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【書籍化】野生の聖女は料理がしたい!  作者: 枝豆ずんだ
第五章 冬の踊り子編
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※番外※ 卵料理ッ!それはある日の平凡な朝ッ!!

※本編の途中ですが、あんまりにも鬱展開書いてたらしんどくなったので反動で明るい話書かせてください。時系列的には泉の結界張り直し後、マーサさん誘拐事件前です。死人が出ない楽しいだけの日常のお話っていいですね。





「それでね、スレイマンさんの作ってくれた鉢に土を入れて、エルザちゃんが森で取って来てくれた木の実を埋めたらすごく早く育って、それを(クック)の餌にしたんだよ」


ドゥゼ村の人たちの朝は早い。

以前は朝は日が昇り切った頃、マーサさんや村の男性陣がワカイアにラグの葉を食べさせに行き、女性たちは処理に時間のかかるラグの木を煮るため朝から火を起こした。


私とスレイマンが移り住んでから、ラグの木だけを食べる、という習慣はなくなり、女性たちの仕事はラグの木を乾燥させるための作業に取り掛かり、男たちは森へ狩りや、土を改良中の畑へ出かける事に変わったが、それでも朝の早さは変わらない。


私は身支度を整えるための水を求めて、村に三つある井戸の一つ、朝は女性専用となっている場所にいた。そこには同じく顔や体、髪を洗おうと木製の盥や布を持った女性が多く居て、井戸で水を汲んだらあれこれおしゃべりをしながら支度するのだ。


この貴重な交流の場、当然他の二つの井戸は朝は男性専用でそこで男性陣もあれこれ話をして親交を深めているのだけれど、毎度スレイマンは不参加らしい。理由は単純。そんな早朝に起きる気がない、とのこと。でも私が朝食を作り終える頃には身支度を整えているので、あれは魔法とか魔術でちゃっちゃかやってるに違いない。


「そしたら、なんとなく鶏の卵の味が変わったような気がしてね? それで、ちょっとエルザちゃんに食べて貰おうと思って」


そう話し、木で編んだ籠に布でくるんだ卵を出してきてくれたのはメリエムさんだ。私は親しみを込めてメリーさんと呼ばせて頂いている。


メリーさんは中年の女性で、少し前は鎖骨が浮き出るほど細い人だったけれど、ラグの木のスープ以外をたくさん食べれるように村が変わってきてから……なんとうか、人って数か月でこんなに肥え……いや、丸く……えぇっと、ふくよかになれるんだなぁ、と驚いた体型になった方である。


ちなみに旦那さんはこのふっくらとしたメリエムさんを見て「ただでさえ魅力的だった妻がもっと魅力的になった。嬉しい」とニコニコしている。肉の付きにくいドゥゼ村の食糧事情から、肉付きの良い体であることは好まれるタチらしい。


「それはそれは、わざわざありがとうございます! そうそう、メリーさんがこの前一緒に考えてくださった木の実のパイがすごく美味しかったので、スレイマンも喜んでました!」

「そりゃ嬉しいねぇ。エルザちゃんとスレイマンさんが来てから美味しいものがあたりまえのように食べれるようになった。なら、あたしらは恩返しにもっともっと、美味しいものを一緒に作っていかないとねぇ」


ドゥゼ村では近頃採卵用の養鶏が始まっている。メリーさんは、その養鶏を率先して行ってくれている人だ。


最初は、私とスレイマンの家でコロサナイデーと鳴きながら卵を産む鶏の頭に蛇のしっぽの魔獣を見て、自分も育てられないか、と申し出てくれたのだ。


いくら可愛い外見でも魔獣は魔獣だとスレイマンは難色を示したし、魔獣自体も「そもそも我らは卵を産む種族ではない!!」という目で強く抗議してきたが、魔獣さんと野鶏を会せると「なんて美しいんだ……」とまさかの魔獣が野鶏に恋に落ちて繁殖し、現在ドゥゼ村には……魔獣の子孫の、鶏? 魔鶏が……百羽程、各家で育てられている。


品種改良か、品種改良でいいのかこれ。

いや、脱トールデ依存を密かに掲げる私は「養鶏文化ッ! それは卵こそ健康の源ッ! 栄養学万歳!!」と各家で毎朝フツッコシーと奇妙な鳴き声を上げながら卵を産む魔鶏を満足げに眺めて叫ぶことにした。


ちなみに、まがりにも魔獣の血を引いているので、その血が暴走しないようにと魔鶏たちの脚にはスレイマンが魔術式で編んだ紐をつけていて、もし村の人間(限定)を故意に襲った場合は瞬時に魔術式が発動して一気に毛が毟られ、皮が剥がれ、血抜きもされ骨も抜かれた、加工済み肉と化すらしい。最後まで美味しく頂かれるんだ。すまない。人間は残酷だ。


身支度を終え、私は自宅に戻り頂いた卵を前に置き、じーっと観察してみる。


魔鶏の卵の殻は黒い。

しかし黄身はちゃんと黄色、というか濃いオレンジで卵白も透明、加熱すれば白くなる。


見たところ普通の魔鶏の卵だ。


さてこの新鮮な卵はどう調理しようか。

卵、卵、卵料理は世界各国にある。私の得意とするスペイン料理の代表と言えば、トルティージャ。ふっくらとパンケーキのように焼いた丸いオムレツだが、あれは卵の味よりも中身の具材が主役になってしまう。


卵をまるまる使ったスコッチエッグなんてどうだ?

