表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】野生の聖女は料理がしたい!  作者: 枝豆ずんだ
第五章 冬の踊り子編
87/162

聖女ってなんですか



なぜ人は生き返らないのだろう。

その事を、考える。


そもそも死ぬ、死という状態はどういうものなのか。

心臓が止まり、体中に血液が循環しなくなったために起こる様々な問題からの結果か。脳死。細胞の壊死。何かしらの不具合が起きて、体が死ぬ。


人間の体、細胞はあまりにも精密だ。

私の前世の日本人の女性の記憶を辿る。あの世界の科学や医学では、人を生き返らせる、ということは不可能だった。精巧な機械よりもっと複雑で、解明しきっていない人体。機能が停止することを死とするのなら、その機能障害を取り除きを全てを元通りにすることは、できないと、それがその世界のその時点での結論だった。


「どうして、スレイマンは死んだんでしょうか」


どうもこんにちはから、こんばんは、ごきげんよう。エルザ・イブリーズです。


色々ありまして、正直何もかも投げ出して逃げてしまいたいですが、私が諦められるのは自分のことだけなので、今回はどうもそうにもいかない、と自分の中で喚くものがありました。


ラザレフさんが私に向ける言葉は、私の中に届かない。

ただ、今の疑問だけがあり、私はそれを口にした。


「あの時、あの魔女の少女は、ただ目を見て落ちろと言っただけ。刺したわけでも、殴ったわけでもない。心臓は今、止まっているけれど、それが死因になったんでしょうか。それとも心臓が止まったのは結果で……スレイマンは、どこから死んだんでしょうか」


受け入れられない。認めたくない。

ただ冷たくなっただけ。ただ心臓が動いていないだけ。ただ息をしていないだけ。目を閉じているだけと、そのように見えるスレイマンを見つめる。触れた手は硬くなり、死後硬直していくのがわかる。


けれど、私はこの死体を前に、自分の心が冷静になっていくのを自覚した。


この世界でも、死者を甦らせることはできない、という。それはわかった。人間の代表である大神官ラザレフさんの知識の中でも、そして人間よりずっと長く、そして多くのことを知っているであろう星屑さんでも「それは不可能」とそう言っている。それはわかった。なるほど、それは、わかったけれど。


「腕を再生させたり、その他の、私の記憶の医学以上のことが可能なこの世界なのに、どうして、死という状態だけは治せないんでしょう」


あの魔女は魔法か何かで、四肢を斬りおとされた騎士ロビンの全てを元通りにした。いや、そもそも、スレイマンだって、四肢を斬りおとした際に起こりうる肉体へのショック死を防いでいるし、止血もなく、その他の内臓への影響もなく、あの状態のまま生かして置けた。それらは可能なのに、なぜ死んだ、体に何らかの不具合があって生き続けることができなくなった人間を、治せ、いや、あえて、直せないのだろうか。


私にはそれが疑問だ。


死ぬ、または、生きているというのは一つの状態で、壊れたものはなおすことが、どうして壊れたか、どういう仕組みなのか、何が足りないのか、必要なのかがわかれば、可能だと、私は単純に考えてしまう。


「……もしかして、彼を生き返らせようとしている?」

「していますけど、それが何か?」


問いに問い返せば、そこでラザレフさんは一寸不思議そうな顔をする。


「……もしかして、君、絶望していないのかい?」

「していますけど、それが何か?」


何を分り切ったことを聞いてくるのかと、私は眉を顰める。


スレイマンが死んだ。

私を庇って死んだ。

私が余計な事ばかりするから死んだ。


それはわかってる。それは、知ってる。

それで、そして、それだから、何だと言うのか。


「スレイマンが死んだ。分っていますけど、それで絶望してますけど、何ですか?」

「いやいや。して、ないでしょう、君。自分の所為で彼が死んで、そしてその所為で魔族が活性化して、君の所為で人間種の危機になってる、って本当に重く受け止めてるなら、その重責に、その大それた罪に、そんな顔は出来ない筈だ」

「あぁ、それなら、えぇ。まぁ、別に、その件に関しては、私は気にしていませんから」


先程から何やらラザレフさんが私に呪いのように染み込めと囁いてきた言葉の数々だが、それらは私の中に留まらず素通りしている。


「なん、だって?」

「何もかも自分の所為だと嘆いて勝手に苦しんでがんじがらめになって自分で自分の首に縄を巻き付けて飛び降りる瞬間に救済を求めて償いをしようとそれが己の生だと悲劇のヒロイン面しても私程度に出来る事なんかたかが知れてるじゃないですか」


気にしない、と言ってから、私はそれを自分の中の真実にするために、すぅっと息を吐いて一呼吸に捲し立てる。


「私が絶望しているのは、スレイマンが死んだってことだけです」


私には、エルザと彼が呼んでくれた私には、大きな狼の母さんとスレイマンとの日々が、生の始まりだった。森を出て、スレイマンと歩いて、生きて、そして目指した未来がある。

