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【書籍化】野生の聖女は料理がしたい!  作者: 枝豆ずんだ
第五章 冬の踊り子編
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誰が駒鳥を、殺したのか(4)


*踊り子たちが現れた直後の話*



レヤクはいつも通り、ラダー商会の上の部屋であれこれと注文書の整理をしていた。自分が手掛け、企画する織物や女性用の衣服は街で人気が高い。


人間種の女性というのは屋外へ出ない事が良いという文化、それはレヤクには不思議で仕方なかったけれど、着飾る事が好きなという女性の心に種族の壁はなかった。かつて仕えた魔女の宮殿で見た魔女の舞踏会。様々な時代、種族、文化の衣裳を着た魔女たちの美しさをレヤクはいつも思い出す。


己もああいった、素晴らしい布、服を作ればラダー商会で、己は役に立てるのではないかと、そう考えてどれ程だっただろうか。


レヤクはラダーに恋をして、妻になった。己はそれだけでよく、夫も己を愛してくれて、愛し、二人はこのままずっと、御伽噺のように幸せにいられるものとばかり、最初はそのような、愚かにも、思っていた。


「あぁ、けれど、私は人ではないから」


そっと、レヤクは己の腹を抑える。


産めないのだ。

精霊種であるレヤクは、人間種のラダーの子をその腹に宿すことができない。

いや、精霊種であっても人間種と交配可能な種族はある。だがレヤクの一族は子孫を残す方法がそもそも違う。この腹には人間種の女性が持っている子宮がない。


「……早く、早く、たくさん仕上げないと。たくさん、布を、綺麗な布を作って、ラダー商会を、立派にするお手伝いができたら……旦那様は、私を置いてくださるかもしれない」


ラダーは優しい。


己が人ではないと知っても、きっと拒絶はしない。だが、子を産めないと、そう知ったらどうだろうか? ラダー商会は三代続いている。ラダーだって、自分の子供に継がせたいだろう。だから、レヤクは夫に自分の正体、そして、子が作れないことを告げる事が出来なかった。


「……? 歌が、聞こえる?」


一人きりでいると良くない。腰元を呼んで休憩しようかと顔を上げ、レヤクはハッと目を見開く。


「…………そんな!!! どうして!」


聞こえたのは冬を呼ぶ踊り子たちの歌声。歌は美しく楽し気で、しかし、例年通りのただ雪を降らせるだけのものではない。踊り子たちの声には悪意があった。


精霊種が歌う。悪意を込めて、レヤクの愛するラダーの頭上で歌う。


その歌は、大地に恵みをもたらすものではない。

呪いの唄だ。滅びの唄だ。


そんなものを、踊り子たちはレヤクの頭上で歌っている。


「私がいることを知らぬものかッ!!!!!!」


レヤクには恐ろしさよりも、怒りが沸き上がった。すぐさま立ち上がり、ベールを被る事もせず大股でラダー商会の店の中を駆け回った。


ただ叫ぶ。

今すぐ家の中へ入れと。怒鳴った。あの外に在る者は化け物だと大声で叫び、周囲が呆気に取られているのなら、その胸倉を掴んで暖炉の方へ放り投げた。


夫が、ラダーが驚いて自分を見つめ、名前を呼んでくれていることはもちろん聞こえていた。だがレヤクは構わなかった。羽衣もなく、誰に乞われたわけでもないレヤクに精霊種の力は使えなかった。だから必死に、必死に叫んだ。


一人でも多く、屋根の下へ。暖炉の前へ。


本当は上空の踊り子たちに、どういうつもりなのかと怒鳴りつけにも行きたい。だが、商会の人間が一人でも犠牲になればラダーが悲しむ。その思いが一番だった。


そして雪が落ちる。






****






その日、少女はたくさんの事があって、とても幸せだった。街では大きなお祭りがあって、領主様の花嫁様のためだとか、なんだか、理由はよくわからないけれど、たくさん美味しいものを食べれる日だった。


兄と二人で一生懸命奉公して暫く。良い事はあんまりなかったけれど、兄と一緒にいられる自分は幸せ者だと、それは知っていた。教育係の老人が兄と少女にとても優しくしてくれて、孤児である自分達は周りに良い人ばかりいるから、なんとかやっていけるのだとも思っていた。


「お兄ちゃん、あれ、なんだろう」


広場で開かれていたお祭りで作られた美味しいものを、お腹いっぱい食べた二人は、抜け出したことが奉公先の主人に気付かれて「サボった」と叱られた。そしてサボった罰に遅くまで働けと木の棒で打たれて、兄と二人、店の裏で明日の皆が食べる野菜の泥を落としていた。教育係の老人は、甘いと怒鳴られ主人や主人に近い使用人たちに蹴られて動かなくなった。明日になったら、起きてまた優しい顔を見せてくれるだろうと、少女は動かなくなった老人に兄と二人でそっと布をかけた。


