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夜を過ごす魔術師と盗賊

 街の人間の殆どが寝静まるような夜、俺は1人で起きていた。

 数日ぶりに帰ってきたメシアの屋敷、自分の部屋じゃなくてダイニングでコーヒーを飲む。

 図書館から借りてきた東の国に関する資料を目を通しながら、朝が来るのを待っていた。


「【索敵】範囲最大……うーん、見張る必要無かったかもな……」


 【索敵】に何も引っかからず、軽く溜息を吐く。

 夜の内に奇襲されないかと、勝手に見張っているのだけど……意味無いかもな。

 残っていたコーヒーを飲み干し、おかわりの為に席を立ち上がる。

 キッチンに向かっていると、背後で扉の開く音がした。


「……メシアか。寝なくて良いのか?」


「こっちの台詞、ローブは寝ないの……?」


「俺は今日、寝るつもりないんだ。追手が来ないか、やっぱり怖くてさ……」


「……そっか……ちょっとだけ、一緒に居ても良い?」


「構わないよ、メシアも何か飲むか?」


「うん、オレンジジュース……お願い……!」


 キッチンからコーヒーのおかわりとオレンジジュースを持ち、メシアの元に戻る。

 メシアは俺が置いておいた、東の国についての資料をジッと眺めていた。

 パトリオット王国に戻ってから数時間、追手の気配は無いし少し息を抜いても良いだろ。


「ほら、持ってきたぞ」


「ありがと……ローブはちゃんと調べて、偉いね」


「逆にメシアは、ちょっと調べなさすぎだと思うけどな? 冒険者は強さが大事かもしれないけど、知識だって大切だ」


 冒険者が1番大切にするべきなのは強さだ、魔物やダンジョンマスターを相手にするんだからそれは間違いない。

 けどその大切な強さを何時でも何処でも発揮する為に、知識が支えになると俺は思う。

 だから【盗む】でどれだけ強くなろうと、情報収集は止めない。


「文字読むの苦手で、ついサボっちゃう……それに、今は……」


「分かってるよ。お前の苦手な知識は、俺が担当してやる。メシアが苦手だって分かってたから、頑張ってるのも理由にあるしな」


「ローブは、子供の頃から……そうやって、ワタシを支えてくれるね……」


「そりゃあ、まあ……メシアの事が、その、好きだからな……」


「あ……! ローブが言葉にしてくれるの、珍しいね……!」


「俺だってたまには、真っ直ぐ好意をぶつけたくなる時だってあるさ」


 なんかメシアの様子が、いつもとちょっと違う気がする。

 どことなく不安そうと言うか……心配そうと言うか……


「ねえ、ローブ……これからも、一緒に居ようね……?」


「……やっぱ正直、怖いよな。東の国」


「うん……実はちょっと不安……」


 正直、東の国に行く事が不安になってしまっている……それはどうやら、メシアも同じらしい。

 シーリアスが職業を手に入れてくれたけど、今回の戦いには間に合わない可能性がある。

 無鬼(ナキ)達の前では不安を見せないようにしてきたけど、メシアも同じだったようだ。


「あの御方の強さとか、無鬼(ナキ)の正体とか……『勇者』の境地とか、謎が増えていくだけで解決しないんだよな」


「ワタシとローブが居れば、負けないって思ってたけど……ちょっと、揺らいじゃった……」


「『勇者』の境地……風神と雷神が俺達に見出したこの言葉が、鍵になる気がする」


 俺の【盗む】やメシアの【転移魔法】、普通では辿り着けないスキルの事だと俺は考える。

 今の時点でも非常に強力で、扱いやすいスキルだ。

 風神があの御方の脅威になると焦っていたから、通じる可能性が高い。


「……ローブ、頑張ろうね」


「結局は、頑張るしかないか」


 メシアが出した提案を、俺は苦笑しながら受け入れる。

 もう東の国に行く事は決まってるんだ、後はもう辿り着いて頑張るしかない。

 メシアのこう言った目標へ真っ直ぐな所に、俺はいつも助けられる。


「……ふわぁ」


「悪い、ちょっと長く話し過ぎたか。俺はこのまま朝まで起きてるから、メシアはもう部屋に戻りな?」


「そうだね……うん、そうする……ローブ、おやすみ……」


「ああ、おやすみ」


 もう一度大きく欠伸をしながら、メシアはダイニングを後にした。

 俺は東の国の資料を再び読み始め、ある記述が目に留まる。


「魔王は東の国で生まれたと言われている……?」


 魔王か……確かに今まで『勇者』にばかり注目していたけど、『勇者』が居たなら魔王も居たかもしれない。

 あの御方が魔王だとするのなら、風神が『勇者』の境地に焦るのも分かる。

 確証は無いけれど、有り得ないと切り捨てる事も出来ないな。


「あの御方が魔王だと仮定して、無鬼(ナキ)は何で魔王に狙われているんだ……?」


 無鬼(ナキ)が魔王に狙われる理由か……

 実は元は魔王の仲間だったけど、裏切ろうとしたから記憶を奪って殺そうとしている……有り得なくはない。

 まあ前提条件である、あの御方が魔王という話から間違っているかもしれないけど。


「ふぅ……もう残り、数時間か。夜の間に、追手は来ないか……?」


 小さく呟いて、コーヒーを一口飲む。

 今は無鬼(ナキ)を無事に送り届ける為に、東の国の知識を(たくわ)えないと。

 ゆっくりと、頑張っていくしかないか。

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