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駆けつける鬼女と盗賊

 無鬼(ナキ)を膝の上で寝かせて1時間ほど、やる事が無くて暇すぎる。

 最初の内はメシアの置いていった炎の蝶と(たわむ)れていたが、まあ直ぐに飽きてしまった。

 暇潰しの本とか持ってきているんだけど、少しでも動こうとすれば……


「むぅ……妾から、離れるなぁ……」


「やっぱり駄目か……弱ったな」


 ズボンをしっかりと握られ、無鬼(ナキ)が俺の事を引き止めてくる。

 こんな風に言われると、申し訳なくて離れられない。

 まあ俺の膝でこんなに眠ってくれるなら、悪い気はしないな。

 足が痺れても【回復魔法】で治せるし、もう暫く膝枕を続けても大丈夫な筈。


「【索敵】範囲最大……良し、異常は無い。無鬼(ナキ)を追っていたのは、俺が引き裂いた黒い龍だけだったみたいだな。流石に再発見までは時間がかかると思っても良い筈……」


 問題は無鬼(ナキ)を狙っている奴の正体だ。

 俺は東の国の亜人という理由で、安易に無鬼(ナキ)を東の国に連れていくと約束したけど……

 襲ってきたのが東の魔物なのだから、狙っている奴も東の国の何者かと考えるべきだろう。

 無鬼(ナキ)の知り合いが見つかるのが先か、それとも俺達が見つかってしまうのが先か……賭けになってしまうな。


「ローブ……妾を、見捨てないでおくれ……」


 無鬼(ナキ)が魘されながら、腕を宙へと伸ばす。

 こんな小さな手や体で……無鬼(ナキ)はあの黒い龍から逃げ続けてきたのだろうか?

 やっと会えた人間が俺なんだとしたら……最後まで、助けてやりたい。

 俺は伸ばされた無鬼(ナキ)の手を取り、優しく握ってやる。

 苦しそうな無鬼(ナキ)の表情が、少し和らいだ気がした。


「絶対に見捨てないよ。東の国へ着いた後に、俺が必ず……お前を狙っている奴を、倒してやる」


「……うむ、信じておるぞ」


 俺の言葉が夢の中まで届いたのか、無鬼(ナキ)は小さく微笑んでいる。

 さてと……段々眠くなってきたし、このまま仰向けに倒れて寝ちゃおうかな……

 無鬼(ナキ)を膝に乗せたままベッドに体を預けると、肩の辺りに居た炎の蝶がひらひらと鼻先に飛んでくる。

 メシアの蝶も一緒にお昼寝か、なんて呑気に考えていると……


「うわぁっ!?」


「なんじゃっ!? 敵襲かぁっ!?」


 炎の蝶が俺の顔で弾け、驚いて大きな声を出してしまう。

 無鬼(ナキ)が驚きながら起き上がり、俺の顔を覗き込んできた。

 い、今のってもしかしなくても……メシアの方で何かが起こったって事だよな?


「【索敵】範囲最大……範囲内にメシアは居ない。でも、街の人達が同じ方向に移動してるって事は……間違いなく何か起きてるな」


「ローブ、どうしたのじゃ! お主の顔が少し、焦げておるぞ!」


「メシアの蝶が爆発したんだよ。メシア達の方に何かあったんだ……俺は今から、メシアを探しに行く。無鬼(ナキ)、お前はどうする?」


「無論、お主と一緒に()く! このように派手な騒ぎを起こす時は、必ず裏で暗躍する者が()るじゃろう! 狙いは妾ならば、お主と一緒に居た方が良い!」


 確かに俺が【索敵】で細かく警戒すれば、コソコソ動いてる奴らにも気付ける。

 無鬼(ナキ)が狙いなのも間違っていない筈……確かに俺と一緒に居る方が、都合が良いか。


「分かった、一緒に行こう。無鬼(ナキ)、窓を開けといてくれ。俺はメシアの杖とシーリアス王女の剣と盾を取ってくる」


「わ、分かったのじゃ!」


 俺は荷物から武器メダルを入れた小袋を取り出し、いつもの焦げ茶色のフード付きマントと指ぬきグローブを身に着ける。

 皮のベルトでメシアの世界樹の杖を斜めに背負い、腰にシーリアス王女の剣をしっかりと固定。

 左腕に盾を装着し右手に杖形態のノーフォームを拾って、俺は無鬼(ナキ)の元に戻る。


「待たせたな、またしっかり俺にしがみつけよ」


 無鬼(ナキ)を片腕で抱きかかえると、俺の首に手を回してしがみついてきた。

 俺は窓枠に足をかけ、街の様子を見渡す。

 遠くの方で黒煙が上がっているのが見えた、あそこにメシア達が居る筈だ。


「どうするつもりじゃ? 屋根の上を走っていくつもりか?」


「それじゃ遅すぎる。来てくれぇっ、ハーティッ! 良し、行くぞ!」


「ちょっ!? 待っ!? また落ちるのじゃぁぁぁぁっ!?」


 大声で呼びかけてから、俺は窓から飛び降りる。

 無鬼(ナキ)が悲鳴を上げているが、もうハーティを呼んでいるから問題ない。

 口を鎖で縛ったハーティが飛んできて、落下する俺達を空中で乗せてくれた。


「ハーティ、口の鎖は後で取る。今はあの煙の所まで向かってくれ」


 返事の代わりに大きく頷き、ハーティは煙の方へと向かい始める。

 移動している間にノーフォームから杖メダルを取り外し、爪メダルで鉤爪形態に変形させておいた。

 マントが引っ張られて振り向くと、無鬼(ナキ)が不安そうに俺を見ている。


「メシア達は大丈夫かのう? お主が強いのはこの目で見たから分かるのじゃが……」


「大丈夫だよ、ほら見えてきた」


 煙の発生地である、街の端の方へと辿り着いた。

 ハーティがゆっくり降りていくと、手足が酷くやせ細っているのに腹だけが異常に膨れた不気味なゴブリンみたいなのが大量に見える。

 しかし奇妙なゴブリンモドキの大群は、何かに阻まれて街に侵略出来ていない。


「何という餓鬼の大群! じゃが、誰かが孤軍奮闘しておる。あれは……メシアか!?」


「メシアは俺より強い、最強の『魔術師』だよ。さあ、飛び降りるぞ!」


「二度あることは三度あると言うが、何度飛び降りれば良いのか……!」


「それっ!」


 俺は無鬼(ナキ)を抱えて、ハーティから飛び降りる。

 餓鬼と言われたゴブリンモドキ、メシアとシーリアス王女の間に轟音を立てて着地した。

 上空から降ってきた俺を警戒し、餓鬼たちは少しだけ後ろに下がる。


「ローブ、来てくれてありがとう……!」


「剣と盾も持ってきてくれたのか、助かる!」


「遅くなった……さあ、さっさと片付けようぜ」

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