第97話:最高額兄さん
突然響いた第三者の声。
菜那ちゃんが肩を跳ねさせ、瞠目していた。俺も同じような顔をしてるだろう。慌てて周囲を見回すが、誰も居ない。
クロノス……か? 声は女性のそれだったが。あの仮面の下は……いや、影女も女性だった。人の姿に似ていて、声もそうだからといって……というかあの声、どこか聞き覚えが……いや、落ち着け。今はヤツの正体の考察をする時じゃない。
なおもグルグルと周囲を見回す。だがやはり、姿は見えないし、声もあれっきり。
「兄さん……」
不安げな菜那ちゃんが寄り添ってくる。
「……呼んでみますか?」
それで姿を現されても、どう対処して良いか分からない。聞きたいことは山ほどあるけど、藪をつついて蛇を出す事態になったら、俺たちなんて瞬殺だ。
好奇心、猫を殺す、だな。
「やめとこう。命あっての物種だ」
「そう……ですね」
菜那ちゃんも(やや間があったが)納得してくれた。少し話題を変えよう。
「えっと……胸の印は本当に大丈夫?」
「え、は、はい。多分」
そっと、シャツのネック部分を持って、自分で中を覗き込む。
「あ……み、見たいですか?」
「い、いや。だ、大丈夫だから」
さっき前科を作ってしまっただけに、「そんなワケない」とキッパリ言いづらくもあり。
「……やっぱり、消えてます。4歳になった時も最初はあった気がするんですが、いつの間にか消えていて」
お風呂に入れた時には、既に無くなってたんだよね。つまり、入れ墨や焼印のような半永久的な物ではなく。さりとてアザとも違うし、ホログラムで投影してるでもなく。
やっぱ正体不明なんだけど……現状、害は無いようなので、放置以外に選択肢がないという。
「ダンジョン現象専門医みたいなのが居ればなあ」
まあそんな人が居れば、まず政府が放っておかないだろう。学術的観点からの協力要請(強制)って感じで。
……ないものねだりをしてても仕方ない。俺たちは残務の処理に当たる。
まずはフロア鑑定を改めて。
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<農園ダンジョン4階層>
残存モンスター
七色ゼミ:0体
???:0体
ビッグワーム:6体
残存宝箱:0個
残存素材:1個
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やっぱり七色ゼミも全滅させてたみたいだな。155体を倒したにしては、レベルアップが渋かったから、恐らく1体の経験値は極少ということだろう。まあ群れてナンボだもんな、ああいう系は。
「フロア鑑定はこんな感じなんですね」
菜那ちゃんが不思議そうに前方を見ている。俺と同じく、中空に画面が出てるんだろう。
「あ、残存素材がありますね」
「そうなんだよね」
しかし、素材と言われてもな。
俺たちはキョロキョロと周りを見渡す。と。焼け落ちた木々の合間にキラリと光る何かが見えた。指さすと、菜那ちゃんも確認できたようだ。
「あれは……糸……ですか?」
「ぽいね。行ってみよう」
足元に転がる木々に気を付けながら、慎重に近づく。間近で見ると、確かに糸だった。ただ材質がちょっと普通と違う感じ。鋼糸ってヤツか。
拾ってみる。銀光りする糸の束が、謎のバンドで結束されていた。だから誰がやってんの、こういうの。まあ楽で良いんだけど。
「鑑定してみましょうか」
「そうだね」
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<ダンジョン鋼糸>
ダンジョン鋼が加工を経て、糸状になったもの。ただ人工では難しく、天然モノを採る以外、現状は入手手段がない。布に織り混ぜて衣類を作れば高硬度の物が出来上がる。
武器としても使用可。かなりの練度が必要だが、使いこなせれば強力。
時価:880万円/500グラム
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ヤベェの来たな……今までの最高換金額は、特上薬草の700万円だったけど、それを大きく上回る模様だ。
菜那ちゃんも鑑定結果を見て、瞬きを忘れていた。だが、すぐに。
「売るより、装備に使うべき……ですよね」
冷静な状況判断を告げてくる。
「そうだね。いずれ防具も整えようと言ってたからね」
大宮か高崎辺りのショップに行こう、と。ただ、この鋼糸の値段を見ると……行ったところで無駄足になってただろうね。とてもじゃないけど、買えない。そう考えると、超ラッキーということになるが。
「けど、結局……作ってもらう工賃は要るだろうね」
まあ素材持ち込みだから、800万円超ってことにはならないから、やっぱり儲けモンなのは間違いないけどね。
「うーん。農園で作れませんかね?」
「どうだろう」
銃も木に実ったしなあ。可能性としては全然ある。
「取り敢えず、ワーム……倒すか」
「功労者というか……利用するだけ利用してって感じがして、良心が痛みますけど」
菜那ちゃんの言うことも分かるけど、置いておくのもな。あるいは放置して、次に入った時どうなってるか検証するのも手か。いや、このワケ分からんダンジョンに置いておいて、変な進化を遂げられたりしたら目も当てられん。それで通れなくなったりしたら、もうアホとしか言いようがないし。
というワケで、サクッと倒させてもらった。菜那ちゃんがライトで追い込んで、俺がバットで粉砕。比喩でも何でもなく、ダンジョン鋼の金属バットは粉砕級の威力だった。クラブだと少々苦労した相手だったが、本当に軽く振っただけで一撃死という。やっぱ時代はダンジョン鋼だな。
俺たちはそのまま、他のドロップも回収。転移の魔石、モグラの皮、料理本、虫の羽。新規入手のアイテムは鑑定にかける。
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<モグラの皮>
文字通り、モグラのモンスターから獲れる体皮。かなり頑丈で、魔法耐性もあるため、装備品に転用するのが一般的。
時価:80000円/100グラム
<料理の本>
ダンジョン食材を使った料理のレシピがいくつも載っている。不思議な魔法がかかっており、これを読んだ後、そのレシピ通りに作れば、何故か非常に美味な仕上がりとなる。
時価:???/1冊
<虫の羽>
虫系のモンスターから獲れる、比較的レア度の低い素材。ただ汎用性は高いため、加工や合成などのスキルがあれば、面白いアイテムが作れる可能性も。
時価:1000円/1枚
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