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閉ざされる飲食店への道


「それは難しいな」


メリダさんの一番のお客さんである、グリジアは私の質問に少しだけ考えるように間をあけてくれたものの、首を振って否定する。


「外で食事ができるようになったら、何かと便利だと思いましたが」

「確かに、私もこうして夜あちこち遊び歩く身であるから、小腹がすいた時にちょっとしたものを食べられる、というのはありがたい話だ。だが、屋敷には私の食事が用意されている」


それは、あらかじめ今日は食事はいらない、と断ればいいのではないかだろうか?


私はこの世界、というか、この南大陸になぜ外食産業が生まれなかったのか(そういうものだと思えばそうなのだけれど)スレイマンが生き返った時に、どうすれば、レストランを開けるのか、それを考えたかった。


ほら、スレイマンを生き返らせるのは難しいようなので、同時進行で飲食店の店舗とか条件も探しておかないといけないだろう。さすが私。仕事の出来る女になろう。


グリジアさんはひと目で『金持ちだな?』とわかる身なりに、その所作もとても洗練されている。そういう人であるから、私がまだ知らぬ経済的な状況とか国のあれこれをよく理解されているに違いない。貴族なら事業も何かやっている、というのはミルカ様の自慢話からの情報。


ミルカ様も公爵令嬢として十歳の頃から衣類のデザインを始められ、それを公爵様の領地で生産される布を使って商品化されている。それは王都の若い娘さんの間で人気のブランドとなっているそうだ。しかも、別に貴族の御令嬢にしか着れない服だけでなく、平民の女性が少し奮発すれば手に入るような価格の、動きやすい服まで手広くやられているそうで……。ミルカ様、優秀! さっすが公爵令嬢!! と、私は全力で尊敬した。


まぁ、それは今はいいとして。


「君だって食事は寛げる家で、家族と食べたいだろう?」

「では、特別な日とかは、特別な場所で食べて思い出にしたり、とかそういうのは素敵じゃないですか?」


飲食店、いや、外食の目的は、おおざっぱに言えば大きく二つに分けられる。


いつでも気軽に入って、空腹を満たすことを目的にしたり、食事を楽しんだりできる場所。

これは、金額は安価で、量は多めが喜ばれる。内装も、凝っているに越したことはないが、堅苦しくない方が良い。


そして、いわゆるハレの日に使用される店。


誕生日やお給料日、プロポーズや、結婚記念日、何かのお祝いなど、普段とは違う特別な空間で、ゆっくりと、普段は食べられない物を親しい人、あるいは自分にとって特別な存在と食事を取れる場所。


これまでこの大陸に外食産業が発達しなかったのは『食事は家で家族と食べるもの』という、習慣からであれば、後者はどうだろうか、と私は問うてみた。


「特別な日に、家人が腕を振るって少しいつもより奮発した食材を使ってくれる料理や、秘蔵の酒をあける楽しみより素晴らしいとは思えんな」

「ですよねー!!」


うん、それはわかるわー、と私は顔を覆った。

助けてスレイマン! 私、心が折れそう!! と、私は脳裏にあの黒髪の仏頂面を思い浮かべてHELPを送ってみるが、私の想像上のスレイマンは『知らん』とそっけない返事をするのみである。


「なるほど、君はメリダのために、料理を出す店、というのを作りたいのだな」

「はい?」

「確かに確かに、君の料理はとても素晴らしかった。こういうものを、見世で愛しい女性と話をしながら食べられることは、とても幸せなことだろう。しかしね、うむ、君には少し……難しいかな? それは、商売としては成り立たないのだよ」


なぜだろう?


私の知る花街、たとえば吉原等は飲食はとても重要なポイントだった。女性たちは置屋に抱えられ、料亭のお客さんの求めに応じて向かう。そこで出される料理は豪華な物と決まっている。


格式があり名のある料亭程、下手なものは出せない。いくら置き屋から見事な女性を呼んだとしても、料理がまずければお客は白ける。別の料亭を利用して、良い女性を呼べばいいのだから。


ちなみに、料理を作らずデリバリーする揚屋もある。台屋と呼ばれる店で作られ、台の物という、松竹梅をモチーフにした、どちらかといえば食べるよりも見て楽しむ、あると場が華やかになる……一つの飾りとしての意味が強いものである。


