勝利を祝う女騎士と魔術師と盗賊
ソルマのパーティーと勝負した日の夜、アムルンさんの酒場で祝勝会が開かれている。
オネスト国王やマーシー王妃、カレッジ王子達も来てくれるようで、アムルンさんは気を利かせて貸し切りにしてくれた。
【凶暴化】の反動はビソーから盗んだ【回復魔法】で治し、俺も祝勝会にちゃんと参加している。
「それじゃローブ、乾杯しよ……?」
「あ、ああ……分かった」
俺はメシアに促され、酒の入ったグラスを目線の高さまで掲げる。
祝勝会の参加者の皆も同じようにグラスやジョッキを掲げて、俺の言葉を待っていた。
折角集まってくれたんだから、何か挨拶しないと。
弱ったな……俺はこういう挨拶苦手なんだけど、まあ頑張るしかないか。
「えっとそれじゃあ、本日は――」
「はい、かんぱーい……!」
「「「カンパーイッ!」」」
「ちょっと、メシア!?」
頑張って挨拶をしようとしたら、メシアがあっさりと乾杯の合図を出してしまう。
そのまま祝勝会が始まり、俺は拍子抜けしつつも心の中で安堵していた。
こういう事が苦手な俺の為に、メシアがわざとやってくれたんだろう。
「ローブ、お疲れ……体はもう大丈夫?」
「ああ、メシア。もう大丈夫だ、心配してくれてありがとう。それと……【凶暴化】使ってごめん」
「うん……謝ってくれたから、許してあげる……ワタシは、だけどね……?」
「分かってる、シーリアス王女にもちゃんと謝るさ」
俺はそう言って、酒場の中を見渡した。
だが参加者の中に、シーリアス王女の姿は見えない。
オネスト国王にマーシー王妃、カレッジ王子や他のご兄弟、アムルンさんとウェイトレス。
もう一度探してみても、やはりシーリアス王女の姿は無かった。
「ねえ、ローブ……少し、外に出てみて……?」
「何で……いや、分かった、行ってくるよ」
「うん……!」
俺はメシアから離れ、グラスを持ったままゆっくりと酒場から出る。
空は既に真っ暗で、満点の星が輝いていた。
酒場の周囲を見渡すと、鎧ではなく赤いカクテルドレスに身を包んだシーリアス王女がゆっくりとこちらに向かってきているのが見える。
「ローブ殿、迎えに来てくれたのか……感謝する」
「いえ、その……ドレス、凄い似合っていますね。上手く言葉に出来なくて申し訳ないんですけど、とっても綺麗です」
「フフッ、そう言ってもらわねば困る。君に褒めてもらう為だけに、久しぶりにドレスを着て化粧をしたんだから……」
「そ、そうなんですか。嬉しいです……!」
シーリアス王女が俺にの為にわざわざ……そう意識すると、凄い恥ずかしくなってきた。
頬を掻きながら視線を逸らしてしまい……俺とシーリアス王女は、少しだけ黙ってしまう。
無言は気まずい……とにかく、シーリアス王女に迷惑をかけてしまった事について謝らないと。
「ローブ殿、勝負に乱入してすまなかった……」
「えっ、ああ……謝らなきゃいけないのは、俺の方です。止めに入ってくださったシーリアス王女を、俺は……」
「あれは君の意志じゃない、【凶暴化】の引き起こす破壊衝動が原因なのだ。それに君はちゃんと抑え込んでいる」
「でも、俺1人じゃ無理でした。シーリアス王女が俺を止めてくれて、メシアが殴ってくれなきゃ俺は……!」
きっと、シーリアス王女を……殺していた。
【凶暴化】による破壊衝動を言い訳にしてはいけない。
だって【凶暴化】を使わなくたって、ソルマ達を倒す事は出来たんだから。
自分のやった事に俯いて悔やむ俺を、シーリアス王女は優しく抱き寄せる。
「良いのだ、ローブ殿。自分は気にしていない……!」
「シーリアス、王女……」
「君に救われたこの命、君に救われたこの体……自分は1つ残らず、君に捧げたいんだ。だから、気にしなくて良い」
頬を赤く染めて、優しい微笑みを向けてくるシーリアス王女。
その妖艶な表情に、俺は目を奪われていた。
シーリアス王女は目を閉じて、そのまま顔をゆっくりと近付けてきて……
「はい、今日はここまで……!」
俺とシーリアス王女の唇が触れそうになった瞬間、背後からメシアの声が聞こえた。
シーリアス王女は大慌てで俺を突き放し、焦った表情で俺の背後を見る。
声は出ないけど、驚いた……心臓に悪い。
「あ、あのメシア殿! これは決して抜け駆けしようとしたとかではなく! そのっ、ローブ殿が落ち込んでいたので、励まそうとしてだな!?」
「大丈夫、怒ってないよ……ただ……」
「ただ?」
聞き返した俺に、メシアは背後を見るように手で促した。
そこには隠れているようで隠れきれてない、祝勝会の参加者が俺達の事を覗いている。
確かにこれは……途中で止められても仕方ないな。
「マーシー、見たか? あのシーリアスが恋に対して、積極的になっている!」
「ええ、見ましたとも。お外でキスしようとするなんて、シーリアスったら大胆なのですから」
「最初にパトリオット家の血を繋ぐのは、案外シーリアスかもしません。ねえ、父上?」
「う、うわぁぁぁぁああああっ!」
家族からの言葉で恥ずかしさが限界に達したらしく、シーリアス王女は頭を掻きむしる。
そんなシーリアス王女を見て、メシアは俺の隣で優しく微笑んでいた。
「ローブ……」
「何だよ?」
「お疲れ様……ここからゆっくり、前に進もうね……?」
「……ああ、そうするよ」
今までの俺は、強くなる事に急ぎ過ぎていた気がする。
でも、もう焦る事は無いんだ。
今日からはゆっくり、メシアと2人で冒険者として頑張っていこう。
俺はそう、心に誓ったのだった。
これにて、第一章完結って感じです!




