騎士たちの事情(1)
「ご主人様、お話はもうよろしいのですか?」
「はい。ひとまずは」
ルス・タヴェリ先生の工房から教室までアゼルさんが同行してくれる。聖女候補付きの騎士と言っても、四六時中一緒にいるわけではない。
聖女候補付きの騎士にも授業や訓練がある。
騎士達は既に騎士の基礎教育はとうに終えているので、聖女の力についての座学や、人を守ることを前提とした戦い方などだと聞いている。
そして聖女候補が聖女になれば、付きの騎士は神性の加護を得て、聖騎士への道が開かれる。
聖騎士は騎士の最高位の存在だ。なるほどなるほど、皆頑張って自分の聖女候補を聖女にしたいと思うわけである。
「あの教師……もしや、ご主人様の頼みを断ったのでは」
「うん、あのね、アゼルさん。獅子を出そうとするの止めよう? ね。うん、物騒だからね。止めよう?」
私の手に手紙が握られたままなのを見つけてアゼルさんが影から魔獣を出してけしかけさせようとする。
それを止めて、私は首を振った。
「私としては、とり急ぐものじゃないですし、まぁ、早く図書館の本を読めるようにするのが目下の目標ですしね」
「閲覧制限のある本ですね」
「魔王に関する情報が、少なすぎるんですよ」
授業でも国や大陸の歴史、聖女や魔王いついての話は出ているものの、抽象的な、神話のような扱いになっている。
私が知りたいのはもっと詳しい実際に存在した人物たちの情報だ。
閲覧制限のある本を読むには、聖女科なら成績が上位三位以内に入っていなければならない。三位以内の聖女候補なら、精神汚染に対して耐性のある歌を使い自分の身を守れる、とかそういう基準らしい。
私のメンタル鋼だから大丈夫だと思うのに!!
「あ、ここまでで大丈夫です。それじゃあ、アゼルさんも今日の授業……なんでしたっけ、今日は確か、剣を使っての訓練だと聞きましたけど」
「えぇ、十五人で勝ち抜き戦ですね。勝者は騎士団長よりお褒めの言葉を頂けるようです」
教室の前まで来て、私はアゼルさんに頭を下げる。がんばってください、と言うと、私の騎士は嬉しそうに笑った。
+++
「エルザ様、あの、よろしければ一緒に行きませんか?」
ズタボロになった教科書を鞄の中に押し込んでお昼ご飯の準備に行こうとしていると、別の教室にいるはずのジュリエッタさんがやってきた。
現在の聖女候補は十五人。それが実力や理解力で五クラスに分けられている。少人数なのはそれだけ聖女教育に力を入れている、と好意的に受け取っておきたい。差別とか隔離とかじゃなくて。
ジュリエッタさんは上から三番目のクラスなので、塔が違う。けれど態々私を誘いに来てくれたのだろうが、何処に行くのだろうか。
「もしかして、ご存じないんですか? 今日は騎士達の実力を振り分けるための模擬戦が行われるんですよ」
「……そうなんですか?」
「えぇ。それで、午後からは聖女候補の授業はありません。自分の騎士の応援に行くためです」
授業がないから、厨房を借りてゆっくり豪華なランチでも作ろうと思っていたのだけれど、え、アゼルさん、それ聞いてないですよ? 私、聞いてないですよ?
「もしかして……他の聖女候補生の方々が、なんだかソワソワされていたのは……?」
「自分の騎士が戦うんですもの。どきどきしません?」
なるほど、自分の騎士が、こう、素敵にカッコよく剣を振るい勝利するのを夢見る乙女、のようなものか。
私がうんうんと頷いていると、そこでジュリエッタさんはハッとしたように目を見開き、口元に手を当てた。
「も、申し訳ありません。エルザ様は……その、まだ、とても幼いですし、きっと、剣の打ち合いなど、恐ろしいですよね。アゼル様も怪我をされるかもしれないし……私ったら、はしゃいでしまって」
模擬戦といえど、真剣を使うそうだ。怪我をしても、ここは最高の治療も受けられるのでOK、とかそういう感じなのだろう。
アゼルさんが私に言わなかったのは、私が怖がると気にしてくれたのか。
いや、今更剣の打ち合いくらいでキャーとか言わないと思うけれど。
「ジュリエッタさん、私、観に行きたいです。もしよろしければ、御一緒させてください」
見られたくない、という可能性もあるが、がんばってください、と知らずに応援したら喜んでくれたアゼルさんだ。声援くらいしても嫌がられはしないだろう。
「応援うちわとか、作るのはちょっと時間が足りないですね、残念」
「オウエンウチワ?」
