職業軍人ロッソ
※時系列的には、前々話のセレーネ・ザークベルムと同じくらいの時期です。
大神官ラザレフ様直々の命により、ドゥゼ村の在中軍となった第×××中隊は現在その人数を半数の百人以下に絞り、あとは異端審問官モーリアス・モーティマーと聖王都へ帰還していた。
これはドゥゼ村の冬にまかなえる食料を考慮してのことである。
また、職業軍人である彼らは森を開き、ドゥゼ村にいた魔術師の協力もあって土の性質を変え作物が育てられるよう開墾していくのに体力や技術は十分にあった上に、生まれからして特殊な体質をしている彼らはドゥゼ村の名物、というか郷土料理というか、特産品……である、ラグの木のスープから採れる魔力を吸収しやすかった。
中隊長ロッソは一人、聖なる泉へ向かいながらこれまでの事を考える。
当初ロッソ達は、自分達のような存在が人間種の村で受け入れられるのかと案じていたが、ドゥゼ村の人々は皆心優しく、ロッソ達に怯えることも奇異の目で見ることもなく、誰もが笑顔で受け入れてくれた。
「ここは良い村だ」
「それは同感です。さすが私の乙女が見込んだ村だと思いませんか、人間種の男よ」
「~~星屑殿!毎度毎度、そのように突然現れるのは止めて頂きたい!」
村人たちとの触れ合いを思い出して、思わず笑顔になったロッソの耳に、美しい声がかかる。慌てて顔を上げれば、真正面には直視して眩暈がするほど、美貌の男が両手に花を抱えて立っていた。
もうすっかり顔なじみになった、偉大なる星屑殿だ。
「貴方の気配がしたものでつい。人間種はいいですね、こう、コロコロと表情を変えてくれる」
悪びれる様子もなく美しい顔を嬉しそうに緩ませて星屑殿はロッソに視線を合わせるために少しだけ腰を折る。
ロッソはけして小柄ではないが、長身でもない。
中隊長となったのは身分ではなく実力で、平均的な中年男性の背丈には似合わぬ程の筋肉を付けている。
歴戦の戦士であるロッソの顔はけして美男子ではない。
刻まれた傷や歳を取って出来た皺は厳めしく、部下にいつも「怒ってるんですか」と怯えられる形相をしているというのに、見かけはロッソの半分くらいしかなさそうな青年の姿の人外はロッソが怒ると「可愛い」とそう、嬉しそうに笑うのだ。
「それで、今日は何です? 新しいお酒が手に入るのはもう少し後だったと思いますが」
「新作のカレーが出来たんでね、アンタにも味見をして貰いたいってうちの若いのが言うんですよ」
「おや、それはそれは」
星屑種は本来食料を必要としない。
それでも別に、飲食をすることは可能だそうで、この星屑殿は酒を好まれる。
ロッソは定期的にやってくる商団から星屑殿へ酒を届ける役目をこの村の聖女様から仰せつかった。そしてただ渡すだけで終わるのではなく、時折自分の分の酒や、つまみを持って一緒に飲むようになった。
飲み仲間だ、と思うには恐れ多い存在だが、どうにもそういうわけで、星屑殿はロッソをからかうことが面白いことだと、そう気付いたらしかった。
「丁度私も、貴方と話をしたいと思っていたんです。えぇ、貴方にぜひ教えてあげようと思いまして。私の乙女が今日はなにをやらかしてくれたのかと」
「……毎度毎度言っていると思うんですが、星屑殿。それは、『すとーかー』行為だって聖女様に言われてるじゃありませんか」
星屑殿は聖女様の動向をその目で見る事が出来るらしい。
未だ幼い少女であらせられる聖女様の身を案じる思いはロッソにも十分わかるが、それにしても『今日の乙女は○○時に起きました』とか『乙女は飲んだものが苦くて悲しい思いをしていました』とか、そういう個人的な情報を世間話のように自分に話していいのだろうか。いや、駄目だろう。
ロッソに子供はいないが、自分の娘が身内でもない者に四六時中見張られていたら、正確にはどんな気持ちになるかわからないので、想像するしかないのだが、だが、良い気はしない。
さりげなく窘めようと試みるが、星屑殿は美しい笑顔で『私の乙女は今日も快活ですね』と言うばかりでロッソの言葉など聞いてはくれない。まぁ、わかっていたが。
ロッソは持参した鉄の鍋を魔術の火で温めて、食事の用意をする。
泉のほとりに布を敷いてちょこん、と大人しく星屑殿が待っているのは見慣れているとはいえ、なんとも奇妙な光景だ。
結界の主である星屑種、それもこの大陸でもっとも規模の大きい鷹の結界と呼ばれるものの要である存在は子供の御伽噺にもなっている。職業軍人として造られたロッソは教育の一環でその話を何度も聞かされてきたし、信仰の対象の一つでもあった。
その畏敬の存在が目の前にいて、しかも、己らの作った料理を食べてくれる。これは本当に、奇妙なことだ。
「良い香りですね。その調合の感じからして、新作というのはフェーゼルのものでしょうか」
「えぇ。やたらと辛い香草をいれたがるフェーゼル二等兵ですよ。香辛料と、水分の割合を変えたとかで、これを聖女様の教えてくださった小麦粉の縄……うどん、ってやつと一緒に食べるんです」
いつものカレーよりさらさらとして中に入れている野菜もやわらかく細く、肉も薄切りにしてあるそれに、茹でたうどんにかける。深めの器にたっぷりとよそり、星屑殿に差し出した。
「ふふ、すっかり、貴方がたはカレー作りが得意になって来ましたね」
「聖女様が直々に教えてくださった料理ですからね。我々が受け継ぐことが出来るのは名誉なことです」
答えながら、ロッソはそれだけではないと自分でもわかっていた。
この村の聖女エルザ様から教えて頂いた不思議なスープ。
これはとても不思議な料理だった。
「……これまで、我々《職業軍人》は同一であることに価値があるとされていました。同じ信仰を持ち、同じ思考を持ち、同じ道を歩く事を、全てだと思っていました」
そうあるべきだった。その、一つの目的、人間種を守ると、そのためだけに造られた存在だった。
「けれど、どうです、この、カレーという食べ物はどうです! 何を入れても、どんな味でも、聖女料理長様はカレーだとおっしゃってくださった。我々は、好きに、自分が良いと思う作り方、味を求めてもいい。これが、どれほど素晴らしいことか、わかりますか」
職業軍人には親や子、家族は一生持てない。
人間種を守るために存在し、何も遺せぬ我らと思っていた。
しかし、このカレーが我らの声、我らが作り出したもの。
「聖女様に心からの感謝を。我々は、このカレーを作っている時だけは、自由でいられる」
呟き、ロッソははっと我に返る。
「申し訳ない、つい、こんな話を」
偉大なる星屑殿には退屈な話だろう。慌てて謝罪し頭を下げる。
「構いませんよ。――ところで、このカレーうどんなるもの……私は髪が長いので、食べることがとても難しいようなのですが、これは……普段の意趣返しでしょうか?」
軍人は皆、髪が短く刈り上げられているので気付かなかった。
艶がありすぎてサラサラとすぐに流れてきてしまう星屑殿は、深い器からカレーうどんを食べようとすると器に髪が入りそうになるようだ。
結ぼうにも紐でくくれない程サラサラとしており、慌てるロッソを、星屑殿は面白そうに目を細めて見ていた。
「あぁ面白い。食事というのは楽しい。誰かと食べるということは本当に良いものだ」
Next