イギリスの定番料理で、茹で卵にパン粉の衣をつけて揚げる……駄目だ。卵が三つしかないので、私とスレイマンで争いになるかもしれない。私は譲る気はない。いや、まぁ成人男性のスレイマンが二つ食べるのは良いし、多分メリーさんもそういう考えで三つ渡したんだと思うが。


サックサクのエッグタルトなんてどうだろうか?

味の濃い魔鶏の卵なら濃厚なカスタードが出来るに違いない……パイ生地からだと調理時間が長すぎて朝食向きじゃない。作るなら前日から仕込んでおく。


「……お米があったらなぁ、卵かけごはんができるのに」


この世界にお米はないのだろうか?


一応何度かスレイマンにお米、稲作で採れる穀類の話をしたことがあるが、そんな植物は知らないと言われている。


まぁ、スレイマンが知らないだけであるかもしれない。世界は(多分)広いのだから。


と、窓の外から見える雲を眺めながらぼんやり考えていると、グゥとお腹が鳴った。

早く朝ごはんが食べたい。


「そうだ、雲を食べよう」


青い空に浮かぶ白い雲。ぐぅ、となる腹に私の心は決まった。


「おはようございます、さぁレッツ、クッキングッ!」


私は台所にかけてあるエプロンをくるりと腰に巻き付け頂いた卵を三つ、白身と黄身に分ける。

白身は細い枝を削って束ねた、泡だて器で攪拌しメレンゲを作る。昔『メレンゲの気持ち』というテレビ番組があったが、結局死ぬまで、メレンゲの『気持ち』とはなんだったのだろうと理解できずにいた。本当なんだったんだ。まぁいいか。


メレンゲは角が立つまで泡立て、塩と胡椒で味を調える。

同時進行で本日の朝食用のパン、こちらは丸い大き目の平パンだ。こちらを釜で焼き、バターを塗る。火口は三つあるので、もう一つではベーコンをカリッカリになるまで焼く。森の賢者ハバリトンは、ドゥゼ村の貴重な……肉だ。すまない。


ところで、パンにバター。

これだけでも最高の組み合わせではないだろうか?

こんがり焼いてあっつあつのパン……本当は、できるなら食パンがいい。ヤマ○キの。もっちりとして、やわらかく、しかしトースターで焼いた表面はカリカリ……そこにバターをたっぷり塗れば、白いパンは黄金色に輝き……甘く、しかしちょっとしょっぱさも感じる……あの、噛んだ瞬間、じゅわりとバターが染み出してくる……あのバターパン。


ドゥゼ村に鍛冶職人がいたら、食パン型を作って貰えるのだが……残念。


そうこう言いながら、私はメレンゲを陶芸家(仮)スレイマン作の平皿に乗せて、中心に窪みを開けて卵黄をぽとん、と落として釜で焼く。時間にしたら、三分程度。表面に焦げ目が付く程度でOKだ。


「~~~ッ!! 作るの初めてですが! 上手に焼けました~!!」


焦げ目のついたメレンゲをパンの上に起き、完成。

これぞ、私の前世の生きた時代に出来た新たな卵料理……エッグインクラウド、雲のようにふわっふわに盛ったメレンゲ料理である。発祥は若者に人気のそーしゃる…えすえぬえ……なんか、そんなの。


私の生きた前世その時代は、一般人でもプロ並みに料理が上手い人間がゴロゴロいた。そして写真を撮って世界中に発信できるというシステムにより、味だけでなく料理の見た目、華やかさが急激に進化していった。流通が発達し、どこにいてもどんな時期でも、様々な食材が手に入ったという事もある。


エッグインクラウドはそんな新しい文化の中で生まれ、世界に広がった料理の一つと言えるだろう。


「スレイマン起きてください!! 作って思い出しましたが、これ時間が立つとしぼむんですよ!! 起きて!」

「煩い馬鹿娘、朝からなんだ」


手早くお皿に盛って、食事用の部屋に運び込む。その途中で通りかかる寝室に声をかければ、身支度を整えたスレイマンが出てきた。


「おはようございます、スレイマン。今日も良い一日ですよ!」

「確定してるのか? 朝から……また、奇妙なものを」


ちらり、とスレイマンは私の両手にあるお皿を見て目を細める。はぁあん? この反応は好奇心をそそられてるな? とわかる私はスレイマンが杖を使い、ゆっくり歩いている横を通り抜け、準備を急ぐ。