「えぇ。こういう、芯をいれた硬い紙に、相手の名前を描いて振ったりしながら応援するんです。聞こえなくても、目で読んで貰えるじゃないですか。応援してますよーって」
ペンライトとか振ったら目立つだろうなぁ、と想像する。
「まぁ! それはとっても素敵ですね! エルザ様は素晴らしいことをお考えになるわ!」
「いえ、あの、もしかしたら硬派な方は嫌がるかもしれないので……保留にしましょう、この案」
目を輝かせてくれるジュリエッタさんに待ったをかけておく。なんだろう、この……親しくさせて貰っている友人、なのだけれど、ジュリエッタさんからは時々、こう……わりと人の話聞かないオーラを感じる。
ジュリエッタさんと一緒に、総当たり戦が行われる予定の会場……というか、訓練場に足を運ぶと、既に聖女候補用の客席のようなものが作られていた。
十五人いる聖女候補の成績準になっており、私は一番成績が悪いので端っこの、あんまり見えない場所だ。
私たちの席の反対側には、聖女候補生付きの騎士達が鎧や剣の準備をしている。さすがどこぞの国の騎士団長の息子だったり、名のある騎士の方々だ。その佇まい、鎧や剣はどれも立派で、そんな中、ザークベルム家の鎧を返上してしまって、革と草の鎧を着ているアゼルさんは目立った。
これは私が、主人としてふがいないのだ。
スレイマンのお金は全てクビラ街に置いてきた。取り寄せることも出来たが、私は街の復興に充てて欲しいと言ってしまって、私が自由になるお金は見世でメリダさんの食事をつくったり、雑用をして稼ぐ賃金しかない。
高価な鎧など買えるわけもなく、私がアゼルさんに用意できたのは、村で残っていた皮と草や蔦でなんとかそれっぽく作った粗末な鎧だ。
『あぁ素晴らしい、私の為に、ありがとうございます。私はこの鎧を着て、今度こそ忠義を捧げ、それを全うさせて頂きます』
アゼルさんはそう言ってくれたが、こうして見事な鎧の面々を見て何も思わないわけがない。
申し訳ない、と私は恥ずかしくなり顔を伏せた。
お金も稼がないとなぁ。やらなきゃいけないことが、多い。
+++
「おい……本当にその鎧で出るつもりか?」
ロメオに声をかけられ、アゼルは短く頷いた。
その黒い短髪の騎士は心配そうに眉を寄せる。
「これは我が主人が私の為に作り上げてくださった鎧だ。あの方の騎士として戦うのに、なぜ鎧を脱がねばならない」
可笑しなことをいうな、とロメオを睨むと相手は「卑怯だと、罵られるぞ」と、忠告してきた。
卑怯、卑怯、まぁ、確かに、この鎧を着て戦うのは卑怯だと思われるかもしれないな、と自覚もあったので、アゼルはロメオを睨むのを止めて、一寸黙る。
アゼルが着ているこの鎧は、中位魔法や中位の魔術なら容易く防ぐ大蛇の皮と、聖女の結界内で暮らす星屑種が己の乙女の為に咲かせた植物の蔦で作られている。そして革と植物製なのでとてつもなく軽い。通気性もいいので、鎧と違って全く蒸れないし、体温調節も出来る。
「まぁ、卑怯だな、確かに」
初めて他の騎士達がこの鎧を目にしたとき、売ってくれと金貨がたっぷり入った革袋をいくつも持ってきたことを思い出し、アゼルはクツクツと笑った。
今もアゼルの鎧を羨ましそうに盗み見ている。
「俺の予備の鎧を貸してやる。……不服だろうが、それを着て戦え。なんなら負けたのは俺の鎧の所為にしてもかまわん」
「君は優しい男だな、ロメオ」
「負けろと言っている男に優しいなどと言うな」
負けた方がいいのはアゼルも知っていた。
聖女候補に仕える騎士達の間には上下関係があった。聖女候補の身分や成績に合ったものでなければならない、という暗黙の了解で作られる上下関係だ。
守って置いた方が波風を立てなくて済む。
その方が、ご主人様にとってもいい、それはわかっている。
「だが、私はもう勝利しかあの方には奉げないと決めているんだ」
忠義を尽くしたい。今後こそ。
いや、自分は違うのだと、そう証明したい。
長年育ててきてくれた方は、何もかもが嘘だった。何もかもを裏切って、そして捨てた。
仕えていた主人は、己の母を殺した人間で、そして、領地に危険を招いた咎人だった。
アゼルが守ってきた、信じてきた、学んできた騎士道は全てまやかしだった。
そう打ちのめされた。そう、突きつけられた。
だから、全てを見てしまったあの少女に証明したいのだ。
己は騎士である、と。己は忠義を貫く騎士だと、そう、あの青い目に認めて貰いたいのだ。
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