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花街にて(1)



花街は夕暮れ時から、あちこちの見世が開かれる。魔術式が刻まれた街灯が日の傾きに応じて灯り、男女の笑い声や呼び込みの声などがあちこちから聞こえるようになってくる。


「さぁ! さぁ! つぎつぎ丸めますよー! 一度は食べたい、そう、肉団子の入ったスープ!! 空から女の子は振ってこないけれど!!」


帰宅した私はすぐに髪を高く結び、動きやすい服に着替えて見世の調理場に入り浸った。


「気分が沈んでる時ーっ、もやもやするときーっ、好きなことをするのが一番ですね!」

「おぉ、張り切ってるねぇ、エルザちゃん」

「学校でなんかヤなことがあったんだろぅ? 可哀想にねぇ」


支度を終えた姐さんたちが寝ぼけ眼で調理場をのぞいてくるものの、あれこれ詮索はせずにいてくれる。


なんだか色んなことが、私は面倒くさくなってきていた。

この数か月色んなことが一気に通り過ぎていった。いつのまにか王都に来ていて、いつの間にか、見世で借金を背負っていて、聖女の素質である絶対音感もないのに、職業聖女の勉強をしていて。


スレイマンを生き返らせるためだ。

レストランを開くためだ。


そう思ったけれど、でも、あんまりにも、いろんなことを一気に、一気に、私はやろうとしていないだろうか?


「ひき肉にたっぷりと香辛料の粉を入れます。私のお勧めは六角形のこの実を乾燥させて粗く潰したものです。良いですね、えぇ、肉団子、良い感じに松の実っぽい風味がありますよね。あの厨房でもたくさん作りましたよね、ミシュレ!」

「そうね、一個十五グラム……一々計量なんてしてる時間はもらえなかったから……えぇ、三十分で二百個作らなきゃならなかった……体が覚えるわね」


姐さんたちの食事を作る調理場の片隅。私とミシュレは大量のクズ肉をミンチにして、玉ねぎやニンジンのきれっぱしをみじん切りにしたものを加えてよく練っていく。


アルボンディガスという料理は、あまり有名ではないだろうか?

スペイン料理の一つで、ようするに肉団子のトマトソース煮込みである。


ミンチボールともよばれ、ひき肉を大量に買い込んで作って冷凍しておけば日持ちもするが、冷凍する技術は今の私にはないし、そんなに大量の作るつもりもない。


「で? どうしたのよ」

「えぇ、ちょっと。自分の能力以上のことをやろうと、また思いあがったなーって」

「懲りないわねぇ」


作りながらミシュレが話を聞いてくれる。


ミシュレの本日の服装は全身真っ白の…割烹着にほっかむり。長い脚はあぐらをかいて座り込み、器用にどんどん肉団子を丸めていく。


「今朝の手紙の代筆の時も思ったんだけど、あなたに世界が救えるわけないでしょ。そういうのは、頭の良い男たちが色々考えて好きにして、勝手に滅んでいくんだからいいのよ」

「いや、人類が滅んじゃうと困るんですけど。っていうかミシュレ、ラザレフさんの事嫌いでしたっけ?」

「基本的に、アゼル以外の男は嫌いよ、私」


え、すいません、スレイマンの体に入れたりして。

毎朝ひげ剃ったり大変な思いをさせて申し訳ない。


素直に反省すると、ミシュレがフン、と鼻を鳴らした。


一瞬、私は顔を顰める。


「なに?」

「いえ、何でもありません。あ、ところで、この勢いで作りすぎた肉団子、トマト煮込みでいいですかね?」

「トマトねぇ。たくさん作るとなると量もいるし、塩とタイムのスープでいいんじゃないの」

「いいですね、こっちのタイムっぽい香草は香りが強いですし、お肉に負けないでしょう」


肉団子は小麦粉を軽くつけてはたき、油を軽くひいた鍋で炒める。そこにお酒を入れて煮詰める。塩とキノコを加え、キノコが塩でしんなりとし、水分が出てぶつぶつと泡が立ってくる。肉汁がお酒と良く混ざり白濁としてくるところで、水を加えタイムっぽい香草を入れて煮込む。


