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【書籍化】野生の聖女は料理がしたい!  作者: 枝豆ずんだ
第五章 冬の踊り子編
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私にもやることが、できました



「誰です? ロビン様って」


突然言われる名前に、私は心当たりがない。首を傾げれば脳内でミシュレが声を上げた。


(私の騎士よ。彼は良い人よ?)


ルシアと呼ばれた体で生まれてきた時に色々世話になったのだと説明してくれる。


(私の息子、アゼルの育ての親でもあるし、クリストファもロビンを一番信用していたと思うけど、どうして彼を殴る、なんて話になるの?)


さぁ、それは私にはまだわからない。マーサさんは淡い笑みを浮かべているばかりで説明しようとは考えていないらしい。しかし、マーサさんが言うのだから何かあるのだろう、と私は認めた。


「わかりました。それじゃあ、一緒にそのロビンって人を、」

「エルザさん、スレイマン様が呼んでいるわ」


探しにいきましょう、と言いかけた私を、隣の対策本部からやってきたイレーネさんが遮る。


「……スレイマンが?」


一瞬、私はイレーネさんを不快に思ったらしい。声が低くなる。幼女の体で良かった。スレイマンを刺した、というこの人が、あたりまえの顔でスレイマンの隣にいて、メッセンジャーをしているのがどうも気に入らないらしい。


うーん、と自分の頭を振る。スレイマンが許しているのだから、私があれこれ思うのも変な話だが、どうにも、こうモヤモヤとするものがある。それを表に出さないように注意しながら、私はマーサさんを部屋に残して対策本部の方へ行くと先ほどまで慌ただしくしていたその部屋は様子が変わって、何やら緊張が緩んでいるようにも感じられた。


「どうかしたんですか?」

「上空に残っていた踊り子たちが全て撤退した」


これにより、外で魔力の防御を展開しながら各家に魔力を供給して回ったグリフィス達は一時館へ帰還してくるらしい。


これ以上雪が落ちることはない、となれば次にやることは街にある踊り子たちの悪意によって落とされた雪を全て消滅させることで、それにより魔力を持たない一般人も屋外へ出ることが出来るようになるので救助や支援なども進むようになる。


「エルザ、お前はマーサと共にドゥゼ村の泉で行った結界儀式を行え。腕の魔術式は一時解除する」


踊り子たちのあの雪は街への悪意に満ちた物。それなら聖女の結界で無効化できると説明され私も頷いた。

一瞬、マーサさんとロビンとかいう騎士を探しに行かなければとも思うが、街の人の命もかかっているこちらを優先すべきだろう。


「でも、星屑さんがいないと大きな結界にはなりませんよ?」


小規模の結界ならトールデ街への道すがらレッツクッキングと精霊さんたちの力によって張ることができていたが、大きな物となると結界の内側に電池のような役割の魔力持ちや神聖持ちがいないといけないはずだ。


「街を覆う程度の魔力元ならあるのでお前は考えずともいい」


しかし私の疑問はスレイマンには既に解決済みの案件らしい。なるほど、魔力の元。


……そういえば、まだ領主は生きてるんだったか。そうか。


浮かんだ考えに私はそれ以上突っ込むことはせず、次の疑問を口にした。


「スレイマンはどうするんです?」

「俺は魔女を討ちに霊峰へ行く。踊り子共も魔女の元へ集まっているだろう」

「……私と離れて大丈夫ですか?」


聖女の呪いの件がある。確かな呪い発動の判定距離がわからないとはいえ、街を出て山へというのは危険なのではないだろうか。


「……あの呪いに関しては、発動条件なら理解している」

「私とスレイマンが離れたらダメってことですよね?」


それは私も知っている、と首をかしげるとスレイマンが顔を逸らした。


「……物理的な距離ではない」


何か隠し事か? と私がじっと見つめ続けていると、ゆっくり三十秒心の中で数えられる程の間を置いて、スレイマンが面倒くさそうに口を開いた。


物理的な距離ではない。と、言うと?


(あら、何? 魔王ってもっと恐ろしい存在かと思ってたけど、なに? ただの寂しがりなの?)


どういうことだと、大事なことなので私がもう少しく聞こうとすると、頭の中でミシュレが面白そうに笑う声がした。


寂しがり。


そういえば、私はトールデ街にはスレイマンが寝てる隙に黙って出かけた。

文字とか書けないから置手紙もせず伝言等はイルクや星屑さんに任せた。


「……」

「……」


メンタル弱くないか? 魔王の魂って。


「私がスレイマンを見捨てるとか、ありえないですけど……?」

「……それはわかっている」

「わかってくれたのはいつです」

「……ラザレフと話している時」


こっちを見て話そうとしないで、ぽつりぽつり、と答えるスレイマンに私は頭を抱えた。


結構最近じゃないかそれ。

これだけ一緒にいたのに。


もしかしてずっと、スレイマンは私がスレイマンと一緒にいるのは成り行きで、他に大人がいないからだったとか、本気で思っていたりしたんだろうか?


