第60話:金縛り兄さん
金扉を今度こそ出口に設定して、大穴ダンジョンを脱した。両手に抱えた銃身4つ。合計600万円を超える貴重品ではあるけど、死にダンジョンの洞床に無造作に転がした。
「これをどうするかとかは、明日考えよう」
「はい」
疲労感が半端じゃない。正直、今この洞床に寝っ転がったら、そのまま寝れる自信がある。まあ、あとちょっとで布団に入れるんだから頑張るけどさ。
2人で階段を上り、我が家の庭が見えた時、急に胸の奥からグッとこみ上げるものがあった。なんでだっけ……あ、そうか。死にかけたんだよ。ていうか死んだんだよ。それを菜那ちゃんが巻き戻してくれて。そうじゃなきゃ、俺はもうこの家を見ることもなかったんだ。
「ああ……帰ってこれた」
ちょっと泣きそう。斜め上を見上げると、今にも降ってきそうな星空。これもまた目に馴染んだ景色で。ああ、マジで生きてる。額を撃ち抜かれた記憶はもう朧気になってるけど、それでも強烈なインパクトは脳のどこかにこびりついてるのかも知れない。やたら心動かされる。
「……ありがとう、菜那ちゃん。助けてくれて」
「いえ……」
心底からお礼を言ったんだけど、菜那ちゃんにはイマイチ響いた感じがない。それどころか、沈んだような空気さえある。
「私が焦って、疲労の溜まった兄さんに無理をさせたから」
「え?」
「散々、今日は帰るべきだと兄さんは促してくれてたのに」
唇がワナワナと震えている。目にも涙が溜まっていた。
「ごめんなさい。恐ろしい目に遭わせてしまって。ごめんなさい」
頭を下げてくる。
菜那ちゃんもまた、家の前まで戻ってきて、色々と気持ちや記憶を整理できたのかも知れない。その中で自身の勇み足を自覚し、悔いているようだ。
「……いや、気にしないでよ」
「しますよ!」
「うーん。でもさ、多分、あれは初見殺しって言うか、万全な時でも殺られてた可能性の方が高いよ」
扉の枠の上に張り付いていて、俺が枠内を覗き込むのを待ち構えていたんだろう。もう少し後ろから見れていたら違ったんだろうけど、あの近さだと扉の上枠は死角になってしまう。やっぱ遅かれ早かれ、1敗はしてたかと。
「でも……」
「それにさ。俺としては菜那ちゃんにばっかり反作用のリスクを背負わせてるのもあるからさ。ここはお互い様ってことにしないかい?」
「兄さん……」
ちょうど庭を歩き終え、玄関戸まで差し掛かった。白く光る蛍光灯の管に、小さな蛾がピンピンと頭突きを繰り返していた。
「あとまあ……そのうち忘れていくみたいだからね。トラウマとして残るとかはないと思う。あ、でもメモ帳には書き留めとかないとな」
正史として上書きされれば、辿らなかった方の記憶は消えていく。
「とにかく気にしすぎないで。俺はこうして生きてる」
力こぶを作ってみせるけど、黒のジャージの上からじゃ分かりづらかった。ただ菜那ちゃんが少し笑ってくれたので良しとする。
玄関を上がると、重たいリュックを下ろした。今日一日、かなりの時間を共にした相棒だけど、まあ肩に食い込んで痛い、痛い。長時間の探索でも疲れないカバンとかないもんかね。
「何か食べますか? 作りますよ」
菜那ちゃんは、やっぱりそうは言っても気にしてるみたいだな。まあ彼女の方も徐々に記憶は薄れていくだろうから、今だけだと思うけど。
「ううん。菜那ちゃんも疲れたでしょ? もうシャワー浴びて寝ちゃおう」
「そう……ですか」
まだ浮かない顔。俺は話を変えることにした。
「菜那ちゃんの方はさ、クロノスの祝福のLV2ってどんな感じなの?」
「え? どんなとは?」
「やっぱり時間異常の内容は、2日おきに4歳児に戻るので固定かな?」
「あ、ああ。そういうことですか……えっと。はい、そうですね。今回のは、それで固定みたいです」
俺はホッと胸を撫でおろす。これで正式に例の煙文字の内容の裏付けが出来た状態だ。結果論だが、無理をして3層まで冒険した甲斐はあった。
「次に繰り越した異常が、何になるかは分からないですけど」
流石に予告編まで見せてくれる大盤振る舞いはないか。クロノスめ、祝福と言うからには、もう少しサービス精神があっても罰は当たらねえぞ。
「何にせよ、後払いが溜まりすぎても良くないし、今後は使うことのないよう、慎重にいかないとね」
チートクラスのスキルだけど、反作用も厳ついから。
それから2人で交代でシャワーを浴びた。そして、汗を流して体も温まると、今度は強烈な眠気に襲われる。菜那ちゃんが用意してくれたホットミルクを飲むと、いよいよ限界。2階に上がり、布団に横たわると、すぐさま意識を手放した。
………………
…………
……
夜中。何かの気配で目が覚めた。ギシ、と廊下の床板が軋む音。俺は目を開けようとして、瞼が重たすぎることに気付いた。意識もまだ半覚醒で、本当に起きてるのか、夢を見てるだけなのか自信が無くなってくる。
『もうすぐ来るよ』
耳元で囁かれたようにも、遠くから言われたようにも聞こえる不思議な声。
「なにが?」
声を出したつもりだけど、もしかすると脳内で喋っただけかも知れない。
『アナタが起きる前に出ていくと思うから、少しの間、受け入れてあげて欲しい』
「だからなんの話なんだ?」
『死を乗り越え、アナタからも抱き締めてあげたこと。あれがきっと、彼女にとっては……いや、アナタにとっても』
ダンジョン内で抱き合ったことか。命を確かめ合うような緊急事態の。それが何だと言うんだ。
……ダメだ、眠すぎる。意識が飛ぶ。その瞬間、ギシとまた廊下の床板が鳴った。
「に、兄さん、起きてますか?」
今度は聞きなれた声。
「…………寝てる、よね?」
さっきの声の主はどこに……ダメだ。思考が霧散する。
右半身が突然さむい。布団をはがれた? なんで……
「……」
すぐに右がわのさむさが消えた。布団のあたたかさが戻ってくる。なんかそれ以外にも、あったかいのが……ああ、だめ。おちる。
「おやすみ。お兄ちゃん」
さいごに聞いた、やわらかなこえ。すごく落ちついて……いざなわれるように、眠りについた。
以前もお伝えした通り、一旦ここでまた一区切りとなります。
そしてこの後、一つ新連載を挟みます。30~40万文字くらいかな、たぶん。それが終わって、本作のストックを書き始めて、年末くらいにまた再開できた良いな、くらいのアレです。本当にノンビリ更新になりますので、待ってられないなという方は、ご無理はなさらず。完結してから一気に読まれるのも良いかも知れません。それでは、また。