「上手にできましたーっ」


肉団子は一人三つ。温めた器にたっぷりとスープと注いで二階へ上がろうとすると、金の亡者、じゃなかった、見世の店主が慌てて転がり込んできた。


「おぉ、エルザ! それは今出来た料理だな!? うちも客に出すぞ!!」


息を切らせた店主は私とミシュレの手にあるお盆、その上にあるスープを見つけて目を輝かせると、状況が分からず茫然としている私たちの手から、お盆を奪い取ろうとした。


「止めてください、人が死ぬ!!」

「えぇい、何をわけのわからないことを! うちの食材で作ったものなら私がどうこうしようと自由だ! お前達、その鍋に残っているものを器によそれ!」


いや、多分肉団子スープくらいなら大丈夫かもしれないが、どんな効果がうっかりついてしまうかわからない私の神性付き料理である。


「まぁ、神官とかそういう奴が食べなかったら大丈夫なんじゃない?」

「万一、これで何かあったら食中毒扱いされて二度と料理が作らせてもらえなくなるかもしれないじゃないですか!」


ミシュレはあまり気にしないが、私は嫌だ。

料理を奪い返そうと、見世の表、普段行かない他の姐さんたちの部屋へ行こうとするが、大柄の男性従業員たちに止められる。


「さぁさぁ、旦那様、うちでもちゃんと料理は出せるんですよ、ほら暖まってくださいませ」


部屋の中から姐さんや、店主の声が聞こえ、喜ぶ声も続いた。


私は押さえつけられながら、部屋からうめき声が聞こえてきませんように、と知る限り全ての神々の名を唱えて祈った。



++



結果を言うと、私のうっかり神性料理テロ、は起きなかった。

調理に聖なる炎とか使わなかったら大丈夫なのか、それとも、なんだかんだと聖女科で授業を受け魔力の扱いの基礎を習い始めているので、以前の無意識に神性をタレ流す迷惑行為はしなくなったのか。


「っていうか、何なんですか、あの騒ぎ」

「ちょっと外で聞いてみたけど、最近この見世の調理場で良い匂いをさせ過ぎたじゃない? それで、花街の客が「腹が減る」って言いだしたみたいなのよね。で、うちの向かいの見世が食事を出しながら女と話が出来る部屋、ってのを始めたそうよ」


私が騒いでる間にミシュレはミシュレで調べてきてくれたらしい。

この見世の前にあるのは、同じく高級娼婦を揃える娼館だ。ライバル店とも言える。


「でも、飲食店は難しいって、メリダさんのお得意さんが」

「大きな目で見ればね。でも、目先のこと、自分のことだけを考えれば、新しい商売になるじゃない」


物価が上がったり、廃棄される食べ物が増えようが、商売の道具になって利益が増えればそれでいいと、そう考える者がいたらしい。いや、グリジアさんのように先までは見通さず、ただ「客が求めてる」「これは金になる」と判断しただけかもしれない。


「ちょっとのぞいたけど、初日にしてはいい客入りだったわよ。っていうか、あれ、簡単に言うとキャバクラね。こっちと違って、あっちの見世は高級とは名ばかりだったし、あぁいう感じで売った方が良いって考えたんじゃない?」

「きゃばくら。え、ちょっとのぞいたって、まさか、スレイマンの体でお店入ったんですか?」

「入らなきゃわからないじゃない」


何言ってるの?とミシュレは呆れるが、私だって、何言ってんだお前、と返したい。


なんだろうこの……スレイマンが、いや、中身はミシュレなんだけど、スレイマンが……キャバクラにいって女の子をはべらしているイメージが沸くと……こう、心の中にモヤモヤしたものが……。


「で、見世の内容だけど、聞くの? 聞かないの?」

「料理とか、システムに興味があるので……聞きます」


キャバクラ、とミシュレが例えたその店内はどんなものなのだろう。




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