誰が駒鳥を、殺したのか(1)
「料理を作る……そんな簡単な事でこの雪をどうにかできると?」
この子供は馬鹿なのか、と心底呆れる目を向けられ、私はなんだか新鮮な反応だと悠長に思った。
調理場に集められた使用人さん+兵士さん26名。それぞれ上司に言われてやってきたのだけれど、この場の責任者というか、指揮をとるのがどう見ても幼女にしか見えない私と、グリフィスの花嫁と紹介されてはいてもまだ成人していないマーサさんである。
子供二人に「街の人たちを助けるために料理を!」と言われても、成程確かに……何言ってんだコイツら、と顔を顰めたくなるのは当然だろう。
これまでは周囲の環境に恵まれていた。私が突拍子の無い事を言ってもスレイマンが何とかしてくれたし、私をただの幼女と侮ってその発言を軽視する人は殆どいなかったが、しかし、まぁ、こういう反応が普通なのだ。
「……こんな事をしているより、一人でも多く外へ出て、家族や、住民の元へ行きたいのに」
彼らの顔には困惑のほかに、別の感情も見て取れた。
「本当にこの雪は、そんなに危険な物なのか……? そりゃ、今までみたことがないほど積もってるが……それなら、しっかり着込めば」
「すぐ一つ向こうには家があるのに……見に行けないなんて」
一か所に閉じ込められていて大した情報も得ていない使用人たちや、下級の兵士たちはこの状況についてよく把握していないらしい。
魔女の雪、と聞いてはいるが、見た目はただの雪なのにここまで大騒ぎすること、自分達の家族の安否を確かめられない不安と苛立ちが募り、そしてとどめに幼女の戯言に付き合わされる、ということである。
そりゃ、顔も顰めたくなるだろう。
一応それぞれの上司の命令はあるから、私があれこれお願いすれば作業には取り掛かってくれそうではある。しかし不平不満、納得のいかない中での調理はミスが起こるもの。
(この雪が恐ろしくないっていうなら、今すぐ外に出て見ればいいじゃない? すぐ氷になるだろうけど)
私の中でミシュレが面倒くさそうに言う。ちょっと、ステイ。
確かにそれが一番手っ取り早いのだが、そんな外道な提案は一寸できない。それに彼らも、なんとなくわかっているだろうが頭で事実を受け入れきれていないのだとも思う。本当に雪をどうとも思っていないのなら、家族心配さに兵士を振り払ってでも外に出る。
今は撤退したが、上空に浮かんでいた異形の踊り子たち。
領主夫妻の不在。
屋敷の中を慌ただしく行きかう騎士や兵士たち。何事か、異常なことが起きているというのは誰もが感じ取っているのだ。
ただ受容に時間がかかっている。
それはわかる。
人は急激な変化があった場合、まず否定や拒絶をする。そこからゆっくりと受け入れていくしかないのだが……しかし、今はそんな時間はない。
私は集まった人たちを見上げ、口を開こうとしたけれど、その前にスッと彼らの前に進み出る若い騎士がいた。
「君たちは二人に協力するよう、ロビン卿や執事長から言われてここへ来たのだろう。二人は我々にはない特別な素質を持っている。我々は街を守る為に、二人の手助けをするべきだ」
「アゼル、さん」
車輪の騎士アゼルと紹介された青年騎士だ。
私からしたら、マーサさんを攫った張本人だがそれは領主から命じられた仕事だったと、まぁ割り切れなくもない。
真面目な顔で使用人さんたちを説得してくれるアゼルさんは、背筋がまっすぐ伸びた頼もしい騎士に見える。
……まぁ、この真面目そうなにーちゃんが、マーサさんを追いかけまわしてルシタリア君とやりあった、というのは聞いているが……こうして見るとマトモそうに感じるのは私が甘いのだろうか……?
