野営する鬼女と盗賊
道中は一度も襲われずに、俺達は次の街に……着いていない。
正しくは敢えて街まで行かず、近くの森でキャンプをする事にしたのだ。
ハーティから荷物を下ろし、焚き火と食事の準備を済ませる。
「お疲れ様、ハーティ。今日はもうゆっくり休んでくれよ……」
地面に伏せているハーティを撫でると、嬉しそうに喉を鳴らしながら頭を擦り付けてきた。
メシアとシーリアスを置いて行ってしまった事を除けば、旅は順調と言って良いかもしれない。
この調子なら明後日には、東の国に辿り着ける筈だ。
「流石に冒険者、野営はお手の物じゃな」
「野営は……えっと、キャンプか? 俺は戦闘で役に立てない期間が長くてね。こういった雑用は、出来るように率先してやったんだ。それでも前のパーティーでは、下手とか遅すぎるとかって怒られたんだけど」
「お主、苦労していたんじゃのう……メシアやシーリアス、今の一党になって良かったんじゃな。あ奴らと居るお主は、幸せそうじゃからのう」
「まあ、幸せだよ。うん、それは間違いない」
俺の事を好きになってくれる女性が2人、一緒に過ごせるのが幸せじゃないなんて言えるわけがない。
正直な話、俺はもうこれ以上何も要らないとさえ考えている。
このまま冒険者を続けて、程々で引退して出来ればそれで良いんだ。
「そうじゃローブよ、夜の見張りの事なんじゃが」
「ああ。それなら俺とハーティが交代で見張るから、無鬼はずっと寝ていても大丈夫だぞ?」
「まあ、待て。お主やハーティにばかり苦労はかけられん。妾の思い出した技の中に、結界を貼るのが存在しておる」
「結界……どんな感じか一旦使ってもらっても良いか? 場合によっては、見張りが必要な物かもしれないし」
「うむ、やってみようぞ。少し妾に近付いておくれ……行くぞ、【通りゃんせ】」
無鬼が地面に手をついてスキルを宣言すると、周囲の雰囲気が変わっていくような不思議な感覚。
特に何かが起こっているわけじゃないが、空間が捻じ曲がっているような……不思議な結界が出来上がっていた。
「凄いな、何て言うんだろう。結界じゃないけど、結界としての役割を果たしてるって感じ……?」
「お主は鋭いのう、感心じゃ。ローブの言う通り、これは結界であって結界にあらず。正しくは空間を歪めた、迷路のような物じゃ」
「空間を歪めた迷路って、【結界魔法】よりも凄い魔法だな」
「そうじゃろう、そうじゃろう? この結界を破るのに必要なのは、強き攻撃ではなく惑わされぬ強き心。そこらの魔物に破る事は不可能よ」
攻撃が通らなくても、当てるという意思を持って攻撃しないと突破できない。
こんなスキル、初見じゃ絶対に突破できないな……
仕組みを聞いた今でも、突破できる自信が無い。
「強力な隠密性能の【かくれんぼ】に、破るのが困難な結界の【通りゃんせ】……どっちも凄い強力なスキルだな。そんなスキルが覚えられる、無鬼の職業って一体……?」
「妾は……いや思い出せぬのじゃ、すまんのう」
「……ごめん、悪い事を聞いたな」
俺の迂闊な質問のせいで、気まずい空気になってしまった。
スキルや職業から、無鬼の正体に関する手掛かりが掴めると思ったんだけど……
「……ローブ、今日はもう食事にしようぞ。お腹が空いてしまったのじゃ」
「そうだな、食事を済ませてもう寝ようか。直ぐに準備するよ」
取ってきた魚を串に刺し、焚き火の近くに突き刺す。
メシアとシーリアスは、今頃何をしてるかな……?
俺を追いかけずに、街で待ってくれていると良いけど。
「そうじゃローブ。鬼人の街に向かうという話じゃったが、恐らく行く必要は無いぞ」
「行く必要は無い? 何で分かるんだ?」
「前も言ったと思うが、妾は自分が何者か予想はついておる。恐らく妾の知り合いと呼べるような者は居らぬのじゃ。ハッキリと言ってしまえば、時間の無駄になるだけじゃろう」
「そうか、分かったよ。それなら東の国で宿を取ったら、準備を整えて勇者の遺跡を目指すのが良いか?」
「うむ、その流れで頼む。そしてローブよ、まずはお主1人で勇者の遺跡の内部を見てくれるか?」
「……? ああ、安全確認って事か。分かった、しっかり見ておくよ」
「そうではない。お主が先に入って、内部で何が語り継がれているかをよく見るのじゃ。そうすれば妾の正体に見当がつくじゃろう」
「別にそれ、1人じゃなくても良いんじゃないか? 無鬼と一緒に確認すれば、そんな事しなくても済むだろ」
「頼む、そうしてくれ……お主の為にも、妾の為にも」
そう言って無鬼は、寂しそうに微笑む。
俺はさっきの事もあって、これ以上踏み込んで質問しようと思えない。
「……ああ、分かったよ」
胸の中に小さな不安を感じながら、俺はそう答える事しか出来なかった。
無鬼の正体が、分かる日は近い。




