第92話:ドーピング兄さん
スズランの種を植えた場所まで行く。長袖シャツを捲り、自分でパッチを貼ろうとしたところ、
「私がやります」
菜那ちゃんがシールを剥がして、腕に貼り付けてくれる。というか、完全に湿布みたいな作りだな。軽くペチペチと二の腕を叩かれて、完了。こういうの貼った後、叩きたくなる現象って名前とかあるのかな。
「ありがとう。じゃあ……やるよ」
目を閉じて集中。と、そこで。パッチから腕を通って指先へ何かが流れ込んだような感覚があって……発動。
変化は目覚ましいものだった。
ニョキッと小さな若葉が生え、それがみるみる伸びていく。植物の成長を早送りした映像を見たことがあるが、まさしくアレだ。茎が伸びきり、葉が生え揃い、そして最後に茎の先端にツボミがなる。
「す、凄いな」
「ちょっと怖いですね」
なんて感想を言い合っているうちに……ツボミが開き、花まで咲ききってしまった。白く透き通るような花。鈴あるいはランプシェードのような独特の形状は、種の入っていたパッケージで見た写真とそっくりで。
「おお……けど、スカボロ剣の要素はどこ行った?」
言いながらしゃがみ込んで、花の周りを見やる。と、花弁の中に小さな剣の形をした、おしべだかめしべだか分からない細長い物が生えていた。これか?
うーん。取り敢えず鑑定してみるか。
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<スカボロスズラン>
スカボロの剣とスズランを掛け合わせることで出来る植物。花を振ると、中の剣同士が触れ合い、スカボロフェアーの物悲しい調べが流れる。それを聞くと、どんなに大声で猛っているモンスターでもしんみりしてしまい、沈静化する。枯れない限りは何度でも使用可。
成長速度:やや遅い
時価:7000円(3000群馬ドル)/1本
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これは……色んな有益情報が詰まってるな。
まず成長速度が「やや遅い」とされる植物でも、あのパッチを貼った上で成長促進のスキルを使えば、これほど一瞬で成長するという事実。
次に売値。群馬ドルの表記があるということは、このアイテムはダンジョン本舗も買い取ってくれるということじゃないのか。他にもこういうアイテムがあるのなら、ギルドには出せない物でもこちらで売ることが出来ることになる。これはデカイ。
最後にスカボロスズランの効果。これが本当なら、あの爆音ゼミたちも大人しくさせられるかも知れない。あの鳴き声さえなければ、ただのセミだろうからな。菜那ちゃんの炎で焼き尽くせるハズだ。
隣を見る。菜那ちゃんも鑑定を使っているのか、真剣な表情でアゴに手を当てて思案していた。多分、彼女も俺と同じ3点に着目してるだろうけど、
「……パッチの効果の凄まじさ。ギルドで売ったら怪しまれるアイテムの処理。爆音ゼミへの対抗策」
俺から口頭でも答え合わせをしておく。
「ですね。あとは、ギルドでの売値とダンジョン本舗での売値が違っているのも気になります」
「あー。確かに」
1群馬ドル=2円というレートであれば、3500群馬ドルでないと釣り合わない計算だ。けど表記は3000となってる。まあ時価とは書いてあるし、本舗の方では品余り状態なのかも知れないけど。
「手数料とかも考えられますね」
「うん。影女に来てもらう手間賃・サービス料が1000円(500群馬ドル)という線か」
まあボッタクリではないよね。日本でもデリバリーしてもらうと高くなるのは当然だし。
「まあ次に呼んだ時に質問してみようか」
「そうですね。取り敢えず今は……」
菜那ちゃんがスズランを見下ろす。
時刻はまだ午後の2時過ぎ。体力的にも、午前中に銃の試し撃ちをしただけなので、十分に余裕はある。そして明日は菜那ちゃんの時間異常の日だから……行くべきだろうな。
「作戦会議だね」
「はい」
菜那ちゃんも行く気満々のようだ。
「まず何より。このスズランのスカボロフェア―が効くかどうか……」
話し始めたその時、俺の腕からパッチが剥がれ落ちる。役目を終えたということか。もう一度、貼り直してもくっつかない。
「これは、スキル1回分ということでしょうね」
「となると、尚更このスカボロスズランが効いてくれないとな」
1枚あたり1万グンマなワケだし、無駄遣いにはしたくない。これが爆音ゼミに効果があることを祈ろう。
「スズランは空きの鉢に植えて持って行きましょうか」
「そうだね。苗木を買って移した後のカラがあるから」
栃の木とナッツの木。どちらも鉢から農園の土に植え替えたからね。
そこらに転がっていたのを持ってきて、苗木の時とは真逆、土から鉢へ植え替える。その際に、少し花を揺らしてしまったんだけど、音が鳴ることはなかった。
「もう少し強く振らないとダメでしょうかね」
「一回、試しておこうか」
実際にどれくらいの強度で振ったら、どれくらいの時間スカボロフェア―が流れるのか。
俺は鉢を持って、ガクガクと揺さぶった。そこそこ強く。けどまだ音は出ない。最終的にはカクテル作る時のバーテンダーみたいになって、ようやく……
――ポロン♪
弦楽器の音だろうか。それを合図に、後は勝手に調べが流れ始める。
――♪~♪~♪
物悲しいメロディー。気分が少し沈んでくる。項垂れ、指を組んだ。隣の菜那ちゃんも俯き加減だ。
――♪~♪~♪
「母さん、花好きだったよね……」
「はい……」
「まだまだ、やりたいこと……あっただろうね」
「はい。父さんも……」
2人とも享年は44歳だった。
「……俺があの時……」
「兄さん……」
菜那ちゃんの泣きそうな顔から逃げるように、再び俯いた。
と、そこで。音楽が止まる。
「……」
「……」
これは。
「凄いな。完全にしんみりしてしまってた」
「はい。なんか気分が下がるというより、心の弱い部分を見つめ直したくなるような」
「分かる」
上手く言語化しきれないけど、菜那ちゃんの言ったのが一番近いかも。
「あー……俺たちは耳栓して行った方が良いな」
「ですね」
こっちまで食らってしまったら、セミを無力化できても、攻撃する気力が湧かない可能性大だ。
ということで、セミたちにはスカボロスズランと耳栓のコンボで挑むこととなった。




