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【書籍化】野生の聖女は料理がしたい!  作者: 枝豆ずんだ
第五章 冬の踊り子編
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騎士ロビン(1)




霊峰ムイシュル山は古くから、人間種を強く拒む結界が張られていた。


ここは魔女の領域であると宣言され、侵入者は魔女の鉄槌が下るとそのように知らされてから300年、この山に足を踏み入れようとするのは魔女に供物を捧げ己の願いを聞き届けて貰おうとする愚か者くらいなもの。


そういう連中は、魔女の領域を荒らしたと残酷な死に方をするに決まり切っているのに、それでもどうかどうぞ、願いをどうかと、縋る者は後を絶たないらしい。


スレイマンは鉄の脚の馬に乗り、自分の後ろを付いてくる騎士達を面倒くさそうに振り返った。

はっきり言えば、邪魔以外の何物でもない。だが、この魔女討伐はイレーネの初陣であり、今後ザークベルム家の名誉挽回、そして女の身のイレーネが認められるための都合の良い舞台でもある。


騎士団長ロビンの馬に乗せられ緊張した面持ちでいる金髪の娘は、まっすぐにこちらを見つめていた。


「……妙だな」

「異端審問官殿?」


山を進み、スレイマンは眉を顰める。


「……踊り子共の抵抗でもあるかと思えばそれもない。山道にしても、もう少し……邪魔をしてくるものと思ったが」


魔女の住む山だ。主人である魔女が望めば道は閉ざされ、木木は生い茂り侵入を拒むもの。しかしそれがなく、ただの獣道という程度になっている。


「異端審問官殿の力に恐れをなして山を捨て逃げたのではありませんか?」

「世辞はいい。他に予想される事はないか」


馬を寄せて朗らかに言ってくる騎士団長を一瞥し、スレイマンは周囲の気配を探る。何者かが潜んでいる様子はない。山頂には一度掴んだ魔女の気配があるので、踊り子たちが逃げていたとしても魔女はまだ残っている、それは間違いないだろう。


抵抗してくれば返り討ちにするが、それがなかった。手間が省けたと考えるべきか、それとも何か狙いがあるのか。


踊り子たちが再び街へ行き、雪を落とそうと狙っているのなら今度は全滅させればいい。それらは大した問題ではない、とスレイマンは思い、馬を進めた。


すると、突然、馬たちが一斉に嘶く。


「ッ、どうした」

「わかりません!!―――あれは……!!? なんだ、あの、化け物はッ!」


馬を宥めながら、スレイマンはロビンの向いた方、山頂に顔を向ける。


「……魔獣、か?」


山頂から流れ落ちるように、巨大な体の魔獣がこちらに向かって勢いよく駆けてきた。木々をなぎ倒し、咆哮を上げ、体中から泥を撒き散らしながら、氷の鱗に四足の、魔獣というよりは醜くおぞましい化け物が現れた。


