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【書籍化】野生の聖女は料理がしたい!  作者: 枝豆ずんだ
第五章 冬の踊り子編
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聖女ってなんですか(2)


「死んだら、死んだひとはどこに行くんですか?」


ふと思い当たった事があり、私は目の前のラザレフさんに問うてみる。美しく煌めく泉のほとり、傍には花に囲まれた星屑さんという人の常識外の存在と、そして目の前にいるのは人類の守護者という、つまり、この世界の一般常識以上のことをご存じだろう面々だ。


そういう彼らがまず言った、人は生き返らないということ。

私は死という状況を、どういうものか考えて、そして、その状態というものが前世の日本人の知識で当てはめた「心肺停止」や「脳死」など身体の機能障害による結果だと、そうまず、それを前提としている頭があった。


だけど、これは少し違うのではないだろうか。


「思い出したんですけど、私、前にこの泉で刺されてるんですよね。それで、多分、死んでます。でも星屑さんの、精神的な世界? か、何かにたどり着いてて」


そこでスレイマンが私を助けようとしてくれた。

あの時のことを振り返れば、二人が言う「人は死んだら生き返らない」という、それは絶対的なことではないように思える。


「と言いますか、そもそも、スレイマンのことだってそうですよ。魔王の魂を、毎回任意の器に閉じ込められるって、どういうことです」


それが当たり前にできているというのは、そういう術だか魔法がきちんと確立されているということだ。


私があれこれ質問を捲し立てると、白い髪のラザレフさんは目を細めて、そしてちらり、と星屑さんに視線を向ける。けれど美しいかの人が何も口を開かないので、少し思案するように沈黙し、そして、口元に手を当てて、じっと私を見つめる。


「君は、この世界の住人ではないね?」

「前世の記憶があるだけです」

「なるほどね。無知な子供だから妄想と期待を現実にしようとしているのかと思ったけれど、君の場合はそうじゃないね。そうではなくて、あぁ、そうか。君は、こことは異なる世界の法則を知っていて、それに当てはめようとしているから、僕らとは違うわけだ。君が魔法を作れるのは、そういうことなんだろうね」


なるほどなるほど、とラザレフさんは一人納得する。目を猫のように細めて、ゆっくり私に手を伸ばした。その白く薄い手が私の頭に触れ、何かが吸い込まれそうになる、その一瞬の浮遊感、の後に、バジッと静電気のようなものが起きてラザレフさんの手を弾いた。


「うん。そうか、そういうわけか」

「すいません、手、めちゃくちゃ爛れてますけど大丈夫ですか」

「借り物の体だから大丈夫だよ」

「貸してくれた人は怒ると思いますが」


私には静電気程度だったが、触れてきたラザレフさんの手は焼き鏝でもあてられたのかと思うほど赤く爛れていた。


ラザレフさんはその酷い有様をそれほど気にした様子もなく軽く振って法衣の下に隠すと、そのままなんでもない風ににこりと笑う。


「それで、聞けばなんでも答えて貰えると思うのかな? その辺りはまだまだ子供だね。それともその以前の記憶の人物が幼いのかな」

「情報の共有って大事だと思いますけど」

「それは、共有するに値する対等な関係の時だと思うよ」


もしかして、私は今煽られているのだろうか?

いや、でもラザレフさんはそう感情をはっきりと表に出してそれを自分の言動に反映させることはあまりないタイプに思える。


「今、君との会話で僕は君のことやその他のこと、君が僕から得た以上のことを得たし、考えられる。これは何故だと思う?」


それは簡単だ。

ラザレフさんの方が、多くの事を知っているから、当てはめられる事や気付くことが多い。


私は前世の知識がなければ、この世界の、まともな教育を受けていない孤児の少女でしかない。文字も書けず、この世界の子供でも知っているような知識もない。たとえば、歳の近いイルクだって、聖女伝説や結界について御伽噺程度のことなら知っていたかもしれない。