それは最初は、前世の日本人の女性の記憶と思いが出ていて、そうすることが自分の幸福で願いだと感じてきた。


自分のレストランを開いて料理長になる。

けれどそれは、前世の日本人の女性の執着で、今の私の目標ではない。


私はレストランを開きたい。

私は料理長になりたい。

スレイマンが副料理長をしてくれているレストランの、料理長になりたい。


「あの洞窟から、ひと目で訳ありで人を憎んでいて絶望しているあの人を連れ出すときに、約束しました。一緒に生きましょうって」


そう思っている。

今も、そう、思ってる。


「今、私がどれくらい絶望しているか、それを喚いて嘆いてお知らせする必要性がありますか。ないですね。だから、私の苦しみは私の中で自己完結しました。私が外に向けてあらわにする感情は決まっています。『諦めない』『私はスレイマンを終わらせない』」

「君は、次の魔王の器がスレイマンの生まれ変わりだ、とは考えないのかい? ありもしない死者蘇生について時間を費やすよりも、それならば次の魔王の器を、そうだね、君が自分自身で産めばいい。そうしたら、君の大好きなスレイマンの続きができる。君の理想通りに育てることだってできるだろう?」


この人、私が幼女だということを失念していないだろうか。


明らかに子供相手に話す内容ではない。しかし、俗世間に隔離されて育ったという大神官様なので、その辺りのさじ加減が上手くできないのかもしれない。子供だとは思っている、けれど、子供と侮っているだけで、その理解力がどの程度なのかというところまでは気にしないのだろう。


私はラザレフさんの言葉に首を振った。


「それは、ちょっと意味合いが違うじゃないですか」

「と、いうと?」

「スレイマンは、魔王とは別の人格ですよね」


自分自身や、魔女の娘のミシュレや、彼女の生まれかわる体になるはずだったイレーネさんと話して、なんとなく感じたことだ。


たとえば、魔王そのものを個体Aとして、スレイマンは個体Aの魂と記憶を持っているかもしれないが、スレイマンの体の感情というのか、自我というのか、そういうものもごっちゃになった存在だったのではないだろうか。


魔王の個体A+スレイマンという人間の自我、それが混ざって、彼を作っていた。

つまり、次に生まれてくる魔王の器になった人間は、魔王の記憶はあっても、スレイマンの、人間として生きた魔王の記憶はない可能性が高く、私はそれはもう別の人間だと思うのだ。


「ラザレフさん、人を生き返らせる方法がない、というのは、どうしてですか? それが、どんな魔術や魔法を使っても、不可能だと結論付けられたからですか」

「人間種は死ぬために産まれてきている。死は役目を終えたということだから、その状態からもとに戻れるようには、僕らは作られていない。そして、そう定められたというのに、それに抗おうとするのは、僕らを作り出した神への反逆だ」

「神様、ですか」


この世界のことは、私は知らない事が多い。あたりまえに言われても、それが常識だという顔で語られても、私にはピンとこない。


「でも、神さまたちは倒れて、神代は終わったんですよね? もういない神さまの顔色を窺わなくてもいいと思うんですけど。いないのなら、もう天罰なんかもないでしょう」

「君は恐ろしいことを言うね」


ぞわり、と私は鳥肌が立った。

これまで静かに、穏やかに話していたラザレフさんが出した低く冷たい声に体が震える。


「僕らの世界が未だに存在し続けられるのは、魔法や魔術によって文明が支えられているのは、最弱の種族である人間種が未だに滅びずにいられるのは、全て、全て神々の犠牲の上に成り立っているんだ。軽々しくも、そんな言葉を吐くものじゃない」


神様たちが全員死んだから、今も魔法や魔術が発動できる、とかその辺りのことだろうか。

恩恵に感謝を。それが信仰心になる、というのは、わからなくもない。


「では次の質問を、“聖女”とは何ですか。スレイマンは、私には聖女の素質はない、と言っていましたが」

「それは僕らが定める“職業聖女”の素質のことだろうね。君はこの世界の歴史を?」


知らないと答えれば、ラザレフさんはサッと錫杖を振った。

すると宙に大きな大陸のようなものが映される。物が浮かんでいるというより映像に近い。


「その昔、世界はこんな風に一枚の大地だったんだ。けれどある日突然、大穴が開いて、そこから泥や……そうだね、分りやすく言えば、人間種にとって有害な瘴気や、大地を蝕む物が溢れだしてきた。神代が終わった世界ではその泥をどうすることもできなくて、人間種の生活圏はどんどん蝕まれて狭くなっていった」


それを、ある日突然、一人の神代の力を使える聖女が現れて結界を張ったのだという。


「それが第一結界時代。人間種の生活圏全てを覆うのはたった一つの結界でよかった時代だ」


けれど聖女は死ぬ運命の人間種であるため、その時代は長くは続かなかった。結界を受け継げる程の神性を持つ救世主はそう都合よく現れるわけもない。

聖女が死した後は、彼女の力を受け継いだ四人の子供たちが、一つの結界が守っていた土地を四つに割り、結界を張り直した。


「これが第二結界時代。けれど、その後は続かなかった。初代聖女の血は薄れて受け継がれず、四人の子供も死んだあとは結界を維持できるだけの神性を持つ者がいなかった。当然だろうね、初代様と比べれば四分の一と言えば少なく聞こえるが、世界の四分の一だ」


