86話
「――【接続】」
詠唱を開始する。再び漆黒の粒子が彼女を中心にして踊る。
川島先生は詞を詠う教え子を静かに見つめていた。攻撃を仕掛けるタイミングであるにもかかわらず、じっと佇んでいた。
まるで、自身を倒すと言ってくれた少女に敬意を表するかの如く。
「――《異なる者よ、我が世界から消え失せよ》」
小太刀に光粒が収束する。ただの小太刀を妖刀に変える。
「――準備は整ったか?」
川島先生が七海に問いかける。
それに対する答えは、彼女の先制だった。
彼女は強く地面を蹴り、瞬く間に先生との距離を詰めた。
きらめく剣光。
先生は目前に迫った刃先を、上体を反らして回避する。そして、そのままつま先を振り上げ、後方に回転する。
第二撃を加えようとした七海は、先生のカウンターにより攻撃を中止せざるを得ない。迫りくる強蹴をもらわぬよう、後方へジャンプする。
直後、彼女の顎先数センチを先生のつま先が通過した。
後方に跳んだ七海はすぐさま攻撃を再開する。飛びかかり、彼女の間合いに先生を捉えるや否や、その二本の小太刀で連撃を加える。
一撃必殺の魔剣。それが彼女の魔導だ。
一撃でも喰らえば、それが即座に致命傷になりかねない。
そのことを先生も把握しているのだろうか。不老不死である吸血鬼が彼女の剣に対して回避の選択をしている。決して自らの腕で受け止めたりするようなことはしない。
上からの振り下ろしには左右に体を揺らし、下段の横なぎには跳躍でこれに対応する。
とはいえ、先生も防戦一方に食い下がるつもりはないらしい。
彼女の攻撃の合間に、手刀、足刀を放ち、彼女の命をもぎ取ろうとする。
前回は復讐心に駆られていた彼女であったが、今回は違う。冷静に相手の攻撃を見切り、適切にこれに対応する。
漆黒の軌跡が縦横無尽に描かれ、その合間に先生の残像が映る。
人ならざる者と人を超えた者との戦いが目の前で繰り広げられていた。
魔力を持っておらず、さっきの爆発で攻撃用の魔導薬を使い果たした俺は、彼女とともに戦うことはできない。離れた位置から彼女と彼の激戦を見守ることしかできない。