「全員防御の陣を張れッ!!! あれを、食い止めるぞッ!!」

「馬鹿どもが、あれが貴様らの手に負えるものか」


見るもおぞましい、瘴気を撒き散らし腐食の泥を流す化け物を見て、騎士達が叫ぶ。あれがこのまま山を下りて、クビラ街につけばどうなるかをすぐさま考えたからだろう。


スレイマンとてそれは同じだった。

街にはエルザがいる。こんな怪物を見たら驚くだろう。そう思い、すぐさま広範囲の雷の魔法を展開し、怪物に向かって落とした。


「おぉ!! さすがは異端審問官殿!」

「なんと凄まじい力だ!!」


ドゴォオンと、周囲に雷鳴が轟く。

ドゥゼ村の近くの森に棲む大蛇を倒した一撃だが、しかし怪物は一度大きく体を震わせたものの、倒れはしなかった。


「……あぁ、そうか。なんだ、そうか、貴様、魔女の成れの果てか」


ふむ、とスレイマンは馬から降りて杖を突く。

咆哮を上げ、その衝撃で木や騎士を薙ぐ怪物を見つめてクツクツと笑い声を立てた。


「魔女……!? これが、この怪物が、ですか!?」


盾でイレーネを守りながら、ロビンが叫ぶ。

それに答える義理はなく、スレイマンは暴れその異形と化した怪物に向かい杖を振り下ろす。上空に高く現れた巨大な槍が三本、その身を貫いた。


絶叫が空を割る。

怪物は青い血を流しながら、大地に打ち付けられ、頭を垂れた。


「なりふり構わんな。なんだ、貴様、魔女のくせに心があったんじゃないのか?」


続いて呼び出した真赤な鎖で怪物の四肢をしばりつけ、身動きできぬように腕を振って槍の数を増やす。王都の貴族の子供が好む動物の標本のような無様な姿になったので、スレイマンは満足げにゆっくりと頷いた。


「天狼の骨より生じたお前達魔女には種と、そして核がある。核を砕けばその身は太古の獣に戻るが、二度と戻れぬ上に、厄災そのものと化した以上、他の魔女に狙われる。そうとわかっても抵抗したかったか。この俺を殺す目的ではないな。そうか、そんなにも、ザークベルムが憎かったか」


ハハハ、と声を上げて笑えば怪物が血まみれの口で、血反吐を吐きながら唸った。お前に何がわかる、と怒鳴るようなその反応。


「わかるとも、あぁ、わかるさ、これが笑いごとだがな。貴様の気持ちはわかる。俺も同じ気持ちだからな」


スレイマンは魔女の、女の気持ちなんぞはわからない。だがこの魔女が、必死に必死に、ザークベルム家に報復を、滅びをとなりふり構わなくなっている、その理由は理解できた。


「俺とて、エルザが同じ目にあったら、世界を呪う」


何のことはない。

心を持たぬ、人の思いなどまるで理解できない魔女が、己の娘を愛していたと、それだけだ。


表し方や、方法は人と異なったかもしれないが、ラングダはミシュレという己の養い子を大切に思っていたのだろう。

だから、本当に幸福を願っていた。自分の元では幸福にはなれない。だから、魔女が考える最善で、その土地で最も裕福で地位のある人間の元へ預けた。そこならば幸福になれるだろうと、人の世に疎い魔女は、必死に考えて娘を送り出した。


それが無残に殺された。


ただ淡々と、契約が破られた故の報復などと、それが道理などと言っておいて、いや、当人とてそのつもりだったのかもしれない。その程度だと自分で思っていたのかもしれない。


だが追い詰められて、追い立てられて、魔女は逃げる事も殻を被る事もせず、自分の身を穢してまで、それでも一つの願いを決めた。


『オオォオオオ、憎イ、憎イ、憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪!!!!』


怪物が叫ぶ。


『我ガ子ヲ殺シタ!!!! 殺シタ!!!! アァアアアアアア殺サレタ!!! 許スモノカ!!!!! 認メルモノカ!!!!!! 殺ス!!! 殺ス!!! ざーくべるむモ!!! アノ街モ!!!! 全テ砕イテヤル!!!!』


耳障りな怪物の声は、有り得ぬ魔女の感情が全て詰め込まれていた。


怪物は自らの腕を噛み千切り、鎖の拘束から逃れた。

体中に雷の槍を刺したまま、身を捩って進もうとする。


「そうか、だが無理だ」


再び、スレイマンは雷撃を落とした。先ほどより威力の大きな一撃は、怪物の肉を焼き周囲に悪臭を漂わせた。

骨や臓器を見せながら、それでも進もうとする怪物のその意思の強さだけは見事であるが、己が倒すと決めたのだから、諦めろと呆れたくなる。


『何故!!何故邪魔ヲスル!!! 妾ノ復讐ヲ不当ト申スカ!!!』

「いいや? まさか。貴様は正しい。貴様の復讐は奨励してやりたいとすら思っている。己の養い子の仇だ。無念だ。報復だ。是非とも進めるがいい。滅ぼせ、滅ぼせ。貴様の名誉のためでなく、ただ養い子への情の為に暴走するがいいと、なんならいっそ手を貸してやりたいとも思っている程だ」