最初に、北の大陸の聖女が死に、泥に飲み込まれ沈んだという。そして東の大陸もほどなくして聖女が寿命で死んで同じ運命を辿った。


「この南の大陸はただ聖女の死を待つだけの、奇跡を口を開けて待つだけの道は選ばなかった。聖女を、作り出したんだ」

「作り出した?」

「そう。結界を分轄した。特別な、伝説の聖女一人で作り維持するものから、一つの大陸にいくつもの……内に星屑種を納める事で力の源を確保し、神性を持つ娘が結界を維持する魔術式を行う事で半永久的に発動し続ける結界に変化させてね。聖女というのを、選ばれた特別な存在ではなく、適性のある人間が訓練を積めば就ける職業にしたんだ」


分轄されたすべての結界を、聖王国が管理しているそうだ。

聖王国は聖女システムを作り、魔術学校で聖女コースを作り、そこで結界を維持させることが出来る《職業聖女》を教育し輩出し続ける。

これにより、南大陸は泥の侵攻を防ぎ今の今まで続いてこれたのだとラザレフさんは言う。


「でも君は違う。君は結界が張れる聖女だ。君がいれば、泥に沈んだ土地を取り戻せる。限られた生きた土地を奪い合わずに済むんだ」


つまり私は《職業聖女》が人工の聖女だとすると、天然聖女……野生の聖女というわけか。


どうも、こんにちはからごきげんよう、野生の聖女、エルザです。

うん、なるほど、こうなるのか。


しかし……この世界、結構詰んでないか。


魔王やら魔族という脅威もある。

生きた土地も限られている。

魔力や魔術が使える時間も限られている。


いや、様々な問題をどうにかしようとして、聖女システムや魔王の魂を封じたりとか、おそらくは、ザークベルム家の雪と魔女のあれこれなどがあったのだろう。


私に世界を救え、と言ってきたのも、私が利用できるから、とわかった。


「色々分りました。ありがとうございます」


ひとまずお礼を言って、私は今後の事を考える。


「私は次の聖女になって魔王の魂を持つ子供を産む気はありません」

「職業聖女の候補に産ませられればいいんだけどね、生憎魔王の器を生める聖女は、この大陸全ての結界の星屑種に祝福を受けなければ魔王の魔力に負けて死ぬ。ここの結界の星屑種、鷹殿は君を気に入っているようだし、結界を張れる程の神性を持つ君の腹なら魔王の記憶すらない状態で産んでくれそうなんだけど」


なにサラリと外道なことを言っているのだろうか。

いや、人類の守護者であるラザレフさんなら、まぁ、そういう判断もするだろう。


「そもそも現時点で、私、四歳なんで子供は産めないと思いますけど」

「うん。それはそうだよね。だから、産める体になるまで待つつもりだ。でもその間に、魔王の魂を取り戻そうと魔族が攻めてくるかもしれないし、不安になった諸侯が戦争を始めるかもしれない。そうならないように、エルザちゃんには結界の強化をして欲しいんだ。僕らの聖女が習う事も勉強して貰いたいし、今の君は知らない事が多くあるだろう? 悪い話じゃないと思うけどな」


私が罪の意識にさいなまれていないと知ると懐柔に舵を切り替えてくる。

ラザレフさんは、私が平和を良いものだと認識し、平和がずっと続く方が良いと思っていることを知っている。だから、このまま私がラザレフさんと行かなければどうなるか、と選択を誘導してくる。


初潮はいつから始まるだろうか。

個人差はあるだろうが、大体十歳前後として、そうなると私は5,6年くらいで魔王の魂を胎に宿すことができるようになってしまうらしい。


学校で学べる、というのは確かに私にとって良い話ではある。文字も書けない現状だから、スレイマンを生き返らせる方法うんぬんを調べることがまず難しい。


「五年内にスレイマンを生き返らせられなければ、私が次の器を生んで責任を取る、っていうのは落とし所としてはどうでしょう」

「君は本当に、生き返らせられると思っているのかい?」

「死がどういう状態なのか、スレイマンの死因がなんなのかとか、まだわからないことがたくさんあるので」


本当に、死を取り除くことは不可能なのか。

それを私は調べたい。


なぜできないのか、何が足りないのか、どうすればできるのか、考える。

状態を変化させるのは思考を止めないことだ。絶望している暇はない。


ドンッ、と自分の胸を強く叩く。

そして気付いた。


「あれ? 星屑さん、私、前にこの泉でクロザさんに刺されて、その時、一回死んでますよね? っていうか、私、多分、馬車が転落して、その後刺された時に、死んでますよね?」




Next

感想とか励ましのお言葉ありがとうございます(/・ω・)/メッサウレシイ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