領主とスレイマン、怖がるなってそんなに……
「久しいな。クリストファ」
ルシタリア商会から来た私たちを迎えるため、応接間で待っていた中年貴族この土地で最も地位の高い男性は、スレイマンの顔を見るなり転げ落ちるように地面に身を伏せ、床に勢いよく額を擦りつけた。
何が最適かを判じる間もなく、本能で、勢いで、という模範のような行動速度だ。
「え?! 土下座!!? 何!!?」
スライディング土下座って初めて見た!!!
どうもこんにちはから御機嫌よう、酢豚にはパイナップルを入れる派です、野生の転生者エルザです。
「な、なんだッ?! どうしたんだ?!」
レヤクさんの秘薬により、血色を取り戻した顔にうっすらと化粧を施したテオ・ルシタリア君は、短い髪にすっきりとした服装がよく似合い、男装の麗人という雰囲気になっている。その整った顔を驚愕に染め、ルシタリア君は一歩後ずさる。
「ご無沙汰しております!!!!! 異端審問官局長殿!!!!」
長ったらしく仰々しい挨拶をしている余裕もないのか、まずはスレイマンの言葉に対しての返しを口にし、顔を上げずそれだけ叫ぶ領主に、私もドン引きする。
「え? え? 異端審問官……局長?」
「モーティマーは弟子だと言っただろう」
同じ職場だったんかい。
突然、明らかになるスレイマンの職歴。しかし言われてみればスレイマンとモーリアスさんの、こう、相手の自主性を利用して相手を破滅に導こうとする手口は似ている。
「顔を上げろ。なんだ貴様、あの派手な舞台に俺が立っていたことに気付いていなかったのか?」
「申し訳ございません!!」
「まぁ大方、どうせ最初からルシタリアを勝たせる気でいて、ラダー商会の芸には興味ないとばかりに注視しなかったのだろう。この愚か者めが」
「っは!! 仰る通りでございます!!」
なんだこの展開。
いや、確かに、地方貴族であっても貴族は貴族。それに、魔女関連で大神官ラザレフさんにも覚えられているザークベルム家の当主が、スレイマンを知らない筈もないのだ。
魂の芯からビビリまくる領主を見つめ、私は「え? この人、一応今回のラスボスだよね?」ととても、その、困る。
もっとこう、イメージとしては高圧で傲慢な感じで、私たちを侮り利用する気まんまんで、冷酷な敵貴族として相対してくれると思っていたのだが……。
「お前の父、彼は、何者なんだ?」
「昔ちょっと、王都でヤンチャしてたみたいです」
詳しいことは知らないが、顔を見ただけで全力でビビってくれるとは、本当に、何したんだスレイマン。
いつまでも土下座されていては邪魔だということで、領主さんはスレイマンを一番良いクッションのある所で座って貰おうとし、スレイマンによりそこには私がちょこん、と座った。
おそらく、本来であれば当主や高位貴族が座る場所に幼女が収まったので、領主さんの顔に不快という色が浮かぶ。しかしスレイマンの態度を見て、私がなんぞスレイマンに縁のある子どもなのだろうという予想はついたのか、黙っている。
予想外のことはあれど、客人をもてなす準備はしてあったためか、直ぐに使用人たちにより私たちには飲み物が振る舞われた。
スレイマンにはコーヒー、私とルシタリア君には果実のジュースだ。私は口を付けようとしたが、しかしスレイマンに目で制され、仕方なく手を付けずにおく。
「王都での噂を聞いているだろうが、俺は事情があり宮仕えを辞した。今はワカイアの生息するドゥゼ村にて娘の教育をしている」
「なるほど。ご結婚されたという話や、御息女が生まれたという話は聞いておりませんでしたが……何分、田舎町なもので。王都では新たに大神官様が聖女様が見い出されたと聞きましたが、閣下はそちらのお嬢様を聖女として擁立されるのでしょうか」
簡単な挨拶を済ませ、スレイマンと領主様は互いに情報交換、というか、相手にこれは知って置かせたいという、こう、胡散臭いやり取りを始める。
このお招き、メインはルシタリア君の筈だったが、もはやそれどころではないのだろうか。
ちらり、と領主さんの視線が私に向けられる。
先程は取り乱した情けない姿だったが、今は調子を取り戻し、貴族としての顔で私を値踏みするように眺めている。
無遠慮、ではない。だが、私がスレイマンにとってどういう意味のある存在であるのかをきちんと理解し、その上で最大に上手く、自分が立ち回るにはどう接するべきか、それを探る目だ。