「つまり、私はラザレフさんの言う通りに王都へ行って学校へ通うべき、と?」

「話が早くて助かるよ。君は叶えたい願いがある。けれど、それはどうして無理なのか、知らないから願えているだけで、知ったらきっと、受け入れられるだろう?」


私はきっと、ラザレフさんに良い様に利用される。


何かここで、何か一つ、私がラザレフさんより優位に立てるものはないだろうか。

ちらりと見える星屑さんは、人の価値観で行動はしてくれない。ここに私がとどまりたいと言えば協力してくれるだろうけれど、先ほどの言動から見て、私がスレイマンを生き返らせたい、というそれには協力してくれないように思える。


考えた。

私の強みとはなんだろう。


前世の知識? いいや、それは、あやふやな知識だけでじゃだめだ。私はそれをうまくこの世界にはめ込んで利用できるだけの機転がない。


結界を張れるということ? いいや、それは、ラザレフさんに利用されるだけの、ある意味弱点になる。結界を張らない、協力しない、としたところで、それはただの意地や感情の問題で、たとえば泥に飲み込まれる街を目の前にしたら私は結界を張るだろう。第一、トールデ街での異端審問官や教会の、住民たちへの意識操作を考えて、私の抵抗などどうにでもされる気がした。


何か一つ、何か一つでもいい。

ラザレフさんの、この、優しい顔で本心を隠している人の、心を殴れるようなものがないか。


ラザレフさんの言葉は正しい。優しい。保護者を亡くした私に差し伸べる手としては、きっとこれ以上ない贅沢なものなのだろう。


住むところや今後の生活の保障。最高の教育も受けさせてもらえる。


以前、ラザレフさんは私のレストランについての話を聞いたときに、教会で食事を配る施設を作ろうと提案してくれた。その時は拒否したが、この世界には外食文化が存在しない。それはなぜか、どうしてか、どうすればいいのか、それを知る為にも私には知識が必要だったし、教会での配給システムから外食産業に発展させるという道もある。


たとえば、私がスレイマンの死を受け入れて、そういうものだと諦められて、この助けられた命を大事にしようと、応援してくれた、夢見ていたレストランを、スレイマンのためにも開くために、私がラザレフさんの手を取って立ち上がって歩き続ける。


それはきっと、物語としてはとても良い。

完全なるハッピーエンドではないけれど、死というものを乗り越えて見える未来としては、とても色鮮やかで、良いもののように思える。


でも、駄目だ。

これはだめだ。

それはきっと、無理なのだ。


「どうして、死んだ人を生き返らせようとしてはだめなんです」


この根底から、私はわからない。


人が死んだ。

大事な人が死んだ。

そうか。そうなのか。それは、そうなのか。


そこまではいい。

スレイマンは死んだ。私を庇って死んだ。

何度も何度も反芻する。それを否定はしない。


でもわからない。


どうして、生き返らせようとしてはだめなのだろう。


この世界の常識や、様々なことを知れば諦められる、とラザレフさんは言う。けれど私はそうは思わない。

寧ろ、理由があって、それを知ったらななおの事、私は思うに違いない。


「ラザレフさんは、スレイマンにもう一度、会いたくないんですか?」


言葉が自然に口を突いて出た。

殴ろうと思ったわけではないのに、腕が勝手に動いたように、ごくごく自然に、ぽろりと漏れた。


そうだ。これが答えだ。私の今の、全てだ。

そう思うとすっきりとして、ぐるぐると回っていた色んな気持ちの悪いものが一気に解決したような、そんな気分になれる。


「私はもう一度スレイマンに会いたいです。それで、一緒に料理がしたい。私のわがままを、眉を寄せながら叶えてくれて、私がお礼を言うと、満更でもなさそうに鼻を鳴らすスレイマンに、会いたいです」


うん、よし。

私はぐっと腹に力を入れて立ち上がる。


真っすぐにラザレフさんを見つめて、握りしめていた掌を上にして差し出す。

そこには透明な氷のような結晶の、種がある。


私の言葉に硬直していたラザレフさんが、更に驚きで目を見開いた。


その口が何かいう前に、私は掌を再び握り、胸の前に持っていく。


「実は、あの魔女の手から、奪い取れていたんです」

「……発芽させる気かい?」

「そうですね。もしかしたら、スレイマンの体に植えたら何か起きるかもしれないって今思いましたけど……スレイマンの体はもっと別の事に使いたいんです」

「彼の死体は聖王国のものだ。こちらで、血の一滴まで全て活用するし研究する」

「酷いですね、ラザレフさん。さっきはスレイマンのお墓を作ってくれるって言っていたのに」

「墓の中身なんて必要ないだろう?」


その辺りの価値観は人それぞれだ。私は種を奪われないようにラザレフさんの動きに注意した。先ほど私に触れようとした右手は爛れて使えない。では左手だけれど、こちらは錫杖を握っている。