思ってたから病んだんだろうが。


頭の中でミシュレのコロコロと笑う声が響く中、私は双子を不快に思っていた気持ちとか、そういうややこしいものが一気にどうでもよくなる。


「今後の予定を話させて頂いてもよろしいでしょうか?」


気まずい沈黙の流れる私とスレイマンに、こほんと咳ばらいをして割って入るのは磨き上げた鎧がまぶしい中年男性だ。茶色の髪に堀の深い顔。私は「あ、はい」と慌てて姿勢を正す。


「我々騎士団はイレーネ様、異端審問官殿と共に魔女討伐のため霊峰へ向かいます。街への支援活動の指揮はセレーネ様、補佐に憲兵団長、ルシタリア殿。お二人の聖女様には車輪の騎士アゼルを護衛に付けさせていただきますのでどうぞご安心ください」


アゼルってあれか。ミシュレが産んだ子じゃなかったか? 私の中のミシュレは我が子に会えると純粋に喜んでいる。


「バカ息子……じゃなかった、グリフィス様は?」

「……若君は、別の仕事がございますので」


一度館に戻ってくるはずのグリフィス坊ちゃんの姿はまだない。対策本部に必ず顔を出すだろうし、マーサさんの顔を見て安心したいところもあるはずだと思ったが……。


領主の嫡男ともなればあちこち忙しいのだろうと納得し、私は再びスレイマンを見上げる。


「スレイマンなら大丈夫だと思いますが、気を付けてくださいね」

「ふん、この俺が魔女如きに遅れをとるわけがない」

「油断してると痛い目見ますよ」


フラグ職人になるのは止めて欲しいので忠告しておく。


そして私はその後スレイマンと結界を張る儀式についての話をあれこれした。館を中心に展開し、どの程度の規模になるか、私に全面的に足りない「慈悲の心」の補充要員であるマーサさんに歌で込めて貰うこの街についての感情、私の作る料理は神性が宿ってしまうので、人によっては毒というか害になるそうなので、その辺の対応注意点等。


「メニュー……品は自分で選んで大丈夫でしょうか? 何か適したものがあったり……っていうか、全面的に大丈夫ですか?」


聖なる火や聖なる水など、必要な要素は確保できているので、あとは料理の選択だ。


星屑さんのサポートがないので不安は大きいし、ここにはワカイアなどの魔法種もいない。あの時あの泉では上手く行ったが、環境や状況がまるで違う今も同じようにできるのかと、失敗を恐れる自分がいた。


不安げに見上げると、赤い目を細めて馬鹿にしたように笑ってから、スレイマンが答える。


「お前が料理を失敗する、ということがあるのか?」

「いえ、それはないです」

「なら何も問題はない」


いや、私の不安は何一つ解消されていないのだが、なぜスレイマンはそんなに落ち着いて構えていられるのだろう。

結界を張る。悪意の雪を消し去る。たくさんの人の命がかかってる。


ドゥゼ村では、国三つ分とか言われてもいまいちピンと来ていない部分があったが、現状のこの、雪に覆われた街を見て、今も凍えそうになっている街の人たちがいるとつきつけられれば、それをなんとかしなければならない、そういうプレッシャーがのしかかる。


