第91話:試打兄さん
金を払って(というかまたポルターガイストしてもらって)、パッチの5枚セットを受け取る。
「バットはよろしいので?」
「うーん」
欲しいのは欲しい。当然だ。打撃武器の新調なんて、惹かれないワケもない。値段も、人間界のダンジョン鋼製品と比べたら格段に安いしね。恐らくだけど、モンスターたちはダンジョン鋼の安定採取場所(鉱山とかか)を知ってるんだろうな。
「……100万群馬ドルのうち、70万群馬ドルがなあ」
貧乏性だけど、貯金が減りすぎるのは不安になる。宝箱からまた100万近い群馬ドルを得られるなんて幸運が起きるかどうか。
「群馬ドルって、どこで手に入るんですか?」
と。ちょうど菜那ちゃんも同じような懸念に行き当たったらしく、影女に訊ねた。
「そうですね。モンスターを倒したり、宝箱の中に入っていたり。あとは私に言ってくだされば、円とトレードして差し上げることも。ひひひ」
なるほど。滅多に手に入らないってモンでもないのか。最悪は円から換えることも出来ると。なら、
「1本、買いましょうか」
菜那ちゃんも、そっちに傾いてる感じだ。
「ちなみに性能的には?」
「そうですね。お客さんがお持ちの、変哲のないゴルフクラブを10としたら……70~80ってところでしょうかね」
およそ7~8倍の品質(影女調べ)か。
「すぐ戻って来ていただけるなら、少し素振りしても良いですよ? きひ」
「え。本当に? 万引き疑いとかで、罠にハメたりしない?」
なにせレベル600だからな。言いがかりつけられても、切り抜ける術がない。
……冷静に考えれば、そもそも今の状況が既にヤベえのか。最後まで影女が理性的で善良であると信じるしかないという。
俺はお言葉に甘えて、バットを持ったまま外に出る。そして横に振ってみる。羽毛みたいに軽かった。こんな軽いんじゃ、威力なんて期待できないのでは。そんな疑惑が生じたが、
「そこらに転がってるおじもちを殴ってみて下さい。ひひ」
俺の後をついて外に出てきた影女が、そんな提案をしてくる。あ、普通に店から出てこれるんだ。彼女の後ろからついて出て来た菜那ちゃんも驚き顔だ。
「けど……おじもちにへばりついたら……」
弁償で買い取りさせられるパティーンじゃないの。俺の疑わしげな視線を受けて、影女は口端を歪める。
「恐らく、くっつくことはないでしょう。もしそうなっても剥離の費用はこちらでお持ちすると約束いたしましょう。ひひ、ひっひひ」
「そこまで言うなら。試してみようかな」
農園を少し歩き、第一おじもち発見。もう一度、影女の方を振り返るとコクンと頷かれた。
ゴルフスイングの要領で、おじもちを殻の上から打つ。打撃面にくっつく感触もなく、ふっ飛んでいった。おじもちはその途中で空中分解したらしく、殻の破片が四散。インパクトで殻が割れるより先に、前方へ飛ぶエネルギーの方が作用したって感じ。5番アイアンの重さだと、先に割れてしまって、ヘッドにくっつきそうなモンだが。このバットは本当に軽いから、こういう感じになるんだろう。
「……確かに凄い性能かも」
軽いだけじゃなく、ふっ飛んでいったおじもちも、かなりの距離が出てる。攻撃力も十分ということ。
「買い、だな」
「ありがとうございます。ひひひ、ふひ」
これだけ良い物なら、むしろ2人分揃えたいくらいだが、生憎そこまでの群馬ドルは持ち合わせていない。
まあ菜那ちゃんに持ってもらうのが良いかな。そうすれば、発展途上の魔法(遠距離攻撃)+強力な近距離武器となって、バランスが良い。俺の方はダンジョン銃(強力な遠距離武器)+しょぼいゴルフクラブの近距離攻撃という格好。
まあ銃と同じく完全固定する必要もないけどね。
店に戻る。例のポルターガイストで70万群馬ドル(140万円)を支払い、バットを受け取った。菜那ちゃんに渡そうと振り向くと……アレ? いない。どうやら店外にいるようだ。
「他には何かお買い上げですか?」
「あ、え?」
影女に話しかけられ、首を正面に戻す。
「いや。取り敢えず、今日のところはこれで。また呼んだら来てくれるんだよね?」
「はい。他のお客様の対応をしていた場合は、少々お待ちいただきますが。必ず、伺います。必ず。ひひ、くひひひひ」
ちょっと不気味だけど、心強い。
俺は影女に礼を言って、店の戸に手を掛ける。開け放ち、何事もなく外へ出られた。少しホッとする。最後まで、彼女は良心的な店員だった。
「あ、終わりましたか」
菜那ちゃんがパッと顔を上げて、こちらに合流してくる。駄菓子屋風の店舗の外、アイスクリームを入れたケースを覗き込んでたみたいだ。
「なんか面白い商品があった?」
「いえ。棒型のシャーベットアイスが懐かしくて」
ああ、久しぶりにそんなアイスの存在を思い出したわ。俺の方も少し郷愁に浸りかけた……その一瞬で。
「あ」
転移魔法の類だろうか。来た時とは対照的に、なんの光もなく、パッと店舗が消えていた。最初から何も存在しなかったかのように。
「す、凄いですね。上位の転移魔法とかでしょうか」
「あ、ああ」
「なんせレベル600でしたからね。ただ良い人(?)で助かりましたね」
良心的だったし、知能も高かった。普通に人間と比べても遜色ないくらいに。ていうか、日本語を話すのは日本のダンジョンだからかな。となると、アメリカのダンジョンだと、英語喋るモンスターもいるのか? なんか想像すると……いや、やめとこう。
「……取り敢えず、スキル効果を増幅するパッチを使って、効果を検証してみようか」
菜那ちゃんも頷いて同意してくれた。
今現在、発芽待ちなのは、スズランとスカボロの剣のセットのみ。さっき植えた時、成長促進は使ったけど、改めて。
バットが素晴らしかっただけに、どうしても期待が高まるが……はてさて、どうなるかね。




