第65話:マージン兄さん
いわく、今日3層にもぐる探索者(つまり俺のことだけど)が居ると、ギルドから連絡があったため、彼女はやって来たそう。
「入れ食いワームを新鮮なまま欲しくて」
「ああ、なるほど」
生命力は高いと書いてあったと思うけど、まあそれにしたって新鮮に超したことはないか。
「土壌の改良とかに使うんですか?」
「はい。いつもは取り寄せてるんですが、釣り関連の需要と競合するので。どうしても後回しにされて……キャンセル待ちの間に、元気のない個体が出てきたり」
「釣り業界の方が強いんですね」
「ええ。消費量が違いますから」
まあ釣り餌にするなら基本は殺してしまうからな。けど土壌改良用に使うなら、そう簡単にミミズは死なない。むしろ本来の生活環境で活き活きとするくらいだろう。
ああ、そうか。じゃあ岡部さんのところは寿命で死んだ分を補充にきたという感じか。と思ったら。
「今度、土地を譲り受けることになりまして。そこで花や果実を育てる計画があるのですが」
「ああ、事業拡大のためでしたか」
たぶん、高齢が理由で廃業した農家さんの土地を安く買ったんだろうな。田舎は国に返納しようにも断られたりするからな。二束三文でも買ってくれる相手が居れば御の字だ。
「ええ。なので活きの良い子たちを、と」
ミミズを子と呼ぶのは愛があるなあ。
「しかし、失礼ですが……固定資産税や管理費も考えると、結構売り上げないと厳しそうな」
「ああ、それなんですけど。実は入れ食いワームの生態や、彼らが耕した土地で採れる作物の栄養価なんかを研究する大学のチームがありまして。そこと提携して、いくらか補助金を貰えていたり」
お、おお。なるほど。ダンジョン産アイテムの研究も、もちろん行われてるのは知ってたけど、こんなに身近なところにもあるんだな。改めて、ダンジョンという存在が我々の生活に浸透してきて、変化を与えてるんだと実感させられる。
「新田さ~ん、そろそろ計量しましょう」
佐藤さんがカウンターの奥から声をかけてくる。あ、ああ。そうだった。俺は番号札を発券、間髪入れずに呼ばれるので、1番窓口へ。
「袋から出しましょうか?」
「いえ、そのままで」
佐藤さんの硬い声からは揺るぎない意思が感じられた。苦手でいらっしゃる模様。ウチの妹なんかは普通に触れるけど、まあ個人差あるか。口には出さないだけで、こんな虫三昧の僻地への赴任は内心では嫌なのかも知れないな。
佐藤さんは袋の取っ手を、人差し指と親指で摘まむようにして持ち、カウンターの向こう、デスクの方へ。スケールに乗せて、グラム数を量ってる様子がこちらからも見える。待っている間、暇なので岡部さんに話を振った。
「鑑定っていうスキルで見たら、匹数での取引価格だった気がするんですが」
「あ、はい。まあ1匹ずつ数えるのも手間ですから、ギルドではそうやってるんじゃないかと」
ここのギルドだったら、キチンと数えても……まあ、佐藤さんの様子からして無理強いは出来ないけど。
「まあ大体で取引してますよ。どこの業者も」
「へえ。岡部さんのお店のフォックス……」
「ベアーです。私が狐顔で、兄が熊みたいなので、そのまま店名に」
あ、あの髭面の男性はお兄さんだったのか。
……に、似てねえ。
「フォックスベアーさん以外にも、業者の買取って来てるものなんですね」
「ええ。ギルドに認められた業者だけですけどね。信用が置けて、地域活性や学術研究などの公益に資するとか、そういう条件を満たしている」
「なるほど」
「そういう業者は優先的にギルドから買い付けられるんですよ」
ああ。結局、俺と岡部さんの個人取引じゃなくて1回ギルドの買取は挟まるのか。
と、そこで佐藤さんが戻って来て、
「ギルドも悪徳業者じゃないですからね? 市井での自由取引に任せると、本物の悪徳業者絡みの犯罪に巻き込まれたり、レアアイテムの強盗なんてケースもあるので、法律で縛って、ギルドでの買取のみを合法としているんです」
そんなことを早口で捲し立てる。そういや、講習の時も同じ口上を聞いた気が。
まあ建前ばかりでもないんだろうけど、実際は新種のヤベえアイテムが見つかった時に、闇取引で裏社会に流れてしまうのを阻止したいという意図も大いにありそうだ。
あと純粋にギルドの独占マージンが美味しいんだろうな。しかし独禁法とかどうなってんだ。何かすごく闇を感じます。
「……では査定の方ですが、こちらの金額となります」
8700円。控除があって8265円。いや、キツイな。ビッグワームの体当たりを受けたら、高確率でポーションが必要になる怪我を負うワケで。期待値とリスクが釣り合ってないよ。
なるほど、3層まで潜ってもこれじゃあ、オワコンダンジョンと言われるワケだ。伊勢崎は2層のキャタピラーを狩れば(炎魔法や遠距離武器が必要だが)ローリスクでこれより稼げる。
「いかがでしょう?」
「……はい、それでお願いします」
思えば、この買取査定価格もギルドの胸先三寸だよな。マジで大丈夫なんか、これ。一応は外部の監査機関が常に目を光らせてるとは聞いたことあるけど。
ていうか、いかがも何も。断っても他に売れないんじゃ、買い取ってもらう以外の選択肢なんて無くないか。
「それでは、いつものように指定口座にお振込みさせて頂きますね」
「……はい」
と、佐藤さんの後ろを堀川さんが通りすぎ、5番窓口へ。
「番号札3番でお待ちの岡部さ~ん」
「はい」
その2人の下へ、今しがた買い取ったばかりのワーム入りビニール袋を摘まんで持って行く佐藤さん。いや、待って。それはダメだよ。流石にダメだよ。
「そちらの入れ食いワームください」
「はい。11000円となりますが、よろしいですか?」
「は~い。クレジットで」
…………おかしい。こんなことは許されない。