しかし、酒と女と料理はもちろん美味い方が良い。


腕の良い料理人を抱える事が料亭のステータスでもあったし、千両箱を一晩で空にしてしまうような、金周りのよい場所。どんなに高い食材でも手に入り、贅沢に使えるその世界。


商売にならない、とはどういうことだろうかと首を傾げると、グリジアさんは苦笑した。


「物価……食べ物の値段がとても高くなってしまう。だが、捨てられる食べ物は増えることになるだろう」


幼女である私にもわかるように、とかみ砕いて説明してくれた。


「この王都に入ってくる食材を10とする。これを全ての区できちんと必要数が分けられ、商人が売ったり、献上されたりしている。食べる人数も10としておこうか。しかしね、食事が出来る見世をする、となれば見世は今まで10が10に行き届いていた食べ物を確保しなければならない。だが、確保された食べ物は誰が食べるか決まっていない。綺麗に全てを食べて貰えるかもしれないが、これは商売だからね」


廃棄率の話だ。私はハッとする。


飲食店の最大の課題とは何か。商売として考えるなら、原価率だ。そして原価率は、廃棄率が低ければ低いほど、高く設定できる。


仕入れる食材、料理に使う食材。

食べられる部分と、捨てられる部分。


「商品として提供する以上、粗末なものは出せないだろう。家庭であれば食べられた部分も、商品にはできず捨てられる部分が出る。それは、食材を多く確保すればするほど多くなり、そして、確保された食材より、食べる人数が下回った場合、食材はどれ程もつ?」


見世であれば娼婦の食事に回すことはできるが、その食事は娼婦の自腹だ。

お客に出せるように買う高価な食材を使った料理となれば、金額も高くなり、娼婦の負担になるだけだ。


そして、これまで飲食店がないため、食料の買い手は規模の大きさの違いはあれど、各家庭だけだったものが、飲食店という、商売の道具になるとなれば、価格の変動が起こり、10あったものが10に分けられていた頃より、飲食店が1増えれば、10を11でわけることはできず、価格が高くなる。


簡単に考えれば、こいうことだ。


「そういえば、そうでしたね……この大陸……えぇ、魔女の雪で大地に実りを求めたり……泥で土地が削られてたり……魔獣が出て人間の生活圏が限られてたり……」


思わず、私はぶつぶつと独り言を繰り返す。


全体で生産される食料の数は変わらない。これを、まぁ、貴族や金持ちが多く持っていたり貧民には回らなかったりしているのだろうが、だが、だが、そうだ。そもそも、この世界には「食うに困る人間」がいる。


そこに、飲食店として食材を確保したら、食べられない者が増えるだけではないか。


「ドゥゼ村のラグのスープを思い出せッ!!」


私はガンガン、と床に頭を打ち付けた。

駄目だこの世界。そもそも外食産業の発展に向いてない!


「世界を平和にして今の三倍は豊かにしないと……!! 食材が余らない!」


今、初めて実感した!

この世界、貧しい!!




+++




「と、いうわけで、ラザレフさんに『ちょっと一緒に泥に埋まった土地を取り戻しましょう。出来るだけ早く』ってお誘いのお手紙をミシュレに代筆して貰ったんですけど、ラザレフさんに届けてください、先生」

「オイ、ふざけてんのかテメェ。ンな茶ァの誘いみたいなノリの手紙、大神官サマに渡せるわけ……っつーか、俺みたいな一教員が繋ぎを付けられるわけねェだろうが」


ラブレターじゃないですよ、と前置きして白い封筒を差し出して言えば、翠の魔術師の二つ名を持つルス・タヴェリ先生は、心の底から嫌そうな顔をしてぐいっと、手紙を押し返してきた。


翌朝、学校に早めに向かった私はルス・タヴェリ先生の工房へ寄った。このルス・タヴェリ先生はスレイマンの同期の一人らしく、同じく同期の青の魔術師の先生のように私を見て過剰反応したりしないものの、私が話しかけるといつも嫌そうに顔を顰める。