「この種は簡単には発芽させられないんですよね?」

「……方法は話せないけど、いくつか必要な聖遺物もいる。けれど、とても価値のあるものだ。君が自分の為に使っていいようなものじゃない」

「なら、スレイマンの体と交換してください。種は差し上げます。だから、スレイマンの体は、私にください」


一瞬、ラザレフさんの目に苛立ちのような色が浮かんだ。

これは演技ではない。

先程の私の言葉から、少しずつこの人の仮面にヒビが入っている。


「硝子の棺に入れて毎日花でも捧げるつもりかい」

「私がおとぎ話の王子様でスレイマンがお姫様なら、それで成人した私がキスしたら起きてくれる、なんて期待も出来ましたけど、髭のお姫様ってどうなんでしょう」


思わず真顔になる。

この世界の女性が来ているような美しい刺繍の衣裳ではなくて、なぜか、どピンクに真っ赤なリボン、フリルたっぷりの西洋ドレスに身を包んだ髭面のスレイマンが黄金と硝子の棺に横たわっている姿を想像してしまった。


「……そんな辱めを受けていたら、スレイマンは生き返るの断固拒否しそうですね」

「僕は今、君に乱暴して種を奪い取ることも出来るんだけど」

「そうしたら、私は心から悲しんで傷付いて苦しみますけど、それでいいですか?」


ラザレフさんではなく、私は星屑さんに聞いてみると、黙ってこちらの話を聞いていた星屑さんは、そこで初めて会話に参加してくる。


「私の親友を悲しませる人間種なぞ滅びろ」

「持つべきものは友ですね」


そう言えば、以前、トールデ街で火炙りにされていた時に、星屑さんに空の世界に行かないか、と誘われたことがある。


今もずっと黙っていたけれど、星屑さんが結界を出て私を空へ連れて行こうとしたら、そうなるのだろう。


「君は、いつも誰かの威を借りて自信たっぷりっていう顔をしているなぁ。エルザちゃんがあと十年歳がいっていたら、男の力を借りる小賢しい小娘、としか思えないよ?」

「何分人生経験も力も器も足りないもので。自分がしたいことが大それたことだと自覚していますから、あるもの全部使って並べて、身に着けていないと潰されちゃうじゃないですか」

「見苦しく他人の羽根で身を飾り立てたところで、動き回ればすぐに剥がれ落ちてしまうだけだと思うけどなぁ」

「えぇ、えぇ、みっともなくて結構です。というか、私の心を殴ろうとか、自尊心を煽ろうとか、あるいは羞恥心を掻き立てようとかしてくださるのは一人の人間として扱って貰えてる気がして光栄ですが……根が学のない単純な人間ですので、どうにもどうにも、響きませんね」


言葉で殴り掛かられそうになるので殴り返すと、ラザレフさんは困ったような顔をする。その体の持ち主の癖なのか、笑うとえくぼが出来た。


「足りないもの、未知なるもの、想像しかできていないものを、現実に引きずり下ろすのが人間の文化だと私は思っているんですけど。この世界的には違うんですか?」

「欲望があるから人は成長する。うん、そうだね、それはこの大陸でもそうさ。だから厄介で、ある程度は間引きしてきたんだけどなぁ」

「うっわ、デストピア」

「うん?なんだい?」

「いえ、こちらの話です」


そう言えば、職業軍人とか、信者を薬漬けで意識操作しているとか、この世界の宗教国家はヤバイのだ。


「で、どうでしょう、ラザレフさん。スレイマンの体はこちらに引き渡して頂いて、種だけで満足してくれませんか?」

「……種も自分で持っていて、僕に手ぶらで帰れと脅すこともできる筈だけど、それをしないのは?」

「聞けばなんでも答えて貰えると思ってます?」

「今日はよく殴られるなぁ……」


先程言われた言葉を同じようにして返すと、ラザレフさんが空を見上げた。





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