「うん? うーん、なんだろう……くねくねしてる……」


街の灯りだけでは、夜空に浮かぶものが分り辛い。いや、見えるには見えるが、それが何なのか、二人にはわからない、のが正しい。


「女の人、だよなぁ? 変な服きてらぁ」

「なんだろう。お兄ちゃん、でも、楽しそう、歌をうたってるよ!」


空に浮かぶその妙なものは、くねくねと身をよじらせ、笑い声を立てながら不思議な歌を歌っている。


「なんだろう、とっても綺麗ね、おにいちゃん!」


ぶたれたりしたけれど、今日は素敵な日だ。お腹いっぱい食べれたし、それはとても美味しかったし、そして今、不思議で綺麗なものが見れた。


少女はきらきらと好奇心いっぱいの目で空を見上げ、もっと近くで見たいと走り足す。


「あ、おい! 待てって!!」

「おにいちゃん! ほら、見に行こうよ!!」


夜は長い。どうせもう店の中には入れて貰えない。二人は一晩中外で過ごせと言われている。冬はまだとはいえ寒い夜、ただ震えているよりはと兄も思ったのか、溜息を吐きながらも妹の後を追いかけた。


不思議な歌が聞こえる。

響く。響く、軽やかな歌声。


少女は楽しい気分になった。走る足も軽い。

なんだか、とっても素敵なことが起きそう。

世話係の老人に話して貰った御伽噺の最初のような、何か、何か、この……痛い事や苦しいことや、嫌なことばっかり、本当は、とっても、とっても、毎日、辛い事ばかり起きる、自分にも何か、どきどきすることが起きるんじゃないか。


そんな気がした。


この歌をうたう不思議なものたちは、どうして歌っているのかしら?

私を迎えに来てくれた?

一生懸命だから、おじいさんの御伽噺みたいに、一生懸命がんばる女の子には魔法使いがやってきて、素敵な靴をくれるのかしら?


少女はわくわくと、走り続けた。


いや、走り続けている、つもりだった。


上空の不思議なもの……冬の踊り子たちが雪を落とし、その雪に触れ体は凍り付き一瞬後に凍った兄の体とぶつかって、内側から赤い結晶を撒き散らしながら砕けた。


踊り子たちは歌う。


踊る、踊る。




****





「……なんてことを」


偶然見えた、少女の姿。

レヤクがラダー商会の扉をしめ切ろうと腕を伸ばした瞬間、その隙間から見えた、夢見るように浮かれた少女の姿。


楽しそうなその様子、後ろに続く少年に、レヤクは咄嗟に扉から飛び出して二人に手を伸ばした。


けれど、レヤクがあと一歩というところで、二人の姿は凍り付いた。それを目の前で見て、砕ける音を聞いて、レヤクは自分がショックを受けていると、気付いた。


ラダー商会は守りたい。夫のために。

だが、この人間種の子供は価値がない。レヤクの布や服を買ってくれるわけでも、ラダー商会に貢献してくれるわけでもない。既に奉公先のある子どもであるという証の腕輪をしているから、店で雇えるわけでもない。


なのに、目の前で砕けて、レヤクは胸の内に湧き上がるものがあった。


「……」


先程、踊り子たちが悪意の雪を落とそうとしていると気付いたときに感じたのは、彼女達の無礼に対しての怒りだ。


精霊種の、このあたりをまとめる一族の長の娘である自分のいる街を、攻撃しようとしている無礼。だが今は、それとは違う。それとは別の。


「子供を、わざと狙っているでしょう……!!!!」


レヤクは耳を澄ませる。辺りは雪で音が吸われているけれど、彼女の耳には聞こえる。あちこちで嘆く声。悲鳴。悲鳴。唸るような、慟哭。


この異変。変事。奇妙な出来事にある悪意。


雪をただ降らせるだけなら、踊り子たちは山で歌えばいい。

それなのに態々やってきた。そして、これ見よがしにに歌い踊り、注意を惹きつけた。


レヤクは知っている。

人間の子供のことなら、たくさん調べた。ラダーが欲しがるものを、調べた。だから知っている。

人間の、子供は好奇心が旺盛で、そして冒険心が強い。

踊り子たちが誘うように笑い歌えば、ふらふらと守られる家から出て来てしまう。


レヤクは走り出した。

今は飛べぬ自分だけれど、踊り子たちに出来る限り近づいて大声を上げる。


族長の娘の呼びつけだ。無視などできるわけがない。上空を睨み付け、この事態を説明しろと怒りに燃える。


だが、踊り子たちは降りてこない。

レヤクに気付かぬわけではなく、数人はこそこそとこちらを見て話をしている。


見習いの小娘たちが自分を蔑ろに?


すぅっと、レヤクの思考が冷える。


この踊り子たちは、誰の指示でこの空にいるのか。


氷の魔女か? いや、彼女たちの主人はラングダ様だろうが、しかし、ラングダ様は現在領主夫人の皮を被って屋敷にいる。あの方が何を考えているのか、それはレヤクにはわからなかったが、こんなことをする方ではない。


「失礼、ご婦人。この雪の下で、平然としておられるので……人間種ではない、ということでよろしいですな?」


思考に沈むレヤクの耳に、男の低い声がかかった。


「あぁ、ラダー商会のところの……。申し訳ありませんが、犠牲は多い方がいい、とのことでして。失礼します」


振り返ると同時に、レヤクの首は跳ねられた。

その細い首から真赤な血が吹き出て、白い雪の上を染める。


切り飛ばされた首、その目をカッと見開き、自分を殺したその男。

壮年の男性騎士、ロビンを目に焼き付けた。




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レヤクさんは卵生。

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