取り敢えず鬼女を助けた盗賊
ハーティの背に乗り、名前を知らない妙な喋り方少女を抱きかかえる俺。
そんな俺達の前に降りてきたのは、頭だけドラゴンのような空を飛ぶ黒い蛇だった。
確か図書館の東の魔物絵巻という、巻物型の変わった資料集で見た事がある。
アレは確か……
「と、『盗賊』とは確か……『盗人』じゃとぉっ!? お主そんな最弱と嘲笑される宿しで、よく龍を相手に出来ると思ったのうっ! しかもよく見ればお主、裸同然の下着一枚の姿ではないかっ!?」
「そうそう、アレが東側のドラゴンこと龍ね。凄いな、翼が無いのにどうやって飛んでいるんだ?」
「何を呑気にしておるのかっ!? 何故『盗人』が従えておるのか分からんが、黒き四つ足竜に命じてここから逃げるのじゃっ!」
俺の姿を見て、黒い龍はニヤリと邪悪な笑みを浮かべている。
追いかけていた少女を助けようとしているのが、半裸の男……うん、油断する気持ちも分からなくはないな。
その時点で俺と龍の実力が離れているのが分かる、でも俺は油断するつもりは無いけどな。
「事情が分からないけど、とにかくお前を助けて良いんだよな?」
「そうじゃ! だからとにかく、四つ足竜に逃げろと――」
「じゃあ、しっかり首に捕まってくれ。【爪技】獣王爪斬……!」
俺は少女を左手で抱え直し、右手を真っ直ぐ上に掲げる。
静かに派生技の名前を呟き、巨大な獣の腕を出現させた。
先程の油断の表情は消え、獣の腕に目を丸くする龍。
抱きかかえている少女も、獣王爪斬を見てすっかりと大人しくなっていた。
「お主、何者なのじゃ……?」
「信じられないかもしれないけど、本当に『盗賊』だよ。ただし、普通じゃないけどね」
龍が何か行動をする前に、俺は一気に右腕を振り下ろす。
巨大な獣の腕が振り下ろされ、龍の体を一瞬で引き裂いた。
バラバラになった龍が、海へボトボトと落ちていく。
素手の獣王爪斬で一撃か、やっぱり大した事無い奴だったな。
「あの龍がたったの一撃とは……人には添うて見よ馬には乗って見よ、『盗人』と聞いただけで取り乱した妾が愚かじゃったか……」
「いやまあ、俺以外の『盗賊』はこんな風に戦えないと思うけどさ」
俺はハーティの背中の上に、抱えていた少女をゆっくりと下ろす。
裾がかなり短い着物という東の衣服を纏った少女、その額からは折れた角と普通の角が生えていた。
どこからどう見ても、人間じゃないな……多分東の方の亜人だろう。
さっき俺が倒した龍も、東の魔物だしな。
「えっと……俺の名前はローブ、『盗賊』の冒険者だ。お前の名前は?」
「それがのう……妾は自分の事だけまーったく分からんのじゃ。気が付いたらあの黒き龍に襲われてのう」
困ったように笑いながら、頬を掻く謎の少女。
『盗賊』が最弱の職業とかは分かっているのに、自分の名前すら分からないのか?
「自分の事だけ、分からない……妙な記憶喪失だな」
「意図的に記憶を奪われたのじゃろう。そして黒き龍で、妾は始末されかけていた……お主がその格好で海に浮いていなければ、妾は無残に殺されていたじゃろうな。遅くなったが、礼を言うぞ」
「どういたしまして。それでこれからお前はどうするんだ?」
「そうじゃのう……図々しい事は承知じゃが、記憶が蘇るまでお主の傍に居させてもらえんじゃろうか? 実は龍を倒すお主を見て、何か懐かしい気がしてのぅ」
「俺を見て懐かしい? 初対面だと思うけどな……まあ分かったよ。俺達はこの街にはバカンスに来てるんだ。だからそれが終わったら、お前を東の国に送る。それまでは一緒に居て、東の魔物からお前を守る。記憶が戻るまでずっとは無理だけど、それでも良いか?」
記憶が戻るまでずっとは保証出来ないけど、それくらいなら出来る筈。
東の国は遠いらしいけど、ハーティなら数日で行ける距離だしな。
バカンスが終わったら、直ぐに送ってあげられると思う
「無理を言っているのは妾の方じゃ。むしろ頼んでおいてなんじゃが、そこまで良くしてもらってよいのか?」
「丁度東の国を観光してみたかったしな。俺の仲間に一応来るか聞いてみるよ。もし断られても、俺は東の国に送るから安心してくれ」
「すまぬのう。記憶が戻って妾に出来る礼があれば、必ず返そうぞ」
「期待して待ってるよ。これからはどう呼べば良い? ずっとお前って呼ぶのは嫌だしさ」
「妾の呼び名を妾が考えるとは奇妙じゃのう。ローブ、お主が考えとくれ」
「俺が? そうだなぁ……」
俺を見上げる少女を、改めてよく見てみた。
やはり額から生える普通の角と、折れた角が目を引く。
角の生えた東の亜人……そうか、たしかこの種族の名前は……
「どうじゃ、何か思いついたか?」
「思いついたっていうか、思い出したっていうか。お前は多分、鬼人って種族だよな?」
「おおっ、その種族名は何か懐かしさを感じるのじゃ。妾は恐らく、その鬼人という種族じゃろう」
「じゃあ、名前の無い鬼人……無鬼ってのはどうだ? 嫌なら別のを考えるけど……」
「無鬼か、気に入ったぞ。それでは暫しの間世話になる。よろしく頼むぞ、ローブ」
「ああ、よろしくな」
無鬼が差し出した右手に、俺は握手で応じる。
この出会いが後に大きな問題を引き起こすなんて、今の俺は全く想像出来ていなかった。




