ただのバカンスが出来ない盗賊
俺はゆっくりと海の中に入っていく。
水に触れた箇所が、ひんやりとしてきてとても心地いい。
やがて全身が海に入り、俺はゆっくりと目を開く。
美しい青の世界が、何処までも続いていた。
「プハッ! 冷たい水が、こんなに気持ちいいなんてなぁ……!」
海面に浮上して立ち泳ぎしながら、俺は感想を呟く。
お風呂の温かい感覚に慣れているから、冷たくて気持ち良いのはちょっと予想外だ。
この街は普段の王国よりも暑い気がするし、それも関係あるのかも。
「ローブ殿、初めての海はどうだ?」
「とっても楽しいですよ! ダンジョンの中で川を見つけると、服を着たまま入らなきゃいけないので気持ち悪いんですけど……水着のおかげで、それが無いです! メシアはどうだ? あれ……メシアは何処に?」
「む? メシア殿なら自分と一緒に……海に、入って……」
周囲を見渡してみるが、メシアの姿は見えない。
そう言えばメシアって泳げるのだろうか?
冒険者だから泳げるって勝手に思っていたけど……メシアは運動が苦手だしな。
「【索敵】なら高低差あっても分かりますし……【索敵】範囲最大」
いつも通りに【索敵】を発動し、周囲の様子を探ってみる。
俺達の足元でドンドン沈んでいく、人間の気配が……
って、これメシアの気配じゃないかっ!?
でも大きな魔物の気配が向かっているなら……大丈夫だろう。
「ローブ殿、どうだった?」
「泳げなかったみたいで、ドンドン沈んでますね。今までダンジョンの川とか、どうしてきたんだろうな……」
「溺れているではないかっ!? 何を考えているんだローブ殿、早く助けに行かなければ!」
「ああ、大丈夫ですよ」
「何を根拠にっ!?」
シーリアス王女が叫んだ瞬間、俺の背後に海水が一気に盛り上がった。
この平和な観光地で感じた大きな魔物の気配とは、勿論俺達の大切な相棒であるハーティの事。
海面から顔を出したハーティの頭の上に、メシアはぐでっと倒れた状態で乗っている。
杖が無くてもかけられる【回復魔法】を、念の為メシアにかけておこうか。
「【回復魔法】ヒール! おーい、メシアー! 大丈夫そうかー?」
「うん、何とかね……ハーティ、ありがとう……!」
メシアのお礼を聞いて、ハーティーは気にするなとでも言うように軽い鳴き声を上げる。
というか、ハーティは泳げるんだな……
水の中ってちょっと体が重くなるだけで空の感覚に似てるし、ハーティはむしろ泳ぐの上手いかも。
「成程、既にハーティ殿が助けに向かっていたのだな」
「助けに行ってなかったら、紫電勢爪で慌てて潜る事になってましたね。すいませんシーリアス王女、ちょっとメシアの介抱をしてきます」
「では自分が戻るとしよう、ローブ殿はもっと海を楽しむと良い。折角初めての海なのだからな」
「ワタシは大丈夫だから……皆、気にしないで……」
「ああは言っているが、誰かついていた方が良いだろう。自分は騎士なのだ、その辺りの男ならば片手で充分」
「まあ、そういう事なら……もうちょっとだけ、泳いできます」
シーリアス王女はハーティの背中によじ登り、そのまま砂浜の方に戻ってしまった。
1人になってしまった俺は、全身の力を抜いてプカプカと海に浮かぶ。
なんか急に微妙な気分になってしまった……本当はメシアの傍に戻りたいけど、戻ったらメシアが凹んじゃいそうだし……
でもこのまま自分1人で、気ままに泳ぐって気にはなれないしな……
「なんか砂浜に戻る理由でも出来ないかな……なんてな」
「ひえええええええっ!? 誰か妾を助けるのじゃぁぁぁぁっ!?」
「……冗談のつもりだったんだけどな」
くだらない冗談を呟いていたら、丁度俺の真上から幼い少女の悲鳴が聞こえてきた。
目を凝らしてよく見てみると、空から少女が落下してきている。
今日は下にメシア、上から女の子って色々ある日だな!
「【盗む】視線を盗む! こっちだ、俺目掛けて降りてこい!」
「おおっ! 渡りに船とは正にこの事、そこのおのこよ! 妾は頑丈じゃからこのまま受け止めんでも良い! その代わりに後ろの物の怪をどうにかしてほしいのじゃぁぁぁぁ!」
「後ろ? 【索敵】範囲最大……凄い速度で大型の魔物が迫ってきてるのか!?」
マズイな、海じゃまともに戦闘する手段が無い!
メシアが居ればゴーレムファクトリーの時みたいに、【盾魔法】で足場を作ってもらえたのに……!
スキルをかなり盗んできたから充分とか思っていたけど、まだまだ足りないか……!
だが空を睨んでいる俺に向けて、頼もしい咆哮が砂浜の方から聞こえてくる。
「ハーティ! ナイスタイミングだ!」
俺を呼んだのは、超高速で水面ギリギリを飛んでくるハーティだった。
乗れるように降ろされたハーティの片腕をよじ登り、そのまま背中で立ち上がる。
ハーティは直ぐに急旋回し、落下してくる少女が海に落下する直前の所に滑り込んだ。
俺は少女の肩と膝を腕で支える、お姫様抱っこの形で受け止める。
「なんとお主は、西側の四つ足竜を従えておるのか!? という事は、さぞ名の有る『魔物使い』なのだろう!」
「『魔物使い』って……『テイマー』の事か? だったら違う、俺は『盗賊』だよ」
広い青空を睨みながら、俺は少女にそう言ったのだった。




