅子を処分しようとは言いださなかった。だから、今日もその席は空席のままだ。


 母が作ってくれた肉じゃがを口に運ぶ。ジャガイモの甘味が口いっぱいに広がった。

 目の前では、両親が家の洗濯機をそろそろ買い替えようなどと話している。といっても、七海の父は寡黙な方なので、母がこんな機能が欲しい、あんな機能が欲しいと一方的に話しかけているだけだが。

 七海の母も兄が死んだ当初はすごく落ち込んでいた。それこそ、数年間レベルで入院してしまうくらいに。

 七海が星華学園中等部に進学するタイミングで退院し、高等部に進学する頃には、今の容態にまで落ち着いた。そのため、こうやって母が楽しそうに話すことができるようになったのは、ほんの一、二年前にすぎない。

 それでも、母の体調が良くなり、普通に会話ができるようになって良かった、と七海は思う。笹瀬家の日常が少しずつ戻ってきているように感じる。


「あ、そういえば七海……」

 母の快復を喜ばしく思っていると、ふと本人から声を掛けられた。

「ん、どうかした?」

 七海は首を傾げる。

 自分は洗濯機のことなんて分からない。だから、母の希望通りの洗濯機にすればいいと思っていたのだが……、


「最近、誰とよく電話をしているの?」


 全然違う話題が振られてきた。

「んっ⁈」

 こんにゃくを口に含んだ直後だったので、驚きのあまりこんにゃくが喉に詰まりそうになった。

「えっ、大丈夫?」

 母が咽る七海を心配する。

「ごほっ、ごほっ、……うん、大丈夫、平気」

「そう? 気を付けてね」

「うん、ありがとう……、で、私が電話してるって……」

 落ち着いた七海はおずおずと母の方に視線を向ける。

 電話の相手、それはもちろん桂昂輝だ。

 一緒に学園生活を過ごして、一緒に怪異の討伐をして、そして、これからもずっと一緒に側にいてくれる、と言ってくれた、自分の恋人だ。

 最近は彼と時間があれば電話をしていた。

 学園もクラスも一緒で、さらに夜も怪異の討伐で一緒にいるのに、少しでも離れていると、彼の声が聞きたかった。だから、家に帰って少ししたら、若しくは、怪異の討伐から帰ってきたら、少しの時間だけど、毎日のように電話をしていた。


「ええ、七海の部屋、お母さんの隣でしょ? だから、よく七海の電話をする声が聞こえてくるのよ」

「……」

 顔が引きつった。

 極薄の壁ではないとはいえ、隣であれば、話し声みたいな何かは聞こえるはずだ。そして、電話の時間が夜中ともなれば、それは気にもなるだろう。


「で、その電話の相手なんだけど……、もしかして、七海の彼氏?」

「っっ⁈」

「ごふっ⁈」

 目尻がビクッと震えた。それに母の隣ではなぜか父が盛大に咽ていた。

「あ、やっぱりそうなのね」

 反射的に目尻が震えたのがまずかった。母は実の娘の些細な変化を見逃さなかった。

「電話をしているときの七海の声、いつもより明るいし、楽しそうだから、そうなのかなって思っていたのよ」

 母は目を細めながら、右手を頬に当てる。

「えっ、ちょっと待ってっ。私、いつもと変わらず――」

「実の娘だし、同じ女なんだから、それくらい分かるわよ。七海にとって大切な人と話しているんだなって」

「えっ、えっ⁈」

 頬が熱い。自分の中ではいつも通り話していると思っていた。

 でも、母からしたらまるっきり違うようだ。自分にも分からなかった恋人だけに見せる素顔があり、それを母に知られてしまったことがとてつもなく恥ずかしい。

「……」

 七海は動揺や羞恥を隠すように目を伏せる。これ以上、つっこまれるとさらにボロが出そうだった。

「で、その彼氏さんなんだけど……」

 母はなおも七海を追及しようとするが、


「な、ななみに……、か、かれし……」


「って、え、ちょっと、お父さんっ⁈」


 父がフリーズしたロボットのように機能を停止したので、七海への追及はこれでお開きとなった。


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