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第四話 横暴


 過去を振り返った僕は、今日の出来事を思い返す。

 当然のように東の尻ぬぐいをするようになったのはどうしてだろう。東本人も気づいていないようなトラブルを未然に防ぐようになったのはどうしてだろう。ここまで振り回されているのに尚も東と友達付き合いを続けているのはどうしてだろう。

 今に至るまで何度か考えたことだけど、答えは全く出なかった。だけど一方でわかっていることはある。


 きっと東は、自分が周りに向けた言動が怒りを買っているなんてことは、夢にも思っていないんだろう。


 次の日。

 僕はいつも通りの朝を迎え、いつも通りの授業を受けて、いつも通りの一日を過ごしていた。

 そして放課後、いつものように東の練習を見るために音楽室に向かう。そこには昨日と同じように、東目当ての女子たちで溢れていた。


「おっ、甲介。こっちこっち」


 僕の顔を見た東は、相変わらずの明るい笑顔でこちらに手招きをしていた。


「今日も通しで練習なの?」

「うん。学園祭が近いからね。いやあ、でも楽しみだなあ。俺たちの演奏がみんなを楽しませられればいいなあ」


 そう言ってケースからギターを取り出した東は、練習の準備を始める。どちらにしろ、練習が始まったら僕がやることなんてない。いつも通り、席に座って聴いていよう。

 音楽室の奥の席に座って周りをぼんやり見ていると、一年生らしき女子のグループが目に入った。だけどその中に、周りとは様子が違う女子が一人いた。


「ね、美代子みよこ。言った通りだったでしょ? 東先輩ってカッコいいでしょ?」

「……うん、そうだね」

「カッコいいだけじゃないよ。ギターだって超すごいんだから!」

「……そうなんだ」


 美代子と呼ばれた女子はグループの他の女子とは違って、望んで音楽室に来た感じではなかった。東の顔を見ても、あまり興味がなさそうだし、『早く帰りたいな』という意思を隠そうともしていなかった。


