鬼女と約束をする盗賊
ゆっくり目を開けると、メシアやシーリアス王女、無鬼が心配そうにこちらを覗き込んでいる。
確か……風神と雷神を始末する光線に巻き込まれて、そのまま意識を失っていたのか。
俺の能力値や【属性耐性】を貫かれるなんて……上には上が居るって事だろう。
「ローブ、目が覚めた……?」
「ああ、何とかな……痛っ……」
「急に起き上がろうとしては駄目だ。自分の肩を使って……そうだ、ゆっくりと……」
「シーリアス王女、ありがとうございます」
シーリアス王女に支えてもらいながら、ゆっくりとベッドから体を起こした。
包帯を巻いて止血されているけど、まだかなり痛む。
早く【回復魔法】を使って、完全に治してしまわないと。
「ローブ。勝手にじゃが、お主の武器を杖の形にしておいたぞ。これで傷が治せる筈じゃな?」
「ああ、ありがとう。【回復魔法】ゴッデスヒール……!」
無鬼から杖形態のノーフォームを受け取り、派生技を呟いて自分の胸に手を当てる。
ゴッデスヒールにより、胸の痛みが急速に和らいでいった。
恐らく東の国から撃たれ、目の前に居た風神を貫いてあの威力……あの御方は、相当実力があるらしい。
「ローブ……!」
「メシア、また無茶して悪いな……!」
「ううん……無事でよかった……!」
急に抱き着いてきたメシアを受け止め、宥めるように背中を擦る。
またメシアに心配かけるような無茶をしてしまった。
まああの状況では、あの無茶が最善だったと自負しているけど……
「ローブゥゥゥゥ! 無事で良かっだぁ……妾のせいで死んでしまっだら、どうしよがどぉ……!」
「無鬼、ちょっと休むだけだって言ったろ?」
反対の方向から無鬼が飛びついてきて、顔を押し付けながら泣き出した。
無鬼は意外と泣き虫なんだな……ちょっと意外かもしれない。
色々知識が豊富で変な喋り方だけど、まだ子供だもんな。
「ローブ殿、これからどうするつもりだ? 居場所がバレている以上、この街に留まるのは危険だぞ?」
「この街は、冒険者も少ないから……巻き込まないように、直ぐにでも離れた方が良い……」
「ああ、直ぐに荷物を纏めよう。一旦パトリオット王国に戻って、準備が整ったら東の国に向かうんだ」
また餓鬼の大群とか、風神と雷神のようなとんでもない魔物を差し向けられるかもしれない。
風神や雷神を的確に始末するぐらいだ、もう俺達の魔力の波長や気配を掴まれているだろう。
だから俺達が街を出れば、街に危険は無い筈だ。
「うん、じゃあ……荷物の準備をしてくるね……」
「自分はアミチェ殿に事情を説明してこよう。直ぐに戻るからな」
そう言ってメシアとシーリアス王女は、それぞれ寝室から出る。
俺は準備が完了するまで、【索敵】で警戒しておかないとな。
ベッドから降りようとしたが、無鬼の様子が気になる。
「無鬼、不安そうな顔して……大丈夫か?」
「大丈夫……とは言えんのう。まさか風神と雷神を差し向けられ、あんなにあっさり使い捨てられた。それ程の者が妾を狙っていると思うと、不安で仕方なくての……」
「まあ、確かに一筋縄じゃ行かなそうだよな」
「お主たちのばかんすを壊すだけでなく、そのような危険な者と敵対させてしまうのが申し訳ないのじゃ……いっその事、妾を探している者に捕まりに行った方が――」
「それは違う。ソイツは無鬼の記憶を奪ったんだぞ? 捕まったら酷い目に遭わされるのは、分かり切ってる。俺達の事は気にせずに、自分の記憶を取り戻す事だけを考えてくれ」
「記憶を取り戻すのが、怖くなってきたのじゃ……妾が何故狙われるのかは、間違いなくこの記憶の中にあるからのう……もしも記憶を取り戻した妾は悪人で、ローブ達に受けた恩を仇にして返すような輩だったら……」
「だったらその時は、俺が責任もって止めてやるさ。誰にも迷惑をかけないように、何をしてでも無鬼を止めてやる」
俯く無鬼の頭を撫でながら、俺は優しく告げた。
記憶を取り戻した無鬼がどんな奴であろうと、俺達と一緒に居た無鬼である事実は変わらない。
無鬼は柔らかく微笑み、俺に向けて右手の小指を差し出してくる。
「……お主の小指を、妾の小指に引っ掛けてくれるか? 東の国で、約束を意味するしるしじゃ。ローブ、記憶を取り戻した妾が悪人だったら……止めてくれると、約束してくれるかの?」
「ああ、約束するよ。必ず、止めてやる」
「うむ、約束じゃぞ」
俺達はそうやって約束を交わし。小指を離した。
無鬼が俺を懐かしいと言ってくるのは、何か記憶に関係があるのだろうか?
それに風神の言っていた『勇者』の境地……無鬼と出会ってから、気になる言葉が増えている。
だから……その為にも、無鬼から離れたくない。
利用するような形になってしまって、申し訳ないけど。
「さて、俺もちょっと準備してくるよ。無鬼も何か準備があるなら、今の内にな」
「分かっておる、行ってくると良い」
部屋の扉を開くと、目の前に険しい表情をしたシーリアス王女が立っていた。
俺に何か用事……なのかな?
それとも無鬼の方に?
「シーリアス王女……?」
「ローブ殿、相談があるのだ」




