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【書籍化】野生の聖女は料理がしたい!  作者: 枝豆ずんだ
第五章 冬の踊り子編
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幽霊の愛の、終わり(2)




花のジャム、と簡単に言ったけれど本来ジャムを作るほどの花弁の量は相当なもの。手頃な瓶一つ分なら50グラム……小鍋いっぱいであふれるくらい必要だ。


それをたった一輪程度でどうにかしようというのだから、それはもうジャムじゃなくて砂糖水の花びら漬けだよね! などと思わなくもない。


しかしまぁ、炊き出し用のスープ作りの片手間にコトコト煮込んだ小鍋には青い綺麗な色でそれなりにとろみのついたジャムモドキが出来上がった。


「実際効果あるんでしょうかね?」


さて、と私は意識が混濁しブツブツと独語を話すセレーネさんの体をアゼルさんに起こして貰い、壁を背に座らせる。


「それで、ご主人様。どのようにされるのです?」

「……そのご主人様っていうの止めて欲しいんですけど」


何で急にアゼルさんが私を主人認定したのかはわからないが、違和感がありすぎるので止めて欲しい。


しかしアゼルさんは何度お願いしても止めてくれない。嫌がらせなのかもしれない。


ミシュレには冗談と挑発の意味で『騎士が欲しい』なんて話したが、私が欲しいのは飲食業経験者あるいはそれに適した才能の持ち主であって、騎士ではない。


「……今飲ませた薬には、自白というか……自分が最も悲しかった事、を告白する効果があります」


私がスレイマンの後を追うと告げたことで襲い掛かって来てくれたセレーネさん。その真意は何だろうか。


今のところ彼女は、というか、双子はこちらの味方、という顔をしてきた。


二人の目的は自分の母を殺めた領主を殺すこと。

それで、スレイマンが約束してくれたし、自分たちも領主の家の人間なのだから務めを果たす、というような顔で、対策本部や、魔女討伐の為の重要な席に堂々と座っていた。


だがそれが本心か?


本心だろうか?


双子は18年間、このザークベルム家で生きてきた。それなら、領主を殺める機会など何度でもあったはずだ。それをしないのは?

殺す決意をするためにスレイマンを試しに刺した、なんて通り魔宣言もされたが、あまりのあんまりな理由に私も絶句したが、しかし、本当にそうだろうか?


私と心を共有し合ったミシュレでさえ、簡単に嘘をついて騙そうとした。

それなら、心の読めない他人。殆ど面識がない、けれどあちらはこちらを色々承知らしい双子が、純粋無垢な顔でうるうると瞳を震わせて語る言葉を信じられるものだろうか?


「教えてください、セレーネさん。貴方が一番悲しかったことは?」


問いかける。彼女にとっての悲劇とは?


これまでの情報通りなら、母親が殺された事、だろう。それが双子の行動の原点であると知らされている。


ぶつぶつと虚ろな目でつぶやくセレーネさんが、ハタリ、とその目をこちらに向けた。


まだ覚醒しきっていない目、だが口はしっかりと答えてくれる。


「わたくしが、魔女の娘の器ではなかったこと」




++++




「……追いかけましょう、急いで」


セレーネさんの告白を聞き終えた私は、すぐさまアゼルさんに移動を手伝ってくれるようお願いした。

マーサさんをドゥゼ村から攫った時のあの獅子は、アゼルさんの影に住んでいる魔獣だという。魔獣の脚があれば魔女の住む霊峰を駆け上がることもできるかもしれない。


ドクドクと心臓が鳴るのは、不安のためだ。

嫌な予感もする。


「かしこまりました。ご主人様、それでは今すぐ参りましょう」

「はい?」


言うが早く、アゼルさんは私を俵抱きにして窓枠に足をかけた。


「……あの、アゼルさん?」

「ご安心ください。このアゼル、けしてご主人様をうっかり落としたりは致しませんので」


真面目な顔で言われても、いや、え? まさか、このまま窓からダイブ、とかじゃないですよね? と聞く暇もなく、アゼルさんはコードレスバンジー、いや、ピーターパンのように勢いよく窓から飛び出した。