けれど、口と目つきと態度が悪いルス・タヴェリ先生は私の事を『魔王の娘』とは呼ばない。


「そこをなんとか」

「いや、なんとかって、なんだよ」


最初の頃は、私はいつでも気軽にラザレフさんに会いに行ったり手紙を書けるのだと思っていたが、2度、3度、会おうとしたり手紙を書いた後、ミルカ様に「非常識」とののしられた。


聖女候補というだけの身分、そして、ラザレフさんが後見人をしているわけでもない私が大神官様に会おう、というのは「恐れ多い」事らしいのだ。面倒だが仕方ない。


「第一……泥をどうにかできるだァ? んな、いくら神性持ちでもなぁ、落ちこぼれのお前にァ到底無理な話だ。聖女の歌の一つでも暗記できてから言えや」

「ッハ、職業聖女の素質が、絶対音感とかなんだそれ」


私の成績を知っているルス・タヴェリ先生の小言に、私は思わずボソッと愚痴を言う。


幸い先生には聞こえなかったようで、私が頑張って押し付けた手紙を指でつかみ、ヒラヒラともてあそんでいる。


この、魔術学校聖女科に入学する女子生徒の共通点、というか、見出される聖女としての才能の必須条件は、生まれながらに絶対音感を持っている、ということだった。


この絶対音感、というの、さすが異世界というべきか、私の前世の記憶のものとは少し意味合いが異なる。


ただ音を聞き取り記憶するだけ、ではない。

この世界の、絶対音感を持つ者は人間には聞き取れない音を聞き取り、そして発する声に魔力や神の力を込められる。


結界を持続させるための聖女の唄と踊り。


その歌には一応楽譜があるが、譜面におこせない音がある。その音は古い魔術道具で記録されているが、普通の耳では聞き取れない。神の音と言われるそれを、正確に発音できれば神の力が宿り、歌に力を与えて結界に染み込む、とかなんとか。


なので、絶対音感を聖女科の聖女候補生の学ぶことは、主に音楽関係の知識である。声楽科、ともいえるのかもしれない。基礎教育として、歴史や教養、それに結界を守る為の戦い方、剣、魔術なども学ぶが、それらの成績より最も重要視されるのは、歌だ。


アッ、はい、私、歌とか、えぇ、絶対音感なんて持ってないです。

料理じゃダメですか。ポテサラ作って結界張るとかじゃダメなんですか。


あれ? 

そもそも、私、ラザレフさんに「料理作ると結界張れます」って言ったっけか?

知らないのか? 知らないから、聖女科にブチ込まれたのか?

それとも結界が張れるんだから、歌くらい歌えるだろうとか思われているのか?そうなのか?


「なァに百面相してやがる。この手紙は却下だ。てめぇはてめぇのことをこなしてから外に目を向けやがれ」

「わかりました。一端引きますが……その代わり、先生のとこの香草、また分けてください」

「断る。前は、あいつの事を……話すって条件で分けてやったが、もうてめぇに聞く事はねぇ。とっととてめぇの教室に帰りな」

「先生の香草はすっごく美味しいんですよ!!? 薬に使うだけなんて、もったいない!! あれは食材になるべきです!!」

「ふざけてんのかてめぇ! ただのメシになるより薬になった方がいいに決まってんだろうがァッ!!」


この翠の魔術師、ルス・タヴェリ先生の専門は薬草学だ。魔術式で植物の成長を早めたり、その性質を変化させて毒草や薬草に転じさせることもできるとても凄い魔術師らしい。


入学したてのころ、スレイマンの事を知りたがった先生が「タダで情報を寄越せなんていわねぇ」と出してきてくれた香草が、とっても、その、香草パン粉に適していた。


あとで聞いたら、とても希少価値のある……なんか、薬になる葉っぱらしかったが、あれほど見事に……パン粉にその成分を映し、加熱しても色褪せる事なく鮮やかなままで、香りと味もよい香草など、中々お目にかかれるものではない。


あんまりに興奮したので、魚のパン粉焼きを作ってパンに挟んで先生にも差し入れしたら、食べながら絶叫された。


でもほら、あの時も「ちくしょううめぇえええええ!!!!」って叫んでたので、きっといつかわかって貰えると思う。いや、わかって貰う。どんな手を使っても。


とっとと帰れ、と工房を追い出され、私は「また来ますね」とにっこりと微笑んで頭を下げ、自分に用意された教室へ向かうのだった。




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