一命を取り留めた女騎士と盗賊
崖を落下しながら、俺はシーリアス王女を抱える左腕にしっかりと力を込める。
遠退いていく空から、近くの壁に目を移して右腕を伸ばした。
「ローブ、貴様どうやってデーモンから自分をっ!? それに何をしようとしているのだっ!?」
「黙ってないと舌噛むぞっ! 生き残りたいなら、黙っててくれっ!」
「ぬぐぅ……!」
「【爪技】獣王爪斬っ!」
俺の右腕の延長線上に、巨大な獣の腕を出現させた。
その鋭い爪を壁へと振り下ろし、落下する速度を軽減させる。
4本の線を描きながら、何とか勢いを弱めていたのだが……
「うっ、ぐぅ……っ!」
「ローブ!? 貴様、右手の爪がっ!」
シーリアス王女の指摘した通り、俺の右手の爪が割れて血が流れ出していた。
獣王爪斬を素手で使うと、獣の爪に受けている衝撃が俺の爪に返ってきてしまう。
指先に激痛が走り続けるが、俺はそれでも獣の腕を壁に押し付け続けた。
「絶対にっ……離さないっ……っ!」
歯を食い縛って痛みを堪え、獣王爪斬を維持し続ける。
だが獣の爪が根元から折れ、俺達は再び空中へと投げ出されてしまった。
足から落ちるのだけは避ける、その上で一番生き残る確率が高いのは……俺の能力値を信じて、これしかない!
「なっ、貴様どさくさに紛れて自分を抱きしめるとはっ!?」
「じゃあ、このまま離して自力で着地するのかっ!?」
「ええいっ、クソッ!」
シーリアス王女の頭を俺の胸に押し付けるように抱きかかえ、背中から落ちるように首を曲げる。
そのまま加速しながら落下したのは、地面ではなく水の中だった。
深さがあるのか体はかなり沈み込み、今度はゆっくりと横に流されていく。
どうやら深い川に落下したらしい、おかげで何とか動けそうだ。
「…………?」
抱きかかえていたシーリアス王女が動かない、着水の衝撃で気絶でもしてしまったのだろう。
となると、急いで川から上がらなければならない。
シーリアス王女を左腕に抱え、流れに従いながらゆっくりと水面を目指す。
「……ブハァッ!」
水面に辿り着いた俺は大きく息を吸い直し、続いてシーリアス王女の顔も水中から出す。
後は岸に近付いて、シーリアス王女を横にさせてあげられるような安全な場所の確保だ。
ゆっくりと岸に向かって泳ごうとした瞬間、俺の足に何かが絡みついて水中に引きずり込まれる。
「っ!?」
俺の足やシーリアス王女の足に絡みついていたのは、緑色の触手……辿ってみると、水底に触手の塊のような物が生えていた。
この触手は確かリバーアネモーネ、毒の触手を持つイソギンチャクの魔物!
とは言え毒自体は体を痺れさせる弱い物、それに俺は熟練度が最大の【状態異常耐性】がある。
問題は……水中の中じゃ派生技の宣言が出来ないから、スキルを使えないって事だ。
「…………ッ!」
懐からノーフォームと剣メダルを取り出し、剣メダルを嵌めて漆黒の片手剣に変形させた。
俺とシーリアス王女の足に絡みついた触手を纏めて斬り落とし、リバーアネモーネを睨みながらゆっくりと水面に浮上していく。
俺1人ならこのまま潜ってリバーアネモーネを倒しても良いのだが、シーリアス王女への負担が怖い。
幸いリバーアネモーネは触手を斬り落としたおかげで、残った触手を揺らめかせて様子を見ていた。
「……ッハァ! 【索敵】範囲最大……良し、取り敢えず呼吸を整えるか……」
リバーアネモーネを睨みつけながら再び顔を出し、岸から急いで上がる。
直ぐに周囲を【索敵】で確認し、少しだけ深く呼吸をした。
そしてシーリアス王女が呼吸している事を確認し、ゆっくりと背中に背負う。
川の近くでシーリアス王女が目覚めるのを待っても良いけど、雨や風が防げる洞穴があればそっちの方が良い。
見つからなければノーフォームを鉤爪にして、【爪技】で壁に掘る手段もある。
「おっ、丁度良い所に良い感じの洞穴があるな! うん……狭くない、かと言って広くもない。2人で体を休めるには充分の大きさだ」
少し歩いた先に、一晩過ごすのに適してそうな洞穴を見つける。
川が近いから飲み水や魚の確保は簡単だし、少し先に森があるから焚き火に使う枝を集められる筈だ。
シーリアス王女を洞穴の中にゆっくりと横にし、濡れた髪の毛が目につく
「体だけでも乾かしておかないとな。ノーフォームを杖に変化させて……」
片手剣のノーフォームから剣メダルを取り外し、杖のメダルを取り出して嵌めこむ。
ノーフォームは直ぐに蠢き、メシアの世界樹の杖を真っ黒にした形になった。
ゴーレムファクトリーで盗んでいた【炎魔法】、全然熟練度を上げていないけど小さな炎くらいは出せる。
「【炎魔法】プチファイア」
派生技の名前を宣言すると、ノーフォームの先から小さな炎が出る。
攻撃には全く使えない小さな炎だけど、濡れた体をゆっくりと温めてくれた。
炎を維持する程魔力を消費してしまうけど、俺の能力値ならいつまでも灯す事が出来る。
「…………うん、これで風邪を引くって事は無いか。後は申し訳ないけど、少しだけ鎧の紐を緩めて……」
気絶している女性に何かするのは後ろめたいけど、鎧のまま横になるのは苦しいかもしれないしな。
少しだけ鎧の紐を緩めて、ダンジョンマスターの革製マントを毛布代わりにかけておく。
薄いマントだけど、無いよりはマシな筈だ。
「シーリアス王女、メシアを助けてくれた恩を絶対に返しますから。それじゃあ少しだけ、待っていてください」
俺は小さく決意を言葉にして、洞穴を後にした。