「ァアアアアアアアーーーー!!!!!! ……うん?」


まだスレイマンとも飛び降りたことないのに!! と、何か妙なことを思いながら絶叫をあげるが、それはすぐに、ふわり、と浮遊感によって止まる。


「……すっごい、ファンタジー」


気付けば、翼の生えた獅子の背に乗っていた。立派な鞍のついた、黄金の鬣を持つ獅子は太い両足で空を蹴り、力強く羽ばたく。


「如何でしょう、我が友の背は」

「いやぁ、なんというか……凄い、としか、すっごい……かっこいいですね」


語彙がなくて申し訳ないが、本当に、凄い、としか思い浮かばない。


これまで魔法種とか、魔術、魔法の類は見てきたが、やはり空を飛ぶということは……体感して見て、とてつもない感動がある。


今、自分が空を飛んでる。


「アイキャンフラァアアアアアアイ!!!! ―――あれ? でも、あんまり風を感じないですね」

「えぇ。この鞍には風の魔術式が刻まれておりますので、騎乗時には展開されております」


私の奇声には突っ込まず、アゼルさんは獅子の手綱を取りながら説明してくれた。


「完全に防御しきれていないのはご勘弁ください」

「いえ、十分です。風が気持ちいいくらいですよ」

「そうでしょう! そのために態々一段階低い魔術式を編んで頂いたので!」


魔術式のレベル的な問題かな、と思ったら当人の趣味だったらしい。


うん、そっか……。まぁ、好みは大事だよね、と私は空を飛ぶことの素晴らしさを語り始めたアゼルさんを聞き流す。


「……」


街の上空を飛ぶ。

当然だが、足元には街の惨状が広がっていた。

真っ白い雪で覆われていただけではわからなかったこと。

楽観視していた、のかもしれない。赤く染まる石畳や、嘆き泣き崩れる街の人たちの顔は、見覚えがあった。


夜間のため、あちこちで魔術の灯りや松明がともっている。

まだ朝になれば、日が昇れば、もっともっと、明らかになるものがあるのだろう。


ぶるり、と私は体を震わせる。


「ご主人様? 寒いのでしたら、もっとこちらへ」

「いえ、大丈夫です」

「……眼下の光景に貴方が心を痛める事はありません。全ては、ザークベルム家の招いた事です」

「それは、自分の事も含んでますか?」


私を気遣ってくれるアゼルさんに、しかし、私は聞いてしまった。


「……私のご主人様は手厳しい」

「すいません、性分なもので。貴方が、ザークベルムの血を引く人間としての自覚と、責任を感じているのか、それともザークベルム家に仕える騎士としての自覚と責任なのか。貴方の立ち位置はどっちです?」


悩むのは後で良い、とは言ったがこの立ち位置は重要だ。

私は私を抱え込むようにして獅子を操る騎士を見上げる。


「……この街が好きです。私を受け入れない街でしたが、子供が自由に遊び、夕暮れ時になると母親が幼子呼ぶ声がする。平和で、平穏な、自分が生まれ育ったこの街が、私は好きなようです」

「……」

「この街は、滅ぶのでしょう。6代前のザークベルム家が、魔女との契約を破った時に、滅んでいたのかもしれない。けれど今日まで続いて、しかし、もう無理なのでしょう?」


アゼルさんの顔には諦めが浮かんでいた。

先程の、セレーネさんの告白を一緒に聞いていたからこその結論。


私はじっと見上げ、眉を寄せた。


「いえ、それは困るので、どうにかしに行くんですけど」

「しかし、無理でしょう。いかに君の養父殿が優れた魔術師であったとしても……ロビン卿は最強の騎士です」

「その点はまず大丈夫です。一番強いのはスレイマンなので、私が人質にでもなってない限りスレイマンは負けません」


確かに、ロビン卿の思惑通り進めばこの街は滅ぶだろう。

見せしめとして生き残った街の住民たちも処刑されるだろうし、バッドエンドまっしぐらだ。


だがそれは私には都合が悪い。


折角この街に餃子文化を広めようとしたし、ルシタリア商会によってテリーヌ、新たな保存食だって発展するかもしれない。


「氷の魔女やロビン卿はスレイマンがどうにでもするでしょう。私たちの相手は、イレーネさんです。彼女はスレイマンを殺せる。一度は刺せましたからね」


シンクロニシティ、という言葉を私は思い出していた。


詳しい解釈は難しく、哲学的要素が多すぎて私にはわからないが、簡単に解釈してしまえば「一度起きたことは、二度目も起きる」という、一種の概念だ。


子供の頃読んだ漫画で紹介されていたので覚えていたのだが、とある男性が友人Aとプティングを食べた。すると、彼がプティングを食べようとすると、その友人Aと遭遇する確率が高くなったというもの。


私の前世の世界でのことだが、これが、異世界での魔法のしくみ、に近しいものではないかと、そう考えた。


たとえば、私が結界を張る。けれど本来は聖女が歌い踊り張るものだ。それを私は色々「代用」して料理の形にしたけれど、もしかして、これは概念なのではないだろうか?


