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76話★

 大道寺遼の自己紹介が始まったとき、志藤綾女は観客席のある一点を見つめていた。

 彼女の瞳は、一人の女子生徒をしっかりと捉えていた。


 なぜ、彼女がここにいるのだろうか?

 なぜ、彼女が自分のライブを観に来てくれたのだろうか?


 その彼女とは綾女が中学生の時に仲良くしていたかつての友達だった。疎遠になってから、話しかけることはおろか、なかなか学園で逢うこともなかった。

 彼女を見つけた途端、綾女はあの日の出来事を思い出す。


 魔導を暴走させた自分。

 そんな自分を見て顔を引きつらせる彼女。

 いつも自分に優しく笑いかけてくれた彼女の姿は、そこにはない。ただ自分に対して怯え、震えるだけの彼女。

 彼女のその青ざめた表情を目の当たりにして、綾女は、自分が彼女を傷つけたんだと自覚した。


 自分を責めた。

 後悔した。


 彼女はあんなにも自分と仲良くしてくれたのに。

 自分はそんな彼女を傷つけた。


 その事実は、綾女の深い心の傷となり、今でも治っていない。

 足が自然と震えてくる。

 過去のトラウマが自分の体を強く揺さぶる。


 自己紹介が最後の桂昂輝に渡った。あと少しで次の曲が始まる。

 しかし、この状況では声が出そうにない。今だって、立っているのがやっとだった。

 湧きおこる歓声で聞こえるはずもないのに、彼女の声が頭に響いてくる。


「怖い」

「嫌だ」

「ひどい」

「気持ち悪い」

「不気味」

「化け物」

「近寄らないで」


 中学生の時には楽しそうに話しかけてくれた彼女の声が、今は氷柱のように冷たい。彼女の発する言葉の一つ一つが自分の全身を貫いていく。

 彼女の目が、彼女の声が、自分を苛み、縛り上げる。


 夏休み明け、再び魔導を暴走させて以降、自分にはたくさんの友達ができた。

 みんな自分を受け入れてくれた。

 自分自身も変わっていけた。

 今もこうして、そんな友達と舞台に立っている。


 でも……、でも……


 このトラウマだけは、克服できない。


 もう次の曲が始まるというのに、体は言うことを聞かない。足は震えて、口の中は乾ききっている。


 このままでは…………歌えない。


 綾女がもう諦めようとしたその時――――、


「――【接続(コネクト)】」


 舞台袖から微かな声が聞こえた。

 とても小さな声であったからか、他のメンバーは気が付いていない。


「《――――――――――》」


 声の主は、聞いたことがない言葉を丁寧に紡いでいく。

 すると、綾女はいつの間にか自分の震えが止まっていることに気が付いた。

 あの冷え切った彼女の視線も、あの突き刺すような彼女の声も感じない。


「《――――――――――》」


 その声を聞くとどんどん気持ちが落ち着いてくる。

 開いた心の傷が塞がっていく。


「《――――――――》」


 その言葉が終わると、ちょうど次の曲の演奏が始まったところだった。


 って、あれ?


 綾女の瞳にはまだあの女子生徒の姿が映っていたが、自分はなにも恐怖を感じていない。

 その子は、以前と同じように笑っていた。

 自分に楽しく話しかけてくれていたあの時と同じ笑顔だ。

 自分を非難する瞳なんかじゃない。


「綾女っ」

「あ、あやちゃん」


 七海と友愛が楽しそうに楽器を弾きながら近づき、声をかけてきた。

 次の曲は三人で歌うことになっている。

 もう少しで、歌のパートだ。


「それじゃ、また、のっていくわよ~」

「が、がんばろうね」


 舞台の照明が三人を照らし、床には三つの影を作っている。その影は肩があと少しで触れ合うぐらい近い。


 ――――――――ああ、もう大丈夫。今なら歌える。


 そう思った。

 そして、


「《―――――――♬♬》」


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