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危機を乗り越えた鬼女と盗賊

「ハァ、ハァ……次の、魔物は……何処だ……?」


 肩で何とか呼吸し、視界が少しずつ霞んできていた。

 今朝に森で餓鬼に遭遇してから、空が夕焼けに染まるまで……俺はずっと無鬼(ナキ)とハーティを守っている。

 黒い龍や烏天狗(からすてんぐ)、炎の車輪を付けた猫など大量の魔物を倒した。


「ローブ、もう大丈夫じゃ……お主は見事に、妾達を守り抜いてくれた……!」


 体の傷や疲れは【回復魔法】で直ぐに治したが、心の疲労は直ぐには取れない。

 俺はゆっくりと腰を下ろし、ハーティの背中に座り込んだ。

 無鬼(ナキ)は【あやとり】の糸を解き、ハーティは飛ぶ速度をかなり落とす。


無鬼(ナキ)、ハーティ……お疲れ様。街もキャンプも危険になってきた……かなりキツイかもしれないけど、今日はこのまま東の国に向かい続けようと思う」


「賛成じゃ、急がないのであれば【通りゃんせ】で結界も貼れるしのう。ハーティには引き続き、負担をかけてしまうのじゃが……」


 無鬼(ナキ)の心配する声に、ハーティは任せておけと小さく鳴いた。

 激しい衝撃を受けても飛びながら耐え、護り切れずに魔物に噛みつかれても引き剥がして飛んで……

 ハーティが頑張ってくれなければ、俺達はこうやって襲撃を(しの)げなかった。


「【盾技】の熟練度もかなり上がったからな。俺も多少のバリアを貼れるから、無鬼(ナキ)はその上に【通りゃんせ】を頼む」


「分かったのじゃ」


「良し、それじゃあ……【同時発動】、【盾技】障壁球×【盾技】障壁球」


「【通りゃんせ】……妾のも合わせて、三重の結界じゃのう。これならば大量の魔物が襲撃してきても、簡単には破れまい」


 飛んでいるハーティの周囲に二重のバリアが球状に展開され、その周囲の空間が無鬼(ナキ)によって捻じ曲げられる。

 無鬼(ナキ)の言う通り、これなら大量の魔物でもかなりの時間が稼げそうだ。

 破られるまでに準備は出来るだろうし、バリアがあるからハーティの全速力で強行突破も考えて良い。


「それじゃあ無鬼(ナキ)、【あやとり】の維持で疲れただろ? 休める今の内に、睡眠取っとけ」


「……そうじゃのう、今回は言葉に甘えさせてもらおうぞ。また膝を借りても良いか?」


「ああ、好きに使ってくれ」


 俺が胡坐(あぐら)をかくと、無鬼(ナキ)はこてんと頭を乗せる。

 無鬼(ナキ)は数秒もしない内に、小さくスヤスヤと寝息を立て始めた。

 思い出したばかりのスキルを、慣れてないのに長時間使って疲れていたんだろう。

 今日はもうこのまま、ゆっくりと休ませて……


「あの襲撃を退けたんだから、どんな化け物が来たのかと思えば……可愛い男の子と、愛らしい四つ足竜ちゃんね」


「なっ……!?」


 背後から聞こえてきた、気さくそうな女性の声。

 俺は急いで振り向こうとしたが、体が何かに縛り付けられたかのように動かない。

 ハーティの周りの結界は3つとも壊れていない……じゃあ声の主は、最初から居たのか……?


「まだ見ちゃダーメ、今は声だけで我慢してね?」


「か、【かくれんぼ】か……? 俺の【索敵】でも破れない程、熟練度が上がった……!」


「へえ、結構鋭いのね? 【索敵】に自信があるって事は、『盗人(ぬすっと)』かしら? 襲撃を乗り越えたんだから、【盗む】の熟練度も極めてそうね……」


 俺が動けない理由は何だ……?

 【状態異常耐性】があるんだから、麻痺になる可能性は無い……と言うか、麻痺なら喋れないし。

 動けないのは何か別のスキルで、無理矢理抑えつけられている……このスキルは、調べた事があるぞ。


「これ、【神通力】か……? 目に見えない力を、発生させるスキル……!」


「西の国でそこまで調べるなんて、かなり勉強熱心なのね。じゃああたしの正体は……」


「何となく察しがついてる。無鬼(ナキ)を止める為に、わざわざやってきたんだよな?」


「目的の方は、残念ながら外れよ。今日は君のお顔を見るのと、警告しにきたの」


「警告……?」


「そう、警告。これ以上あたしが封印した記憶をこじ開けようとするのなら、本気で止めるしかなくなる。死にたくなければ、引き返す事を推奨するわ」


 無鬼(ナキ)の記憶の封印……やっぱり、こいつが記憶を封印したのか。

 だけどここまで来たんだ、脅しに屈して引き返す気なんてさらさらない。

 俺は【神通力】を力だけで打ち破り、振り返って睨みつける。


「どんな事情があろうと、俺は無鬼(ナキ)の記憶を取り戻す。怪我したくなけりゃ、お前の方こそ引っ込んでいろよ」


「へえ、情熱的な部分もあるのね……嫌いじゃないわ」


 俺の後ろに立っていたのは美しい銀髪と狐耳、9つの尾が目を引く美女だった。

 無鬼(ナキ)が狐と言っていた通り、狐の獣人。

 その九尾は俺の視線を受けて、ニヤリといやらしく笑う。


「嫌いじゃないなら、戦わずに話し合いで解決できると嬉しいんだけどな?」


「ソレとコレでは話が別よ。とにかく君達がこのまま東の国に来るのなら、あたしは本気で止めに行く。それじゃ、賢明な判断を期待しているわ……じゃあね」


 そう言い残し、九尾の姿が一瞬で消えた。

 確か【神通力】には、【転移魔法】と同じ派生技がある。

 俺は膝の上で寝息を立てる無鬼(ナキ)の頭を、優しく撫でた。


「大丈夫、諦めるつもりは無いからな……!」

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