大神官ラザレフさんは言っていた。

300年前の聖女は、歌と踊りが好きな少女だった、と。

その「好き」の度合いは……もしかして、嗜む程度などではなく、私が料理にかける感情くらい……クレイジーなものだったのではないだろうか?

だから、それが私にとっての前例となって、私が全力で料理の腕を振ることが、結界を張る魔術、あるいは魔法として昇華されたのではないだろうか。


そう気付いたのは、ミシュレの井戸での事。

ミシュレは魔女の娘であったけれど、本来はただの人間の少女だ。それが、強い意志と意地によって代々呪えるほどの存在になり、そして井戸というザークベルム家の凶器を自分のものとした。それは、井戸が凶器として使われた前例があったから、そこで殺された自分の凶器として取りこめたのではないか。


「イレーネさんはスレイマンを殺せる可能性を持っています。ロビン卿がそう仕向けた。だから、私の目的は、イレーネさんを殺すことです」

「……ご主人様が手を汚されることはない。必要であれば、私が斬ります」

「私はスレイマンを傷付けた双子を許す気はないですし、イレーネさんへの敵意と殺意があります。彼女がスレイマンを刺した、という事実を利用して再び同じ事をしようとしているのなら、それを止められるのは私しかいないと考えています」


子供が出す言葉ではないと自分でも思った。

アゼルさんは驚いた顔で私を見つめているし、私も実際、殺すと決めてもできるかどうかわからなかった。獣を絞めるのとはわけが違う。


躊躇うだろうか。

それとも、案外あっさりできるだろうか。


あぁ、そうか、と思い当たることもある。

あの双子の言葉、何もすべてが嘘ではなかった。

父親を刺す前にスレイマンを刺して練習しておきたかったというその心、それは、本心でもあったのだろう。人を刺せるか、その緊張。


私は目を閉じて想像してみる。


スレイマンが、あの大きな背のひとが華奢な金髪の少女の手によって刺され倒れ、地面を真っ赤に染める様を。


私は、自分が料理をしたいと、ただひたすらこの転生した異世界でも貫いてきたのは、前世の自分の意地もあったと思うし、というか、大半がそうだっただろう。


けれど今は思う。


私はもう、あの厨房で震えていた私ではないし、今の私は日本人ではなくて、この異世界で生まれて、大きな狼の母さんに救われ育てられ、スレイマンと歩いてきた、エルザだ。


私が料理をしたいのは、お店を持って、そこでそれを商売として生きていきたいのは、前世のやり直しだからじゃない。自分の前世の証明でもない。


「私は必ず、スレイマンと一緒にレストランを開きます」


スレイマンが魔王なんてしなくても、生きられる世界を。

大神官ラザレフさんが否定したスレイマンの人生全てを。

スレイマンの為じゃなくて、私がそういう未来がいいと、望んでいるから。


前世の私のままでは考えもしなかったことだ。


お店を持つこと、料理をすることを目的としないで、それが手段になっている、そう自覚した瞬間から、私の中でガラガラと崩れて遠のき、消えていくものがあった。


私の人格が、前世の日本人の私ではなく、それはただの『記憶』になっていく。遠のく、遠のく、あれほど強くあった日本人の私の自我のようなものが薄れていって、自分が異世界で生まれたエルザになった。


「これが、成仏……さよなら日本人の私、さよなら   という人」


ボタボタと、涙が出てきた。

私はこの世界では誰も知らない、呼ぶ人もいない、私の前世の名前を呟き、ぐいっと乱暴に涙をぬぐった。


そしてビシッ、と、向かうべき霊峰を指差す。


「さぁ! 目指すは!! 魔女の住む神殿! 待ってろよイレーネさん!! 私は待ってるだけの幼女じゃないんですよ!! ふはっはっはっははははあーっははははは!!!!!」


うん、基本的にはあんまり変わらないな自分。

叫び高笑いを上げながら、私は内心突っ込みを入れた。




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転生して前世の人格とか後悔の強い人間が、今生を意識切り替えてやってくのって難しそう。

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