カラフルな敷物の上には銀のお盆に赤土色のお皿、コップには星屑さんの花畑で貰ったお花のハーブティにたっぷりと蜂蜜を入れる。


スレイマンが向かいのクッションに座ったので、両手を合わせ「いただきます」と言うと、最初の頃は「なんだその妙な動作は」と言っていたスレイマンも今はもう何も言わない。スレイマンは食べる前に小皿によそった塩をつまんで口に含み、ぶつぶつと何かを言って目の前で親指と一指し指を使い小さく丸を描く。最初の頃はしなかったが、この村の生活に慣れてきた頃、行うようになった動作だ。この世界の食事前の動作なのかと思ったら、マーサさんやイルクはしない。


「ふふっ、良い感じにふわっふわ、サクッサクですね」


焼いたパンは周囲は表面は硬いが、白い部分はふっくらと柔らかい。パンの上に高く盛り上げたメレンゲはキラキラと光り輝いて……まじで発光してるな? まぁいいか。


「はっ、スレイマン……何も言っていないのに、黄身を崩して食べてる……天才ですか!?」

「こんなことで俺を評価するな。お前の料理は食べ慣れてきただけだ」


私はかぶりつく派だが、スレイマンは嫌がるだろう。髭汚れるだろうし、とナイフとフォークを用意している。木製の、こちらは村でも使用されている当たり前の食器だ。


スレイマンは膝にお皿を乗せて、倒れないように器用に力加減をしながら、パンとメレンゲを割って、半熟の黄身をたっぷりとその周りに流している。


「ベーコンの荒々しい力強さに……このメレンゲの繊細さ……ふわっと、ジュッと口の中で溶ける……黄身がバターパンに絡まって……美味しい、とても、美味しいです……」


もっしゃもっしゃと食べながら、私はうっとりと呟く。


対するスレイマンは無言で食べているが、私は料理を作って食べるのは好きだけれど、食べた人間全員に食レポをしろ、とは思っていない。そもそもスレイマンが食べながらあれこれ自発的に絶賛してくれるわけがない。


だが、私が一枚食べてる間に、スレイマンは二枚目をぺろりと平らげているので、反応としてはそれで満足だ。


「ところでスレイマン、この卵なんですけど、メリーさんがくれたんですよ。なんか、餌を変えたら卵の味がちょっと変わったかもしれないって」

「……あぁ、成程。そうか」


私の食べた感想としては『美味しかったです!』というところだ。申し訳ないが、細かな味の変化はわからなかった。

しかしスレイマンは何か変化を感じ取っていたようで、成程成程、と頷いて目を細める。


これは別に、私の舌が鈍感とかそういうことではない。

いや、その通りでもあるのだが、これには私の年齢が関係してくる。子供の味覚は敏感だ。それこそ新生児は与えられる乳の味の変化にも気づきあれこれ反応をする。

識別能力も優れていて、甘さから苦味、辛さまで感じる数値は高く、大人になっていく事に数値は下がっていく。


しかし、子供の舌には経験がなく「これは美味しいもの」「不味いもの」という好みの幅がない。私は前世での知識があるので、それがある程度補正されているが、体には経験がないもので、それゆえ判断がちょっと心もとない。


まぁ味覚なんてのは数値じゃなくて自分がこれまで食べてきた舌の記憶から得るものなので、今生は美味しいものばかり食べると誓っている私は、前世よりも優れた味覚に育つだろう! 将来!!


「どこがどう変わりました?」

「卵白の舌への抵抗感が異なった。お前の言う……めれんげ、というのは以前も口にしたが、あれはサラサラという表現が相応しいが、今回の物は弾力があった、というほど差がある。同じメレンゲとして食するなら、此方の方が面白味があって好ましい。味は今回のものは黄身の部分に餌になっただろう木の実の風味が残っている。成程、餌で黄身の味が変化するのは魔鶏種だからなのか、通常の鶏でも可能なのか……魔術工房が好みそうな課題だな。―――まぁ、生で食べんことにははっきりとは言えないが」

「いえ、十分です」


食レポできるじゃねぇか。


繊細だなスレイマンの味覚。

っていうかそうか。人はこれまで食べてきた物でその味覚が鍛えられる。

……食にそんなこだわりがないとか前に言ってたが、スレイマン、美食生活ばっかりだったんじゃないか? 自分がこだわってなくても、周囲に美食家がいた、あるいは腕のいい料理人でもいたんじゃないか?


そんな事を考えながら、ハーブティーを飲み、今後はスレイマンに細かい味の感想を求めよう、と決意するのだった。


END

本編で死人が出過ぎたり、山でもやっぱりロビン卿がやらかしたり書いてると「違う、私は……もっとこう、料理チートしたり皆で美味しいものを食べて幸せになるだけの話が……」ってパソコンぶん投げたくなります。でもそれはそれ、これはこれ。

次回は引き続き、レヤクさんの胴体を発見した死亡フラグ持ちグリフィス坊ちゃんのお話です。

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