なぜかアゼルさんに対しては好意的に見える自分に内心不思議に思っていると、説得されている使用人さんたちが不服そうに声を上げた。
「でも!!! 領主様や奥様ならともかく……あの薄気味悪い双子のいう事なんか聞けません!」
「セレーネ様も、イレーネ様も領主様の血を引く、ザークベルム家の御令嬢だ。我らの主家だろう」
「せめてグリフィス様ならなぁ……誰だって、あんな双子のいう事を聞くなんて……第一、魔女の雪っていうなら、降らせたのはあの双子のどっちかなんじゃないか?」
「これまでご領主様のお情けで生かして貰っていたくせに、雪を降らせるなんて恐ろしい女だよ」
流れがよくない。
彼らはこの状況を受け入れるどころか、誰の所為だと、憎める対象を探そうとしている。
ザークベルム家の双子は、そのどちらが魔女の娘の生まれ変わりかと、そう恐れられていて隔離されてきた。実際は既にミシュレは生まれ変われずにいたのだけれど、それを知っていたのは……うん?
何か引っかかった。
だが、私がそれを掴みかける前に、窓の外から轟音が響く。
「ッ!!? なんです!!?」
「マーサ!! 私の傍へ!!」
すかさず窓の外へ駆け状況を把握しようとする私と反対に、アゼルさんがマーサさんを抱き寄せる。
「……氷の、塊?」
窓からは街が見える。全体を見渡せるわけではないが、魔法の灯りが飛ばされた空の下で、巨大な氷の塊が、街の一部に落とされているのが見えた。
私の背後で、使用人さんたちの悲鳴が上がる。
「……踊り子はいないのに? なんで……」
上空を見た。空には異形の踊り子たちはいないし、この氷を落としたらしい者もいない。
「…………なに、あれ」
空には誰もいない。だが、街に落とされた氷の塊と同じ大きさの氷が、いくつも空に浮かんでいる。
あれは、落とされるためにあるものだと、誰もがわかった。
氷の落ちた周囲変に、武装した騎士や兵士たちが集まり何か叫びながら救助活動をしている。氷の塊はいくつもの民家を押しつぶし、家を失った魔力のない人間が外気に晒され一瞬で凍った。
「……スレイマン」
私はぎゅっと、唇を噛みここにはいない保護者の名を呼んだ。
ここにスレイマンがいたら、彼らをすぐに助けることができた。けれどスレイマンは魔女を倒しに霊峰へ向かっていて、都合よく助けには来ない。
「マーサさん!!」
私はエプロンを翻して、アゼルさんに庇われているマーサさんに駆け寄った。
「炊き出し用の大量調理は後回しです。ちょっと待っててください」
「おい、どこへ……!」
「アゼルさん、貴方も一緒に!」
部屋から飛び出そうとする私をアゼルさんが呼び止めるが私は構わず走った。氷が落とされ混乱する屋敷内を進み、ルシアが使っていた部屋へたどり着くと、アゼルさんが入って来たのを確認して鍵を閉める。
「……エルザ殿?」
これでよし。
これで、邪魔者はいなくなった。
……は?
「どうした? 結界を張るのではなかったのか? マーサを置いてきてしまったが……」
「あら……? 実際こうして会ってみると……そんなに、大事に思えないのね?」
問いかけてくるアゼルさんに、彼を見上げる私の口が勝手に動いて答える。
は?
「ルシアの体で産んだし、父親は―――だし……ちっとも私に似てないわ? 子供は産みたかったけど……産みたかっただけなのかしら? 私」
「エルザちゃん?」
「……君、何を言っている……?」
ミ シュ レ !!!!
私は、私の思考を誘導し浸食してきたミシュレを怒鳴り、不思議な話だが、精神の中で掴める胸倉を掴み、引きずり込んだ。
くらり、と視界が周る。黒くなり、反転する。
そして次に目を開いて見えたのは、再び井戸の傍らだ。
「……ミシュレ!!!」
「あら、いやだ。そんなに怖い顔しないでよ。どうして怒るの?」
私は井戸の淵に座るミシュレを睨み付ける。彼女は素知らぬ顔で微笑み、首を傾げた。
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