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崖っぷち兄妹のダンジョン攻略記  作者: 生姜寧也
3章:兄妹激闘編

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第69話:スナイプ兄さん

 それから少し経って。

 まあこれしかないか、という作戦を立案したんだけど……案の定、菜那ちゃんは渋い顔をしていた。


「仕方ないよ。俺たちのパーティーはキミさえ死ななければ、リカバリー可能なんだから」


 それが仮に俺の死であっても、だ。時間遡行。反作用はキツいけど、それでも世界の理を曲げるほどの異能。彼女が残っていれば、俺が死ぬ前の時間軸に戻してもらえる。なら、採るべき作戦は必然的に、


「兄さんだけ先に行かせて、私は安全を確保しつつ後方からなんて……」


 そういうものになる。菜那ちゃんの心情的に非常に受け入れがたいのは分かる。俺が逆の立場でも同じく承服しかねただろう。けど、それでも、だ。


「……菜那ちゃん」


「分かってます。これが一番、結果として2人の生存確率が上がる作戦だということは」


「うん」


 頭で分かっていても、心が納得するかは別で。


「まあ……俺が一度も死なないように、注意喚起を頑張ってもらって」


 菜那ちゃんは少し離れてついてくるワケだから、俺の死角を補う、遠望の俯瞰視点を持てるだろう。


「…………分かりました。この作戦でいきましょう」


 心底からの納得ではないだろうけど、受け入れてくれた。俺は小さく安堵の息を吐く。と、菜那ちゃんがこちらに一歩進み出てくる。


「えっと?」


「エンジェルラックのレベルが上がったので、その」


「ああ、そうか」


 より強い幸運を分けてもらえるという事だ。思えば1敗した時は、事前にスキンシップを取ってなかった気がする。というか、シビアなことを言うなら、どこのダンジョンに潜るにも、やっておいた方が良いんだろうけど……


「兄さん」


 菜那ちゃんがそっと、俺の胸元にその身を預けてくる。頭が丁度俺のアゴの辺りに来て、シャンプーの芳香が鼻孔をくすぐった。

 体を寄せ合ったまま、2秒、3秒。じんわりと互いの体温が浸透し合っていくような。


「……」


 俺の胸板に額をつけていた菜那ちゃんが体を離す。中途半端な位置で固まっている俺の手を一瞥して、2歩、3歩と下がった。互いに抱擁まではいかない、この距離感。


「…………行きましょうか」


「……うん。ありがとう」


 頭を切り替えよう。ここからは修羅場だ。

 俺はおじもちシールド袋を左肩に掛け、右手でクラブのグリップを強く握った。












 3層のフィールドは荒野だった。黄土の地面がどこまでも続いている。乾燥した土は、踏めばジャリジャリと音を立てた。

 岩を見つけると、その岩陰に最後の1体となったワンダリング・ガンが潜んでいないかと警戒する。土嚢袋を顔に当て、その脇から覗くように前を窺う。そうして慎重に岩の全周をクリアリングする。こういう作業を何度か繰り返していた。


「ふう」


 そして今また1つ、岩の周囲に冷徹な殺し屋がいないことを確認した。

 汗がアゴを伝って、乾いた土の上に落ちる。僅かに緊張を緩めた。死んだ時の記憶は曖昧だけど、もし鮮明に覚えていたら、たぶん一歩も進めなくなるだろうから、これはこれで良いのかも知れない。


 菜那ちゃんは俺の10メートルほど後をついてきている。チラリと振り返り、確認すると小さく手を振ってくれた。俺も小さく振り返す。


「しかし」


 結構歩いた。クリアリングした岩も二桁が近づいている。なんだか不安になってきた。2層の扉から真っすぐ歩いて来たけど、もしかすると、その道順から外れた場所の岩陰に居るとか。そうなると虱潰しとなるワケだけど……


「いや、取り敢えず2層の扉から真っすぐ進んで、行けるところまで行くのが正解……のハズ。今までは全部そうだったし」


 迷いを振り切り、岩陰から出て、一歩踏み出した時だった。


「!?」


 数メートル先に金扉が現れた。唐突に、一瞬で。そしてそのドア枠には……


「ワンダリング・ガン!」


 銃口がこっちを向いている。左手で握っている土嚢袋を引き上げ、自分の顔から腹にかけて覆う。視界が一瞬で袋に塞がれた。


 ――パーン!


 乾いた音が辺りに響き、腕に衝撃。土嚢袋に銃弾が当たったらしい。袋を支えていた肘の側面に、ガツンと響いた。ただ痛みは走ってこない。貫通はしなかったということ。鼻腔にこびりつくような濃厚な加齢臭(袋の中で殻が割れたんだろう)が漂ってはいるが。


 大丈夫。体勢を立て直そうとした時、


「うお!」


 踏ん張ったつもりが、乾燥した土の上を靴底が滑る。バランスを崩し、尻餅をついてしまった。なんというアンラック。と思った瞬間、


 ――ブオン!


 俺の頭上を何かが通り過ぎるような音がした。土嚢袋を慌ててズラし、視界を確保すると、目に飛び込んできたのは。


「甲冑!?」


 鈍い銀色の甲冑の後ろ姿。鈍い光沢を放っている。甲冑はガチャガチャと無骨な音を立て、2歩、3歩と前方にたたらを踏んでいた。どうやら握り込んだ拳で俺に横合いから殴りかかったらしい。だが俺がスリップ転倒したため、拳は空を切った。その勢いを殺しきれず、オーバーラン。こちらに背を向けるような格好になっているということか。


「兄さん!」


 菜那ちゃんの悲鳴のような声。次いで、火球が飛んできて、甲冑にブチ当たる。火柱が立った。助かった、と息つく暇もなく。


「前! 銃弾2発目きます!」


 慌てて土嚢袋を掲げて、頭をガードする。


 ――パーン!


 二度目の発砲音。再び腕に衝撃。


「このおおおお!!」


 菜那ちゃんが裂帛の気合。土嚢袋をもう一度下げて視界を確保すると、大きな火球が飛んでいくのが見えた。金扉の方へ真っ直ぐ。


 扉枠にくっついていたワンダリング・ガンが直撃を受けて燃え上がる。銃身がボトリと地面に落ちるのが見えた。

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