「不安なお気持ちはわかります。それでは、考え方を変えればいかがでしょう?」


私が顔を顰めているのを心配してくれたのか、中年騎士さんが助言をしてくれる。

若いころはさぞモテただろうなぁとすぐに思ってしまう、中々に渋い顏の中年である。


中年騎士さんは私を見つめ、優しく目を細めた。


「聖女様は料理がお好きな方と聞きました。それでは、雪が消えた後、街中に振る舞う料理をするのだ、と」

「……なるほど」


すとん、と私の中に落ちてくるものがある。


儀式とか聖女様の結界~とかこう、堅苦しいイメージで、何か御大層なものを作ると思うから緊張するし、困るのだ。


要するに……炊き出し。

これは、凍える街の人たちや今も懸命に救助活動を行ってくれている兵士さんたちへ振る舞う料理。


それなら出来る。


うん、と私は頷いて、中年騎士さんにお礼を言う。


「ありがとうございます。頑張れそうです」

「幼い貴方に、街の命運を託してしまう事、まことに申し訳なく我が身の無能さを恥じるばかりでしたが……お役に立てたのであればこの上ない喜びです」


中年騎士さんは私のような幼女にも丁寧に膝を折って礼を尽くしてくれる。なんて紳士。


それじゃあやることは決まった、と私はパシンと顔を叩く。


「街中に配る、となれば大人数、大量に作りますからね! 使用人の方々に手伝って貰ってもいいでしょうか?」


魔力のない一般人の使用人さんたちは一か所に待機、避難していたが、今はちらほらと、伝令や兵士さんの手伝いなどしている姿も見られる。


街中ともなればかなりの量になるので、調理に使える食材や食器、調理道具の確認もしたいので私とマーサさん以外の人手も欲しい。


「かしこまりました。人手については私から執事長に話をしておきましょう。調理道具や食器はルシタリア商会で揃えさせますので、必要な物を紙に書いてください」


なるほど、この世界の四歳児は字が書けるのが当たり前なのか?

当然のような要求に私が「すいません字書けません」と白状すると、一瞬中年騎士さんは驚いたように目を開き、誤魔化すように咳払いをする。


「あ、いえ。そう、でしたな。聖女様はまだ幼い。いえ、その御歳であれば無理からぬこと……あまりに大人びていらっしゃるので、失念しておりました」


え? 大丈夫? 幼女だから書けません、でまだ通じる年齢?


「すいません……」

「あの異端審問官殿は聖女様のお父上でいらっしゃるのであれば、中々に厳しい教育をされているかと思っていた、というのもありますので……」


じっと、一度中年騎士さんが私を凝視する。

私とスレイマンの血縁関係を疑っているのだろうか、と身構えたが、しかし騎士さんはにっこりと微笑んだ。


「貴方はあの異端審問官殿に大切にされているのですな。貴方の成長が楽しみだ」


私はこの騒動が終わって落ち着いたらもっと真剣に文字の勉強をしよう、と心に誓いながら、リストアップについてはマーサさんに手伝って貰えば大丈夫だという旨を中年騎士に伝える。


その後、スレイマンに魔術式を解いてもらい、中年騎士さんに話を聞いたという執事長さんが、料理が得意な使用人さんや力仕事が得意な人など、一般人と兵士さん合わせて26人を私の手伝いとして紹介してくれた。


私はマーサさんのいる部屋に戻り、現状とこれからやらなければならないことを説明する。


「えぇ、わかったわ。またエルザちゃんとお料理できるなんて楽しみね」


ゾクリ、とするものがないわけではないが、ドゥゼ村ではちゃんと料理できてたし……いや、思い返せば、結界を張り直す時も、マーサさんは……野菜転がして歌ってた。私は指示は出してたけど、そう言えば何かこう、私も『結界を張り直す!!』って張り切ってて、自分で色々ノリノリでやってたから……そうか、細かい作業とか、大半……いや、ほぼ……私やってたわ、そういえば。


えぇっと、よし! それじゃあ頑張って炊き出し準備しますか!


気持ちを切り替え、マーサさんや手伝いの人たちと簡単な自己紹介をして、調理場へ向かう。


何を作ろうか、まず使える食材を確認しなければ決めかねるが、この街で出回っていた食材や、大量に用意できそうな物を思い浮かべあれこれいくつかめぼしをつけておく。


街中に、という前提だ。それほど凝った料理ではなく、しかし美味しく暖かいもの……。


(何を作るの? っていうか、結界を料理で張るって……何言ってるのかわからないんだけど)


ミシュレは興味深いのか理解できないのか低い声でぶつぶつ言っている。


いや、私も自分で凄いなーと思うが、料理で結界が張れるのは事実なのでここは受け入れて前向きに利用していきたい。


さっきの中年騎士さんのお陰で肩の力も抜けたしなー、と心の中でつぶやいていると、それが伝わったミシュレもうんうん、と頷く。


(さすがロビンでしょう? 昔から、彼は優しくて気が利くのよ)


あいつかぁあああああああああああああああああああああああ!!!!!!


なんでさっき言わなかったんだよミシュレ!!!

私は叫びたくなるのを堪えながら、ぐっと堪える。今すぐ駆け戻って「マーサさんに悪人認定されてますけど何した!!!?」と、あの人のよさそうな中年騎士さんを問い詰めたかったが、今はもうそれどころではない。


まぁ、マーサさんも……急ぎじゃないって雰囲気だったし、殴りたいって、マーサさん基準だとちょっと叱ってメってくらいかもしれないし……落ち着いてからでいいか。


今は結界を張って雪を消すことが私がするべきことだ、と、スレイマンに頼まれたということもあって、私は引き返すことをせず歩き続けた。


そして、私は後にこの選択を後悔する。


どうしてこの時、霊峰に向かうスレイマンと一緒に行くロビンさんを放って置いたのだろう。


街の人たちの命より、私には大事なものがあったのに。



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