苦戦する女騎士と魔術師と盗賊
「ローブよ、言ったな……? 数千年の封印から解き放たれ、妾が溜め込んだ怒りや欲望をお主達3人が受け止めると……そう言うのだな?」
数千年の封印から解き放たれた……?
そう言えば『勇者』の境地に目覚めたパーティが、討伐したと言い伝えられていた筈。
数千年の時間で事実が捻じ曲がったと言えば、それまでの事だけど……
いや、そんな事は考えてる暇は無いか。
「シーリアス、かなり無茶をさせてもらうからな……もしもの時は、止めてくれ」
「ローブ、まさか……止めても聞かなそうだな。分かった、君の攻撃も無鬼殿の攻撃もメシアには届かせない」
「ああ、ありがとう」
シーリアスに頼みを伝え、俺は無鬼の目の前まで歩く。
顔が触れ合いそうな距離まで近付き、俺達は睨み合った。
無鬼は強い、全てを受け止める為には何もかもを投げ捨てた力が必要になる。
「後悔せんでくれよ、愛しきローブ」
「この1回で、出し切れよクソガキ?」
無鬼が魔力を全力で解放し、それだけで大きな衝撃波が周囲に放たれた。
俺が何とか踏み留まっていると、無鬼が右腕を高く振り上げている。
豪快に振り下ろされた右拳に向けて、俺は左手を伸ばした。
「【盗む】威――」
「知っておるわ、阿呆がっ!」
「うぐぉっ!?」
無鬼は右腕を振り下ろさず、俺の腹に強烈な膝蹴りを叩き込む。
頭と膝がくっついてしまいそうな程に体が折り曲げられ、ガラ空きになった背中に右拳が振り下ろされた。
やっぱり今の能力値じゃ、本気の無鬼に触れる事すら出来ない……!
「受け止めると言って、その程度とは笑止千万!」
地面に叩きつけられ、俺の体が大きく跳ね上がる。
そんな俺を蹴り飛ばそうと、無鬼が右足を振り上げた。
「【凶暴化】……悪かったな、これでちゃんと受け止められる……!」
俺は【凶暴化】で体を強化し、無鬼の蹴りを片手で受け止める。
デメリットが最悪だが、大幅に強化できるから使うしかなかった……!
今回は誰も敵と定めずに、【凶暴化】をコントロールする!
失敗しても、メシアとシーリアスが居るから……信じて、全力を尽くすしかない。
「確かに、受け止められたのう……これなら少しは、遊べそうじゃ……!」
無鬼が足を俺の手から引き剥がし、ニヤリと怪しく微笑む。
片手を真上に掲げると、巨大な魔力の球体が一瞬で出来上がった。
この魔力は属性を感じない、つまり【属性耐性】で軽減する事が出来ないっ!
「させるかっ! 【王女の盾】遠隔展開っ!」
無鬼の腕が振り下ろされると同時に、魔力の球体が一気に俺目掛けて撃ち出された。
だが目の前に巨大な盾が出現し、魔力の球体を防ぐ。
シーリアスが遠くから守ってくれたのか……!
「当たれば大怪我、盗めば量に耐え切れず体が破裂する魔力球……シーリアスの盾が、防ぐのが正解じゃ」
「当然、後衛であるメシアは守る。だがそれだけではない……自分はローブ殿も守ってみせるさ!」
「助かる……っ、ぐぅっ!?」
全身の痛みと脳を掻き毟るような破壊衝動が、無鬼やシーリアスに向けられそうになっていた。
張り裂けそうに脈打つ心臓を抑えつけ、目の前に立つ無鬼を睨みつける。
そんな俺を見て無鬼はニヤリと笑い、大きく距離を取った。
「妾の全てを受け止めると言うならば、もっと楽しませてみよ! 妾が感じていた孤独と退屈を、塗り替えるのじゃ」
「阿修羅に、風神雷神……龍、烏天狗、餓鬼の大群まで……!」
無鬼は高い所に立ち、俺達を見下ろしながら指を鳴らす。
足元に黒い靄が広がっていき、そこから大量の餓鬼や烏天狗、複数の龍や風神雷神、阿修羅までもが産み出されていった。
マズイな……時間が経てば経つほど、【凶暴化】を維持するのがキツくなる。
「シーリアス、ローブを守って……!」
「一気に片付けるのだな、了解したっ! 【王女の盾】結界展開っ!」
俺の周囲にシーリアスのバリアが展開され、直後に背後から緑色に煌めく水流が怒涛の勢いで魔物を呑み込んでいく。
大量に呼び出されていた魔物が動く暇も無く、強烈な水流によって洗い流されていった。
これがメシアの本気の【水魔法】、どれだけ多くの魔物が居ようが一瞬で流し去る最強の激流。
「むふふ、たったの1秒も稼げぬか。流石の殲滅力じゃのう……?」
「ローブは、無鬼だけ見てて……邪魔な物は、ワタシが全部……薙ぎ払ってあげる……!」
「自分もだ。ローブに迫る危険な攻撃は、自分が必ず防いで見せる。だからローブは……」
「「無鬼を受け止める事だけ、考えておけばいい……!」」
2人の心強い声を聴いた瞬間、【凶暴化】の破壊衝動が治まっていく気がした。
俺がゆっくりと後ろを振り向くと、メシアはグッと親指を立てて手を突き出す。
シーリアスはニヤリと笑い、自分の胸元を叩いて見せてくれた。
▼【盗む】の熟練度が 限界突破しました
▼一時的に 味方のスキルを 盗めるようになりました
「この力は……いいや、考えてる暇は無いか」
俺は見下ろしてくる無鬼を睨みつけ、右手を大きく振りかぶる。
そのまま大きく振るえば、爪の軌道から5体の龍が無鬼に向かっていく。
【同時発動】した【爪技】爪竜描画と【神聖魔法】シャイニングドラゴンを【宣言破棄】した。
「なっ!? 【宣言破棄】じゃとっ!?」
「味方から盗む……! それが俺の新しい【盗む】らしい」
これなら無鬼と互角に戦えるかもしれない……!