魔女の復讐劇だ。

娘を殺された魔女が、本来の噂通り、ザークベルム家を憎み呪い殺そうとしている。それは道理だ。正しい流れだとスレイマンは心から思う。


『ナラバ何故!!! 妾ノ胎ノ種ガ……生命ノ大樹ガ欲シイナラバクレテヤル!!! 妾ヲ征カセロ!!!アノ街ヲ!! ざーくべるむヲ滅ボサセロ!!!』

「愚か者が。あの街は俺とエルザのものだ。ザークベルム家も全て使い道は決めてある。貴様にくれてやるものなど一つもないわ」


ここにエルザがいれば「えぇえーーーー?!」と突っ込みをいれただろう矛盾した発言を堂々とのたまい、スレイマンは巨人族の首切り斧という魔宝道具を召喚し、その首めがけて振り下ろす。ラングダの必死の抵抗もむなしく、その斧は怪物と化した魔女の首を斬りおとし、大量の血があふれ出し大地に染み込んだ。


『ァアア……アァァ……み、しゅ……』


斬りおとされた首が、事切れる瞬間に何か呟やいたが、スレイマンの耳はそれを拾うほどの関心がない。流れた血で自分の足元が汚れたので洗浄の魔法を使いてきぱきと周囲を浄化した。


同行した騎士たちの半分は、ラングダの咆哮や泥、暴れた四肢により絶命したようだが、イレーネはロビンに守られて無事のようだ。


「お見事、お見事でございます……!! 魔女の一柱が……こうも容易く……」


興奮した面持ちでロビンが駆け寄る。


「討伐の手柄は、この討伐隊を決意したイレーネのものにしろ。魔女の娘の生まれ変わりという悪評がついている双子が魔女を葬り世界を救う種を手に入れたとなれば王都の大神官も、」


あれこれ命令をするスレイマンの言葉は最後まで紡がれなかった。

笑顔で近づいてきたロビンの手には剣が握られ、そしてそれはスレイマンに向かって振り下ろされる。


熟練の騎士の、一閃。

魔女を殺し、体の力を抜いていたスレイマンであったが、杖でその剣を受け止める。魔術で強化された杖は剣を折り、ロビンの目に驚愕と、そして何か楽しむような色が浮かんだ。


「避けられるかと思いましたが、受けましたか!! そして我が剣がただの木の杖に!! いやはや、異端審問官殿はお強い!」


折れた剣を捨てて、素早くロビンは短剣を抜き放ちスレイマンめがけて投げた。叩き落す、あるいは避ける事も考えたが、スレイマンは片手で短剣を受け止め、魔力を込めて短剣を砂にする。


さらさらと流れるそれを眺めながら、ロビンは更に面白そうに笑った。


「人間種が到底かなわぬ魔女を討ち滅ぼしたこの俺を、たった今目にしながら、愚行をする貴様の意図がわからん。少し生かしてやるが……聞けば答えるか?」

「貴方様はどうお考えです? 異端審問官殿」

「生まれてからこの方、恨まれる理由は多くある。実は貴様が、俺がかつて虫けらのように扱って殺した者の縁者でその復讐だ、というのなら、腕くらいはやるが」


己を恨む者なら、その憎悪は正当なものだ。下手にエルザを巻き添えにされては困るので、そう提案すると、ロビンは残念そうに首を振った。


「成程、ここで実はそうなのですと嘘をついて貴方様の腕を頂いておきたいところですが……残念ながら、貴方様には恨みも何もありません。むしろ、よくぞ魔女を討ち滅ぼして下さったと我が主人より勲章を賜れないものかと熱望するほどでございます」

「主人?」


ザークベルム家に長く使えた、騎士団長ロビンの主人はクリストファ・ザークベルムの筈だ。だが、勲章を贈れる立場ではないし、何より、ロビンには領主は魔女に殺されたと言っている。


解せぬというスレイマンの顔に、ロビンはにっこりと人好きのする笑みを浮かべてごそごそと鎧の隙間から分厚い革袋を取り出した。


「はい。遥か遠く、偉大なる我が祖国、大国アグド=ニグルの皇帝陛下でございます」


中から取り出したのは、瑠璃色の宝石のついた指輪。


その指輪に刻印されたものは、大国アグド=ニグルの王命を受けた者のみが所持を許される赤鷹に炎を模した紋章だった。


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