九尾が訪れる鬼女と女騎士と魔術師と盗賊
「起きろローブッ、朝じゃぞぉっ!」
「ゴハァッ!?」
無鬼の騒がしい声と共に、腹部に何かが重く突き刺さる。
目を開けてみると、無鬼の両膝が俺の腹に減り込んでいた。
開けられたカーテンから日が差し込み、眩しさに目を細めつつ体を起こす。
「魔王の力を封印した妾の膝蹴りで、そんな悲鳴を上げて……世界最強の『盗賊』が、情けないのう」
「あのなぁ……戦闘中に覚悟を決めて攻撃を受けるのと、寝ている時に不意打ちで膝蹴り叩き込まれるのじゃわけが違うんだよ。あー、痛ってぇ……」
「ほれほれさっさと起きんか! メシアとシーリアスが朝御飯を待っておるぞ!」
「俺もたまには誰かが用意した料理を食べたいなぁ……なんて」
「真っ黒こげな炭の塊、キッチンが真っ二つ、生肉のどれかじゃぞ?」
「……今日も俺が作ろうかな」
メシアは何を作っても焦がすし、シーリアスは包丁でキッチンを何もかも真っ二つにした。
無鬼に至っては仕留めた獣が皿に載っていたり、昆虫だったり……思い出しただけで吐き気がしてくる。
俺が作らないと、食事以前の問題になるからな……頑張るしかない。
「それでは妾は、皆の所へ先に行く。ローブよ、間違っても二度寝するでないぞ?」
「分かってるって……」
無鬼が扉から出て、俺は自分が寝ていた部屋を見渡す。
ここはパトリオット王国にあるメシアの屋敷……ではない。
パトリオット王国からも、東の国からも遠く離れた辺境の地だ。
「仕方ない、顔を洗うか……」
ベッドから立ち上がり、顔を洗う為に外の井戸に向かおうとした所で部屋の扉が開く。
今度はメシアかシーリアスが催促しに来たんだろうか……?
だが俺の部屋を訪れたのは、意外な人物だった。
「ちょっとローブ君、こんな所に居るなんて聞いてないわよっ!?」
「玉藻、遊びに来たのか? 折角だし、今から一緒に朝飯はどうだ?」
「じゃあいただくけど……ちょっと、話を聞かせてよね」
俺達は朝食を食べ終え、紅茶を淹れる。
普段は朝食の後はシーリアスと模擬戦だが、今日は玉藻が来たのでゆっくりと過ごす事にした。
用意した紅茶を皆の前に置き、俺も席に座って紅茶を一口飲む。
「久しぶりだな、玉藻。勇者の遺跡で別れたぶりだから……丁度1年くらいか?」
「そうね。昔の仲間の墓を巡って、色々な場所を観光して……思い出したからパトリオット王国に向かってみれば、肝心の君達が何処にも居ないじゃない。一体どういう事なの?」
「いやあ、それが俺達あの後……パトリオット王国を追放されたんだよ」
「はぁっ!? 本当に何があったって言うのっ!?」
机の上に乗ってしまいそうな程に身を乗り出す玉藻に、俺は苦笑するしかなかった。
俺達に突然告げられていた国からの追放、だがそれは理不尽な理由じゃない。
だからこそ俺達は納得して、この家でひっそりと暮らす事を受け入れている。
「なんかね……魔王の事、隠すことにしたんだって……」
「魔王の事を隠す……まあ数千年前の御伽噺が実は本当の事だったってなったら、色々と混乱してもおかしくないもんね」
「父上は追放という体を取ったが、実際は自分達を心配して隠居生活を勧めてくれたのだろう。最初こそ浮かれていたが無鬼の存在は良い意味だけでなく、悪い意味でも世界を揺るがしかねんからな」
「……その国王の判断は正解だったと思うわ。もしかしたらパトリオット王国と他国の戦争になってたかもしれないから」
「玉藻……お主、何を見てきた?」
「あたしの仲間達がどんな風に語り継がれているか、やっぱり気になるじゃない? そしたら『盗賊』の子は処刑されて、『魔術師』と『女王騎士』の子は自殺していた事が分かったの」
「なっ!?」
無鬼を封印した『勇者』の境地パーティーが……処刑と自殺!?
玉藻がこんな冗談を言うなんてありえないし……これは流石に真実なんだろう。
俺達もかなり驚いたが、顔を知っている無鬼は更に酷く動揺していた。
「魔王を倒さずに封印したアイツらは、かなり批判を受けてしまったみたいなの。それに加えて第二の魔王にだってなりかねない、『盗賊』のスキルを理由に処刑されてしまったの」
「酷い……」
「『魔術師』と『女王騎士』の子はかなりショックだったみたいで、後を追うように……ね? ほら、その……彼女達は……」
「『盗賊』の人に、惚れていたもんな……」
俺の言葉に、玉藻は大きく目を見開く。
それは……夢で見たから分かっていた。
「お主、どうやってその情報を手に入れたんじゃ……?」
「別の国の王族が情報を残していたから、【傾国】でちょいちょいっとね。ローブ君には破られたけど、本当は凄い技なんだから」
「……玉藻よ、感謝するぞ。辛く悲しい事実ではあったが……それでも、知る事が出来て良かったのじゃ」
「こっちこそ、無鬼や君達が元気そうだと分かって安心したわ」
俺達の顔を見て安心したようで、玉藻はまた何処かに旅立ってしまった。
もしもパトリオット王国のオネスト国王が優しくなければ、俺達も同じような目に遭っていたのかもしれない。
そんな事を考えていると家の外から、ハーティの大きな威嚇の咆哮が聞こえてきた。
ハーティの珍しい行動に一応警戒し、俺とシーリアスの2人で家の外に出る。
「お前は……!?」




