第69話:スナイプ兄さん
それから少し経って。
まあこれしかないか、という作戦を立案したんだけど……案の定、菜那ちゃんは渋い顔をしていた。
「仕方ないよ。俺たちのパーティーはキミさえ死ななければ、リカバリー可能なんだから」
それが仮に俺の死であっても、だ。時間遡行。反作用はキツいけど、それでも世界の理を曲げるほどの異能。彼女が残っていれば、俺が死ぬ前の時間軸に戻してもらえる。なら、採るべき作戦は必然的に、
「兄さんだけ先に行かせて、私は安全を確保しつつ後方からなんて……」
そういうものになる。菜那ちゃんの心情的に非常に受け入れがたいのは分かる。俺が逆の立場でも同じく承服しかねただろう。けど、それでも、だ。
「……菜那ちゃん」
「分かってます。これが一番、結果として2人の生存確率が上がる作戦だということは」
「うん」
頭で分かっていても、心が納得するかは別で。
「まあ……俺が一度も死なないように、注意喚起を頑張ってもらって」
菜那ちゃんは少し離れてついてくるワケだから、俺の死角を補う、遠望の俯瞰視点を持てるだろう。
「…………分かりました。この作戦でいきましょう」
心底からの納得ではないだろうけど、受け入れてくれた。俺は小さく安堵の息を吐く。と、菜那ちゃんがこちらに一歩進み出てくる。
「えっと?」
「エンジェルラックのレベルが上がったので、その」
「ああ、そうか」
より強い幸運を分けてもらえるという事だ。思えば1敗した時は、事前にスキンシップを取ってなかった気がする。というか、シビアなことを言うなら、どこのダンジョンに潜るにも、やっておいた方が良いんだろうけど……
「兄さん」
菜那ちゃんがそっと、俺の胸元にその身を預けてくる。頭が丁度俺のアゴの辺りに来て、シャンプーの芳香が鼻孔をくすぐった。
体を寄せ合ったまま、2秒、3秒。じんわりと互いの体温が浸透し合っていくような。
「……」
俺の胸板に額をつけていた菜那ちゃんが体を離す。中途半端な位置で固まっている俺の手を一瞥して、2歩、3歩と下がった。互いに抱擁まではいかない、この距離感。
「…………行きましょうか」
「……うん。ありがとう」
頭を切り替えよう。ここからは修羅場だ。
俺はおじもちシールド袋を左肩に掛け、右手でクラブのグリップを強く握った。
3層のフィールドは荒野だった。黄土の地面がどこまでも続いている。乾燥した土は、踏めばジャリジャリと音を立てた。
岩を見つけると、その岩陰に最後の1体となったワンダリング・ガンが潜んでいないかと警戒する。土嚢袋を顔に当て、その脇から覗くように前を窺う。そうして慎重に岩の全周をクリアリングする。こういう作業を何度か繰り返していた。
「ふう」
そして今また1つ、岩の周囲に冷徹な殺し屋がいないことを確認した。
汗がアゴを伝って、乾いた土の上に落ちる。僅かに緊張を緩めた。死んだ時の記憶は曖昧だけど、もし鮮明に覚えていたら、たぶん一歩も進めなくなるだろうから、これはこれで良いのかも知れない。
菜那ちゃんは俺の10メートルほど後をついてきている。チラリと振り返り、確認すると小さく手を振ってくれた。俺も小さく振り返す。
「しかし」
結構歩いた。クリアリングした岩も二桁が近づいている。なんだか不安になってきた。2層の扉から真っすぐ歩いて来たけど、もしかすると、その道順から外れた場所の岩陰に居るとか。そうなると虱潰しとなるワケだけど……
「いや、取り敢えず2層の扉から真っすぐ進んで、行けるところまで行くのが正解……のハズ。今までは全部そうだったし」
迷いを振り切り、岩陰から出て、一歩踏み出した時だった。
「!?」
数メートル先に金扉が現れた。唐突に、一瞬で。そしてそのドア枠には……
「ワンダリング・ガン!」
銃口がこっちを向いている。左手で握っている土嚢袋を引き上げ、自分の顔から腹にかけて覆う。視界が一瞬で袋に塞がれた。
――パーン!
乾いた音が辺りに響き、腕に衝撃。土嚢袋に銃弾が当たったらしい。袋を支えていた肘の側面に、ガツンと響いた。ただ痛みは走ってこない。貫通はしなかったということ。鼻腔にこびりつくような濃厚な加齢臭(袋の中で殻が割れたんだろう)が漂ってはいるが。
大丈夫。体勢を立て直そうとした時、
「うお!」
踏ん張ったつもりが、乾燥した土の上を靴底が滑る。バランスを崩し、尻餅をついてしまった。なんというアンラック。と思った瞬間、
――ブオン!
俺の頭上を何かが通り過ぎるような音がした。土嚢袋を慌ててズラし、視界を確保すると、目に飛び込んできたのは。
「甲冑!?」
鈍い銀色の甲冑の後ろ姿。鈍い光沢を放っている。甲冑はガチャガチャと無骨な音を立て、2歩、3歩と前方にたたらを踏んでいた。どうやら握り込んだ拳で俺に横合いから殴りかかったらしい。だが俺がスリップ転倒したため、拳は空を切った。その勢いを殺しきれず、オーバーラン。こちらに背を向けるような格好になっているということか。
「兄さん!」
菜那ちゃんの悲鳴のような声。次いで、火球が飛んできて、甲冑にブチ当たる。火柱が立った。助かった、と息つく暇もなく。
「前! 銃弾2発目きます!」
慌てて土嚢袋を掲げて、頭をガードする。
――パーン!
二度目の発砲音。再び腕に衝撃。
「このおおおお!!」
菜那ちゃんが裂帛の気合。土嚢袋をもう一度下げて視界を確保すると、大きな火球が飛んでいくのが見えた。金扉の方へ真っ直ぐ。
扉枠にくっついていたワンダリング・ガンが直撃を受けて燃え上がる。銃身がボトリと地面に落ちるのが見えた。




