第77話:憂慮にいに
結局、暮らしのフロアからは撤退して1階に戻った。そして靴ではなくクレープを買ってあげることに。菜那ちゃんもクレープのことは(自分で言い出したのに)すっかり忘れてたみたいで、言われて「そうだった!」とピョンピョン跳ねた。
王道のチョコバナナを頼み、菜那ちゃんが食べきれなかった分を美味しく頂いた。腹が膨れると、菜那ちゃんは目をシパシパしはじめた。朝、予想した通り、そろそろお昼寝の時間か。
「帰ろうか、菜那ちゃん」
「うん」
珍しく素直だ。クレープで少し持ち直したけど、やっぱりさっきの嫌な光景が尾を引いているのか。或いは眠気が限界なのか。
車に乗って発進すると、すぐに菜那ちゃんは穏やかな寝息を立て始めた。この眠ってる間に、高崎まで魔石を買いに行くのはどうだろう。たぶん1時間強で着くと思うけど……
「やめとこうか。今日はダンジョンの気分じゃない」
俺も人のことは言えないな。
……安諸さんのあんな姿は見たくなかったし、端的に言ってショックだった。
今日くらい休んでもバチは当たらんだろう。
「……ん~、おくつ」
後部座席の寝言に思わず噴き出す。やっぱり買ってあげたら良かったか。
少しだけ軽くなった気持ちのまま駐車場を左折で出た。
「しかし、清掃植物は10万か」
もちろん良いお値段ではあるが、逆に言うと良いお値段を出せば、一般家庭でも買えるということ。思ったより普及は早いみたいだな、これは。ムカつくから、関連情報はほとんど入れてなかった(ダンジョン関連の調べ物が忙しすぎたのもある)が、もうそこまで社会に浸透しているのか。
「じゃあもう、清掃関連の企業倒産は歯止めが掛からないな」
本当に、菜那ちゃんが社会に出る頃、地上に仕事は残ってるんだろうか。地下(つまりダンジョン)に潜るしか生きる術はない、なんてことも有り得るんだろうか。だったら、ある意味、今やっているのは予行演習的な。アドバンテージになるのでは。予備校に通わせるより、ダンジョンに慣れさせる方が将来の役に立つ。そんな未来が来るとしたら……
「フツーに地獄だよな」
人類がここまで培ってきた社会秩序への挑戦、とすら思う。暴力が最も物を言うとなれば、もはや原始社会に逆戻りするかのようだ。
女の子は特に苦しい。上手いことセレブレイトを受けられて、優秀なスキルを授かれば御の字だが、それに漏れてしまうと。下世話なことは言いたくないが、性産業くらいしか……
思わずミラー越しに菜那ちゃんの寝顔を見てしまう。言いようのない怒りが湧いた。俺の目が黒いうちは、絶対にそんな状況にはさせない。
「……その場凌ぎ、だけじゃダメかもな」
菜那ちゃんは幸いにも33・4%を勝ち抜き、魔法という膂力の必要ない攻撃手段も持ってはいるが。元来、生き物を傷つけて平気なタイプというワケでもない。
この子が働かないでも暮らせるくらい稼ぎたい。特上薬草の時に、そういう一攫千金を夢見た。だがいくらなんでも、都合が良すぎると思い直し、一般職を探そうと決めた。
けど。俺が思っていた以上に、猶予ってないのかも知れない。1億総探索者の世紀末みたいな社会の到来まで。今回の清掃植物の発見から一般への普及の速さを見てしまうと、どうしてもそう思えて仕方ない。将来への不安が鉛のように心を重くする。
「ふう」
家の最寄りのスーパーまで戻ってきた。菜那ちゃんも車が止まった気配に目を覚ます。
「おうち?」
「ううん。スーパー。夜ごはん、買って帰ろうと思って。カレーにしようかな」
「カレー!? ななちゃん、カレーすき!」
その無邪気さに、俺も苦笑交じりだけど頬を緩めた。
凡カレーを2パック買って、スーパーを後にする。2人分だと作るより、レトルトの方が間違いなく安いもんな。
家に帰ると14時過ぎだった。PCで映画レンタルをして、菜那ちゃんに見せてやる。靴代も節約できたし、これくらいはね。ちなみに今日のお目当だった靴のタイアップデザインになっている魔法少女アニメの劇場版だったりする。
これで2時間弱、フリーになれる。俺はこの時間を利用して、銃の使い方やオワコンの4層、高崎ダンジョン及び併設ギルドの治安、高崎の専門店、大宮の専門店などを調べたおした。もっと早くしたかった調べ物だったが、ようやく叶った。
まずダンジョン産の銃は、魔素を弾に変えて撃つタイプと、実弾を撃つタイプがあるらしい。俺は今のところ魔法が使えないから、交雑で出来るのが後者であることを願った方が良さそうだ。
続いてオワコンの4層に居るのは、スカルソルジャーというモンスターだそうだ。骨の剣士で、中々の強敵らしい。ちなみにドロップ的には大ハズレの部類らしく、ボロボロの屑鉄みたいな剣(売値も渋い)しか落とさないとか。
オワコン、ちょっとずつ他のダンジョンより割が悪いんだよな。ここら辺も過疎る理由か。
あとは高崎のギルドだけど、ここも匿名掲示板を見る感じ、なんとも言えない。伊勢崎よりはマシという声もあるけど、ドロップを盗まれたと一生キレてる書き込みもある。
探索者専門店については、高崎も大宮も置いてる物に大差はないらしいけど。その二択なら高崎を勧める人の方が多いようだった。なんでも専属の職人がいるとかで、ダンジョン鋼を加工して武器や防具を作ってくれるという。なんと300万円から請け負ってくれるそう。うん……そんな金ないから、大宮も高崎も俺からすると変わらんな。
と。そこで時間切れのようで、
「にいに。おわった」
お姫様からのお呼びが掛かった。




