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81話

「で、いつになったら教えてくれるの?」

 俺の隣で七海が不満そうに口を尖らす。

 川島先生と校門で別れてから、俺と七海は周囲に人気がないことを確認して、学園内に侵入した。校門はすでに先生によって閉められてしまったが、七海の身体能力なら優に飛び越えることができる。俺はそんな軽業師みたいなことできないが、七海から手を借りながら校門を乗り越えた。


 学園に入ってからは、日中に予め鍵を開けておいた窓から校舎内に侵入した。川島先生の雰囲気からして、先生が最後だと思っていたが、やはり、校舎内には誰もいなかった。おかげさまで、何の障害もなく「ここ」まで来ることができた。

 で、その「ここ」とは、屋上につながる扉の前だ。いつか、自分が志藤さんの歌声に誘われてついついやってきてしまった場所だ。

 ドアノブにゆっくりと手を伸ばす。

「え、ちょっ、ここって屋上でしょ? ここのドアは開いてないはず……」

 ドアノブに手を伸ばす俺を見て、七海が戸惑う。

「いや、ここの鍵を持っている人に鍵を借りたから大丈夫」

 俺は慌てる七海を落ち着かせるように言う。

 屋上に通じる扉の鍵の持ち主はもちろん志藤さんだ。七海と会う前に、志藤さんからここの鍵を借りておいた。彼女は何のために、とか鍵の使い道を尋ねるようなことはしなかった。彼女とは色々なことがあったからか、こちらを信用してくれているらしい。

「鍵って職員室にあるんじゃないの?」

 七海が首をかしげる。無理もない。たしかにもともとの鍵は職員室で保管されているのだから。

「ま、細かいことはいいから、いいから」

 そうやって訝しむ七海をよそに、俺はドアノブに鍵を差し込み、開錠する。

「え、細かくは……」

 しかし、七海の言葉が続く前に、俺はドアノブを回して扉を開けた。

 その途端、強めの風が二人の頬を叩く。

「んっ」

 突如襲ってきた強風に七海は思わず目をつむる。

「さっ、こっちへ」

 俺は顔をしかめる七海の手を引き、彼女を屋上へと連れ出した。


 屋上はよく風が抜けるからか、地上よりも風の勢いは強い。それに、今の時期はすっかり秋へと季節を移しているため、俺たちの頬に当たる夜風はとても冷たかった。

「もう、なんでこんなところに……」

 手を引かれたまま、七海が不満をこぼす。

「まあまあ、それよりもほら、空を見上げてみろよ」

 しかし、そんな不満をこぼす七海も俺はどこ吹く風だった。代わりに、ぱっと天を指さす。

「いったい空に何が……って、えっ?」

 俺に言われるがまま七海は、しぶしぶ顔を上げて、そして、言葉を失った。


 現在の天候、雲一つない快晴で湿度十%。

 俺たちの目の前には、乾燥して澄み切った夜空に無数の星々が浮かぶ光景が広がっていた。真っ黒なキャンバスに、大小と色が様々な星が描かれ、一つの作品をなしている。

 夜の空と星はそれこそ、地球ができたときから、――四十六億年も前から俺たちの頭上に存在している。しかし、その光景は一夜として同じものは存在しない。地球の湿度やそれぞれの星たちの公転により必ずどこかが違っている。

 永遠に近い年月の間、そこに存在しているはずなのに、同じものは一つもない。その事実こそ神秘的で、こうやって人々の視線と心を引き付けるのかもしれない。

 そして、ここにいる俺と七海もそんな大勢の人々と同じように、今このときだけ現れている夜空に心が奪われていた。


「きれい……」

 七海が視線を動かさずに呟く。

 その言葉はとてもありきたりな表現だが、人間、本当に感動したときはたいていそんなものだと思う。脳のキャパシティは、言葉や表現を考えることよりも目の前の景色をひたすら目に焼き付けることだけに使われるのだから。


 でも、ここで終わりではない。そして、タイミングを図ったかのように、俺が目的としていたそれは、二人の前に姿を現した。

「えっ、うそっ」

 それを目にした途端、思わず七海が声をあげる。

 それは真っ黒なキャンバスに絵の具で線を入れるかの如く、闇色の空を駆けていった。尾を引くそれはほんの一瞬なのに、目にした者には色濃く残像が映る。


 流れ星――、それは俺たちが小さいときから憧れる夜の天体ショーだ。


「早めに来てよかっただろ?」

 隣で呆ける七海に俺は自慢げに問いかけた。

 スマホで彼女に今日の待ち合わせ時刻を送る前に見たニュースによれば、今夜は流星群だった。それに今夜は天候がいいこともあり、流れ星の観測がしやすい、と専門家がニュースで話していたのを覚えている。それを見て俺は、今夜の天体ショーを七海に見せたいと思ったのだ。

「うん、……まさか流れ星を見られ――って、あっ」

 七海がこちらに振り返り、何かを言おうとしたその時にも、頭上で一筋の流れ星が姿を現す。普段は全く目にしない流れ星だが、さすがは流星群というべきか。こんな短時間で二つも目にするとは思わなかった。


「なあ、七海……、せっかくだから今夜は、怪異が現れるまでここで天体観測をしていかないか?」

 本日二つ目の流れ星に呆けていた彼女に問いかける。

 俺の問いかけに我に返った彼女は、

「……そうしよっか」

 それだけ返して、その場に腰を下ろした。

 この後、俺たちは怪異が現れる時間まで静かに星空を眺めていたのだった。


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