次の街を目指す鬼女と盗賊
ハーティの背中に乗って、次の街に向かっていく。
1時間は飛んでいるが、魔物が襲撃してくる気配は無い。
メシアが居ないからハーティの速度は下がっているが、それでも昨日より早く着きそうだ。
「今は【かくれんぼ】ってスキル、使ってるのか?」
「ああ、勿論使っておるぞ。念には念を入れよ、というやつじゃ。やはり旅は安全でのんびりとしたものが良い」
「その安全の中に、俺とハーティは入っていないけどな」
「ローブ、そう拗ねないでおくれ。この旅でお主とハーティには何もしないと誓おうぞ。妾の記憶を完全に取り戻す為に、お主の協力が必要不可欠なのじゃ」
無鬼は少しだけ悲しそうに、小さく呟く。
記憶を完全に取り戻す……って、少しは記憶が戻っているのか?
「おいおい、いつ記憶を取り戻したんだよ?」
「お主の【盗む】のおかげじゃ。あの時、妾にかけられた記憶の封印が少し剥がれ落ちてのう」
「そうか、どんな記憶が取り戻せたんだ?」
「幾つか技……お主の言い方をすれば、すきるを扱える事。そして妾が記憶を奪われる直前、何処に向かおうとしていたのかじゃな」
「まだまだ少ししか取り戻せてない、って感じだな。もう一度被害を盗むを使えば、もっと取り戻せるのか?」
「いやあ、偶然じゃろう。試すのも良いがやはり何か鍵となる物を見つけ、一気に記憶を取り戻すのが良い筈じゃ」
記憶が戻ったのは喜ばしいけど、無鬼の正体には繋がりそうにない。
それにしても無鬼がスキルを使えるって事は、冒険者として職業を持ってるって事だよな。
【かくれんぼ】は効果からして【気配遮断】っぽいし、『暗殺者』とかだろうか?
「そう言えば、記憶を取り戻す直前は何処を目指していたんだ? そこに向かえば、記憶を取り戻す鍵に繋がるかもしれない」
「うむ、妾もそう思っておった。どうやら妾は、勇者の遺跡という場所に向かっておったようじゃ。知っておるか?」
「勇者の、遺跡……!?」
それってパトリオット王国の大神官様が、『勇者』の境地という言葉を見かけた場所だった筈。
無鬼の問題が解決したら行こうと思っていたけど、丁度良い。
「どうやら知っておったようじゃのう。きっとそこならば、妾は記憶を取り戻せると思うのじゃが……恐らく、遺跡に行くのは邪魔が入る筈じゃ」
「勇者の遺跡で記憶を奪われたんだもんな。俺達が東の国を目指しているのは気付かれているだろうし、強力な魔物に見張らせているかもしれない」
「じゃからこそ、ローブの力を貸してほしい。ローブが居れば、必ず遺跡に辿り着ける筈じゃからな」
「……けど、メシアとシーリアスを置いていく必要はあったか? 正直に話せば、メシアとシーリアスも同行してくれる思うんだけど……」
いや、メシアとシーリアスなら間違いなく同行してくれた筈だ。
無鬼だって、2人とは仲良くしていたように思える。
俺には無鬼が、メシアとシーリアスを出し抜いた理由が分からない。
「お主は身内に甘いから気付いておらぬじゃろうが……妾はあの2人から、疑いの目をかけられておった。と言っても妾が怪しいのも当然の事、むしろローブの方が迂闊に信じすぎなのじゃぞ?」
「そうだったのか……全く気付かなかった」
「そして妾は、自分が何者なのか予想がついておる。もしも妾の予想通りであるのならば……その時に味方してくれるのは、お主だけじゃろう。妾のせいで、お主達が争う可能性が僅かでもあると思うと……なぁ?」
「無鬼……」
俺がメシアやシーリアスと争うような、無鬼の正体……?
凄く気になるけれど、怖くて聞けなかった。
寂しそうな無鬼の表情に、胸が痛くなる。
「とにかくじゃ。今は妾の記憶を取り戻す為に、ローブだけの協力が欲しいのじゃ。お主としては複雑な気持ちかもしれぬが、今は何も言わないでおくれ」
「……ああ、分かったよ。メシアとシーリアスなら、俺が居なくても大丈夫だろうしな。気を付けなきゃいけないのは、むしろ俺達の方だろう」
「うむ。妾もすきるで支援するつもりじゃが、それでも戦闘はお主に任せっきりになってしまう」
「戦闘もだけど、ハッキリ言って俺1人じゃあの御方とやらには敵わない。東の国では、派手な動きは出来ないんだ」
「戦闘は極力避け、行うとしても速やかに打ち倒す必要があるという事じゃな? お主があ奴に敵わぬとは、思えぬのじゃがのう……」
「成程……って、ちょっと待て。お前はあの御方の正体を。思い出しているのか? だったらどんな奴か教えてくれ」
「いや、完全に思い出せたわけではないのじゃが……恐らくお主1人でも、充分に戦える筈じゃ。あ奴は確か魔法が得意なだけの狐、不意打ちでもなければお主が負ける事は無い」
って言われてもなぁ……俺が勝てないと感じた無鬼の記憶を奪ったのが、あの御方なんだ。
そんな相手に、俺が1人で勝てるとは思わないんだけど……まあ、俺には切り札がある。
俺は胸に手を当てて、覚悟を決めた。
「とにかく、戦わずに済むならそれに越した事はない。予定通り、幾つかの街で休みながら東の国を目指す。それで良いか?」
「うむ、どうかよろしく頼む」




