閃いた魔術師と盗賊
メシアの姿をした強気な少女の放った言葉は、俺を困惑させるのに充分だった。
幾ら夢の中とはいえ、『勇者』の境地が出てくるなんてタイミングが良すぎる。
これは夢で見ているけど、もしかしたら夢ではないかもしれない……!
「なあ、この夢は一体――」
俺は少女に向かって、問い詰めようと必死に手を伸ばす。
だが視界が白い光に包まれ、夢の世界は終わりを迎えようとしていた。
普通の夢じゃない、何かヒントがつかめそうだったのに……!
「ローブ、起きて……ローブ……?」
「んぁっ……あー、今度は普通のメシアか……」
「フフッ……普通のワタシって、何それ……?」
誰かに揺さぶられて呼びかけられる、今度はいつも通りのメシアが俺を起こしてくれる。
やっぱりメシアは、のんびりしたこの喋り方じゃないとな。
ベッドから体を起こすと、部屋の中にはメシアしか居ない。
「シーリアスと無鬼は?」
「炎の蝶を渡して、デザート食べてるよ……ワタシはローブのご飯を、持ってきた……夜の見張り、無鬼にバレたくないんでしょ……?」
「ああ、そうだな。ありがとうメシア、いただくよ」
「うん……はい、あーん……!」
「あ、あーん……」
メシアが当然のようにパンを差し出し、俺はそれを恐る恐る頬張った。
奇妙な夢を見る事になったけど、眠ったおかげで体力も多少は回復している。
これなら今から次の街に行くまでの間、眠らずに行動出来そうだ。
「ねえ、ローブ……大丈夫……?」
「大丈夫か大丈夫じゃないかで言ったら……正直ちょっと、大丈夫じゃない状況だな。明日はもっと東の国に近付くんだし、間違いなく襲撃も激しくなる。一応ルートは変えるつもりだけど、それだけじゃ安心できないよな」
「流石に、このままだと……ローブの消耗が、激しすぎる……相手が無鬼の位置を、間違えるような方法が……あればいいのに」
「あの御方が無鬼の位置を誤認するような方法……何かあるか?」
恐らくあの御方は、無鬼の気配か何かを感じて魔物を差し向けていると思う。
空中を高速で動く俺達を、的確に魔物で取り囲んでいた。
考え込む俺の視界の端に、赤い何かがチラリと入り込んでくる。
「メシアの炎の蝶か……あっ。なあメシア。少し気になる事が出来たかも」
「うん……多分、考えてる事は同じ……!」
俺がある事を閃いて顔を上げると、同じようにメシアもこちらに顔を上げた。
もしも予想が正しければ……無鬼に会って確かめないと。
「恐らく……ここがローブとメシアの部屋。では隣が自分と無鬼殿の部屋という事だな」
「成程のう。ならばローブとメシアに声をかけていくのじゃ」
「ああ、そうしよう。メシア、ローブ、起きているか?」
タイミングよくシーリアスと無鬼の声が聞こえ、俺達の部屋の扉がノックされる。
声をかけると扉が開かれ、2人が部屋に入ってきた。
「2人ともお帰り。美味しかったか?」
「うむ、妾は満足じゃ! 宿など後回しにして、お主も一緒に食べればよかったと言うのに」
「まあまあ、俺の事は良いんだ。それより無鬼、ちょっとこっちに来てくれるか?」
「なんじゃ……?」
不思議そうに近付いてきた無鬼の頭に、俺はゆっくりと手を置く。
小さく深呼吸した後、俺は派生技を発動させた。
「【盗む】被害を盗む……やっぱりな」
「その反応は、あったんだ……あの御方の【追跡魔法】が……」
「ああ。道理で正確に取り囲んできたり、ルートを変えても対応出来たりしてきたわけだ」
無鬼の体から盗めたのは、あの御方の仕掛けたらしい【追跡魔法】。
メシアの炎の蝶のように、仕掛けていれば相手の位置が分かる魔法だ。
もっと早く気付いていれば、道中で襲われる事は無かったのに……!
「無鬼殿に、何か仕掛けられていたのだな。解除は可能か?」
「【追跡魔法】が、あるのさえ分かれば……ワタシなら、よゆー……直ぐに壊すよ……」
「ああ、頼む」
メシアが俺の心臓に手を当て、暖かい魔力を注ぎ込んでくる。
胸の中心から何かがパキリと割れた音がし、メシアはゆっくりと手を離す。
流石は1000万人に1人の天才魔術師、たったの数秒で【追跡魔法】を外せたようだ。
「これで、大丈夫……魔力の波長も、掴んだから……近くに居れば、無鬼を追いかけている人物が……分かると思う」
「本当か? これで東の国に行くのも、辿り着いてからの動きもかなり楽になるな」
「無鬼殿、良かったな。道中はもう少し、ゆっくり出来そうだぞ」
シーリアスが声をかけ、俺も無鬼に視線を移す。
だが無鬼の様子がおかしい気がする……何と言うか、何か違うような……?
「な、無鬼……お前、大丈夫か?」
「ん? あ、ああ、ローブ殿……安心せい、妾は大丈夫じゃ。ローブ、メシア、礼を言うぞ。まさかあ奴が、そのような魔法を仕掛けていたとはな」
「気付くの遅くなって、ごめんね……でも、これでもう大丈夫だと思う……!」
なんか今の……やっぱり、違和感があった気がする。
今の無鬼とメシアの会話……駄目だな、ちょっと分からない。
取り敢えず今は、【追跡魔法】を解除できた事を喜ぼう。
「…………むふふ」




