165
大森林。
数え切れないほどの魔王種が生息し、魔王災が重複しまくる場所。
所謂魔境だ。
あまり敏感でない俺ですら、踏み入っただけでわかる濃密な魔素。
油断なんかしない。
常にアカメと【妖精の瞳】を発動している。
「見っけ!」
そして、その状態の俺の目が捉えたもの。
それは、茂みに生えている中で薄っすらと光を放つ、薬草だ!
「チョッキンっと」
ハサミで切り取った一掴み分ほどの量を、背中に背負った袋に詰めいそいそと【浮き玉】の高度を上げた。
今摘んだのはアロとサボンと言う植物で、葉を乾燥させて粉末にしたものがポーションの素材になるらしい。
見た目は普通の山菜だが、魔素を蓄える性質があり、それを上手く利用する事でポーションの回復効果を作り出しているとか。
枯れてさえいなければ良いようで採取の上手下手で効果が変わったりはせず、あくまで薬師の腕で効果が変わるそうだ。
とにかく量が必要とされる為、主に人工栽培された物が使われている。
俺も見たことは無いが、ビニールハウスの様な大掛かりなシステムで、決められたいくつかの街で集中生産し粉末化まで行っているらしい。
特区みたいな物かな?
それを魔導士協会経由で各地の薬師に卸し、彼等がポーションを制作する。
何処の街でもある程度同性能のポーションが手に入るのはこの仕組みがあるからだ。
中々効率がいいと思う。
だからと言って協会の物を使わなければいけないという決まりも無く、自身の研究や弟子の教育の為にも、未加工の物が
必要になる事もあり、冒険者ギルドでは常時買取をしている。
流石にベテランはやらないが、新人やまだダンジョンに入れない見習なんかが外での依頼を受けた時についでに取ってきたりするそうだ。
また、魔物が出ない森の手前や山の麓でもとれるため、子供が家計を助ける為にやっていたりもする。
ただ、それはあくまで一般論であって、この異常地帯ではそんなことは無い。
子供がフラフラ迂闊に出れば大抵死ぬし、新人や見習もそう。
それなりの腕を持つ者でも油断すれば死ぬ。
その為、ここルトルではそれなり以上の腕の者が、馴染みの薬師に狩りのついでに、と頼まれたりして採って来る事がほとんどであった。
ところが、ここ最近ポーション用の粉末こそ在庫はあるが、素材が街全体で枯渇していると報告があった。
理由は簡単だ。
腕の立つ冒険者は皆、より危険度の高い開拓村や森の奥まで進んでいて、薬草採取なんかする余裕が無くなっているからだ。
このままでもポーションの供給こそできるが、それではもはやただの作業で、自身の腕の向上につながらないと薬師達から懇願された、ギルドの支部長が冒険者達に依頼するための資金補助をと、セリアーナに話を持って来た。
それ自体は構わないが、地図作りを終えて丁度俺の手が空いていた事もあり、やらせてみたらどうだろうか?と話が進み、初日は念の為に兵士を護衛に付けていたが、問題無くこなせた為ここ数日は1人で行っている。
だからと言って気を抜くようなことは無く、戦闘は避けていたのだが……今日は無理かもしれない。
今もチラチラ視界に映っているが、ゴブリンが2体いる。
ゴブリンならどれだけいても俺の敵じゃ無いと言いたいが……流石は魔境。
【妖精の瞳】から見える強さがオークに匹敵する。
まだ孤児院にいた頃、教会の治療院の手伝いをした事があるが、そこで重傷を負った冒険者がゴブリンにやられたとか言っていたのを聞いた事があった。
そして、ダンジョンで戦った時、その弱さから正直ルトルの冒険者は大した事無いな、とか思っていた。
違うわ。
これ洒落にならんわ。
静かで見通しのいい所ならともかく、あまり視界の良くない森で、それも小柄なゴブリン。
よほど気を張っていないと不意打ちを受けても無理はない。
そしてその一撃はオーク並。
そりゃヤバいわ。
さて、そのゴブリンだが。
俺に気付いている。
姿は見られていないはずだが……防虫用のハーブ液を塗っているし、匂いかな?
「アカメ」
呼びかけると左脚に巻き付くようにして姿を見せてきた。
ダンジョンの魔物と違い核が無いから一撃で倒す事は出来ないかもしれないが、索敵は任せられる。
「よしっ!」
気付かれているしコソコソする必要はない。
【祈り】と【緋蜂の針】も発動、ついでに背負った袋も締め直し、戦闘準備は完了だ。




