第88話:死蔵米兄さん
帰り道、少し足を延ばして『フォックスベアー』に立ち寄った。スズランの種を購入するためだ。ただ、ここも使い過ぎるとな。こんな頻度で植物を買うのも変に思われるだろうし。まあ今回は花だから「花壇も作りたくなったのかな」くらいに解釈してくれそうだが。
本当は通販を使うのがベストなんだろうけど、届くまでのラグが困る。菜那ちゃんの時間異常がない日にしか、本腰入れてのダンジョン攻略はできないというのに、それが荷物の到着待ちで潰れるのは痛すぎるんだよな。
まあとにもかくにも、店内に入り、花のコーナーへ。お客さんは俺たちを除いて、3人ほど。意外といるんだな。オワコンダンジョンにも少し分けてあげて欲しい。
「あ、いらっしゃいませ」
岡部さん(妹)が、俺たちを見つけてハツラツとした笑顔を浮かべる。
「今度は花も育てたくなりまして」
聞かれてもいないのに、咄嗟に口から言い訳が出るのは、やましい気持ちがあるからだなあ。もちろん岡部さん(妹)は気にした風もなく「そうなんですね~」と返すだけ。余計なことを言ったな、と微妙に後悔する。
「花の種は売れ線ですからね。レジ横に沢山置いてますよ」
岡部さん(兄)が、陳列棚にゴツイ掌を向ける。表面に花のプリントがされた種袋が何種類も。写真だけでも色鮮やかで、花畑のようだ。購買意欲を誘う陳列というヤツだな。地味な葉物野菜とかは下段に追いやられてる。しょうがないね。
「花の種類などは決めていますか?」
妹さんの方が訊ねてくる。
「一応。スズランを……」
「スズランでしたら、こちらですね」
パパッと袋を取って、見せてくる。流石。どこに何があるか覚えてるみたいだ。受け取って、パッケージを菜那ちゃんと2人で覗き込む。白い鈴の形をした花。小さなそれらが連なるように咲き誇る写真だった。
「可愛い」
菜那ちゃんの頬が綻ぶ。まあ確かに、女性人気の高そうなビジュアルではあるけど……俺たちは、あのショボい剣と交雑するために買いに来たんだよな。
俺は袋をそのまま、レジに置いた。
「ありがとうございます。300円になります」
財布から百円玉を3枚取り出したところで、ふとレジ横のチラシに目が行った。
「それ……」
デカデカと『清掃植物専門! Dクリーン!』と書かれた表面。思わず渋面を作ってしまう。隣の菜那ちゃんも嫌そうな顔をしていた。
「ああ、これね……営業の人が半ば強引に置いて行ったんですよね……」
お兄さんの方が、疲労の滲んだ声で教えてくれた。彼も良い印象は持っていないようだ。妹さんも眉間に皺を寄せながら、
「なんかホスト風の人と、疲れた顔のオジサンが急に来ましてね。これからの時代、売れ線はこれだから。金は払うから置かせてくれの一点張りで」
と、補足してくれた。特徴を聞く限り、あのジャスポで見た嫌なヤツと、安諸さんを想起させるが。
「そう……なんですね。植物繋がりで置いておきたかったんですかね……」
「さあ。私たちにも、向こうの事情までは」
肩をすくめたお兄さん。そこでこの話は終わりとなった。
買い物を終えて店を出る。車に乗り込んだところで、菜那ちゃんが、
「植物で思い出したんですけど……私たち、お米も持ってましたよね」
と、そんなことを言い出した。
「ん? 米」
「ほら。おデュラはんの」
「あ、ああ! そうだった。一旦置いておこうって言って、そのまま忘れてたか」
あの時は確か、3層攻略後、4層も見に行ってセミに返り討ちにされて。戻って来て交雑だけチェックしたので満足しちゃったんだな。やっぱタスクが重なりすぎると、こういうケアレスミスも増えるよな。もっと余裕を持てたら良いんだけど。
「戻ったら、まずそれからだね」
という話でまとまった。
車を走らせ帰宅。スズランの種とジョウロを持って、死にダンへ。農園を展開して下りた。置きっぱなしにしてた米俵と、ついでにダンジョン鋼も合わせて、改めて鑑定をかける。
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<ダンジョン鋼>
特定の敵がドロップする金属。非常に硬質で、武器や防具に加工するのに、うってつけである。ただ入手頻度が低いため、値もかなりする。
時価:66万円/1キロ
<ダンジョン米>
主に植物系のモンスターがドロップする。赤米に近く、やや苦味がある。他に有益な使い道も確立されておらず、現状はダンジョンで採れる不味い米、という評価。
時価:180円/1キロ
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という感じらしい。
「慌てて調べるほどの物ではなかったですね」
「だねえ。やっぱりダンジョン鋼は貴重だったかって感じだけど、米の方は……」
売ってもショボいし、食っても微妙と言われたら。これはもう。扱いに困るな。
「……取り敢えず保留で」
ちなみに念のため、交雑表を開いて探してみたが、ダンジョン米を要求されているページは見当たらず。いよいよ、塩漬けが濃厚か。
まあ、おじもちの例もあるし、今は使い道が思いつかなくても、後々で化ける可能性もある。と、ポジティブに思っておこう。
それから俺たちは地面に穴を掘り、スズランの種と、スカボロの剣を一緒に埋めて、水を撒いておいた。更に成長促進のスキルも使って、これにて完了だ。
「さて。じゃあ、いよいよダンジョン本舗だね」
「はい」
恐らくは『群馬ドル』獲得後、次のレベルアップで覚えるようフラグ管理されていたのだろう、呼び出しスキル。
妹に目で合図をして、一度大きく深呼吸を挟んで……発動させる。
途端。カッと眩しい光。何かの攻撃かと思い、咄嗟に隣の菜那ちゃんを抱き寄せ、光から庇うようにした。
だがすぐに光は収まった。その後には……建物。木造、瓦屋根の平屋があった。転移の魔法か。
「これは……店、か」
目を凝らすと、ガラス窓のついた引き戸の向こうに屋内が見えるが……駄菓子屋のような趣だ。細い通路を取り囲むように、雑多な商品が並んだ陳列台。子供の背に合わせたように、低い位置にある。隅には壁棚もあるが、やはり下段しか使われていない様子だ。
ダンジョン本舗、というからには店なのは間違いないんだろうが、まさかの昭和レトロ感満載の佇まいとは。俺たち兄妹は、思わず固まってしまうのだった。