「あ、始まるよ。ほら、美代子も東先輩の演奏聴いたらすごさがわかるって!」

「うん……」


 そんな中、バンドの練習が始まった。昨日と同じように一曲通しでの練習を行い、そこから気になるパートの修正を重ねていくようだ。


「ほら、すごいでしょ! 東先輩、めっちゃギター上手いんだよ!」

「……」


 興奮した様子ではしゃぐ女子たちの中で、美代子さんとやらは無表情のままだった。

 なんだろう、今の僕は東より美代子さんの方が気になってしまう。

 集中していない間に、通しの練習が終わってしまった。すると、東がサイドギターの正木くんに詰め寄っている。


「ちょっと、正木さ。今のどういうこと?」

「は? どういうことって、なに?」

「俺がせっかく昨日アレンジを加えたのにさ、なんで正木はそれに合わせないの? 今のって元のバージョンのままじゃん」


 話を聞いている限り、正木くんが東の言う通りに演奏していなかったようだ。


「いや、昨日のアレンジで行くって言ってなかったじゃん」

「え? だって昨日のバージョンの方がいいでしょ? だったらそうるのが普通でしょ? なんで正木はそうしなかったの?」

「普通って言われてもなあ……アレンジバージョンの方がいいかどうかは皆で決めた方がいいだろ」

「なんで皆で決めるの? ちゃんと練習している俺が決めた方がいいでしょ?」


 東はいつものように不思議そうな顔をしてきついことを言い始める。これはまずいパターンだ。

 思わず止めようとしたら、女子たちが声を上げ始めた。


「私も東くんが決めた方がいいんじゃないかって思うよ」

「うん、私も!」

「私もそう思うよ!」


 東に同調する声が次々と上がる。みんな、東に気に入ってもらおうとしているのかもしれない。もしくは技術のある東の意見が通った方がいいと思っているのかもしれない。

 まずいな。この状態で東を止めるのは難しいぞ。どうしよう……


「私はそうは思いません」


 その時、一際大きな声で反対意見が表明された。声の主は女子たちの集団から前に歩き出し、東たちに近寄っていく。

 先ほどから僕が気になっていた、美代子さんだった。


「えーと、君は誰?」

「一年の牧野まきのといいます。初めまして」

「うん、初めまして。俺は山田やまだ あずまです。それで、俺に何の用なの?」

「ちょっと、美代子! あんた何してるの!?」


 前に出た牧野美代子さんを友達らしき女子が慌てて連れ戻そうとしたけど、牧野さんは引かなかった。


「山田先輩。さっきから見てましたけど、ちょっと横暴すぎませんか?」

「横暴? 俺が? なんでそう思うの? みんなだって俺の意見が通った方がいいって言ってくれてるし、アレンジバージョンの方が曲がよくなるんだから、そうするべきでしょ」

「曲がよくなったかどうかを決めるのはあなたではなく、聴く人たちです」

「えー? そんなこと言ったら本番で演奏するまでどっちか決められないじゃん。というかさ、牧野さんはギター弾いたことあるの?」

「ないですよ」

「じゃあ、俺がやってることが間違ってるなんて言い切れないよね?」


 東は牧野さんに苦言を呈されても、まだ爽やかな笑顔を浮かべていた。『横暴』と言われたことも特に気にしてはいないようだった。


「ギターを弾いたことはないですけど、あなたの言葉が無神経だってことはわかりますよ。あなた、なんでそんなに偉そうなんですか?」

「ええ? 偉そうになんてしてないよ」

「強引に自分の意見を通そうとしているのに、ですか?」

「強引じゃないよ。上手な人の意見が通った方がいいでしょ? だってみんな、俺より練習してないんだから」


 そう言って、東は牧野さんの顔をまじまじと見る。


「ところでさ、牧野さんってどこかで見た顔してるね」

「は?」

「あ、そうだ! この間テレビで見たお笑い芸人の人に似てるんだ! うん、そっくりだ!」

「……ちょっと、何言ってるんですか!?」


 いきなりの東の発言に、僕は背筋を凍らす。まずい、また始まった。東の悪意のない言葉が。


「あのさ、お笑い芸人の『ハッピー海野』って人知ってる? その人にさ、牧野さんそっくりなんだよ! あ、そうだ。そっくりさんってことでテレビ出てみなよ! 絶対人気出るって!」

「やめてください! 知らないですそんな人!」

「えー? 結構テレビ出てるから有名のはずなんだけどな。今、ちょっと写真検索するよ」


 そう言って東はスマートフォンを取り出す。一方で音楽室に集まった女子たちはクスクスと笑っていた。


「そういえば、確かに似てるかも……」

「つーか、あんな不細工な子が東くんに何言ってるのかな」


 周りの声に気づいたのか、牧野さんは顔を赤くしている。


「おっ、出てきた。ほら、そっくりでしょ?」


 東が写真を牧野さんに見せる前に、彼女は音楽室を飛び出していた。


「あれ、出て行っちゃった。せっかくそっくりな写真出てきたのに。うーん、そっくりさんでテレビ出れば話題になると思うんだけどなあ」


 残念そうに首を傾げる東の顔は、特に罪悪感を抱いているようには見えなかった。



 一時間後。


「よし、じゃあ今日はこれくらいにしようか」


 東の号令で練習が終わり、僕は東に近寄る。


「ねえ、東。あのさ」

「ああ、甲介。なんか今日は変なことが起こったね。まあいいよ。気にしてないから」

「う、うん……あの、さっきの、牧野さんにさ、謝っておいた方がいいんじゃないかな……」

「え? なにを?」


 キョトンとした目をする東には、やはり悪意なんてないんだろう。


 だけどこの日の出来事が、今の日常が崩れ始めるきっかけになるとは、まだ僕も東も知る由がなかった。

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