スレイマンは、私の養育のために心の美しいドゥゼ村に目をつけ、そこで暮らしていたけれど、私が慕う村の娘が領主に攫われたため、ここまで来たのだと、そう説明をした。
それは私が料理対決で叫んだ内容と一致する部分もあり、領主さんは「そういうことでしたか」と頷く。
「しかし、直接おたずね頂かずラダー商会に手を貸されたのは、どういう……?」
「娘も街の噂を聞いてな。村に連れ戻すより、領主の妻に収まった方が幸せなのではないかと。これなりに考えたので、手伝ったまでだ。俺はどちらが勝とうと興味はない」
「そのお言葉を聞いて安堵致しました。知らぬとはいえ、閣下にはご無礼を」
出来レースのことを謝罪しているらしい。
そして領主さんはあれこれ、スレイマンが手を貸したラダー商会もとても素晴らしく、民衆の受けもよかったので、本来ならラダー商会を勝利者に選びたかったと。だが今後の利益や街の発展を考慮し、ルシタリア商会を選ぶしかなかったのだと、ルシタリア君の目の前でいけしゃあしゃあと言った。
他人に対する配慮がない。いや、ルシタリア君とスレイマンだったら、単純にスレイマンの方を重視する、というそういうことなのだろうが、聞いているルシタリア君は自分と商会が軽く扱われているため顔を真っ赤にし、唇を噛み感情を抑えている。
そのベラベラと続くお世辞だか言い訳だかわからない事を聞き流していると、コーヒーにたっぷりと砂糖を入れ、スプーンでカップの表面に模様を描いていたスレイマンが気安げに口を開く。
「お前の所の魔女の娘を殺しにきた。連れて来い」
「かしこまりました」
「え!? いや、何言ってるんですか!!?」
「お前はこれでも飲んでいろ」
あっさり言われ、そしてあっさり承諾される内容に私が慌てると、スレイマンは自分のカップをこちらに寄越してきて、自分はクッションに身を沈める。
「領主さんも、自分の娘ですよ!? いくらスレイマンがこわいからって……そんな、少しは、こう」
「閣下のお嬢様は御心優しい方のようだ。しかし、お気遣いなく。私はアレを己の娘と思ったことはない。魔女の呪いは手を出せぬものでしたが、閣下がことに当たってくださるのなら心強い。我が愛しき妻を死なせた化け物を、どうか殺して頂きたい」
親の言葉ではない。
私は絶句し、スレイマンを見上げる。
私たちの目的は、魔女を斃すことだ。その手がかりとして、魔女の娘に会いに来たに過ぎないし、魔女の呪いというものがどういうものなのか、それを探りにも来た。
なのになぜここで、魔女の娘の命を奪うと、そういう話になるのか。
「奥方は魔女の娘に?」
「えぇ。平凡な、どこにでもいる女でした。領地の視察に行き、出会った村の身寄りのない娘を憐れと義務感から妻に迎えたのですが、とても優しい女で、共にいるうちに心から愛するようになりました」
スレイマンの問いに、領主さんは辛い、しかし幸福な過去を思い出すように穏やかな顔をした。
「妻には我が家の呪いの事は話しました。最初に生まれるのは魔女の娘の生まれ変わりなのだと。恐ろしくないのかと。だが妻は、彼女は、そんな呪いごと私を愛してくれました。そして、子が……双子の少女が生まれたのです」
「……双子だと?」
そこで初めて、スレイマンの顔に驚きが浮かんだ。
双子。
双子、双子の、姉妹。
え? それって、どういうことだろうか。
私は自分が知る情報をかき合わせ、首をかしげる。
最初に生まれてくる子供が魔女の娘の生まれ変わり、だとして。
双子の、両方女の子が生まれた。
これは、どういうことだろうか。
「双子……?」
「えぇ。そうです。ありえぬことです。産まれた子は二人。そのどちらかはおぞましい魔女の娘ですが、しかし、どちらかは間違いなく、大切な我が娘なのです」
だが、どちらがどちらか、わからない。
当然だろう。
赤ん坊二人に見分けはつかず、喋れもしないその赤子に「どちらが魔女の娘だ」などと聞けるはずもない。
それで、言葉を話せるようになればわかるだろうと、育てていれば、魔女の娘なら何か不審な行動をとる筈だと、領主さんは判断し、産み落とした妻にもそう言い聞かせたらしい。
「当然ですが、亡くなった私の姉が先代魔女の娘でしたからね。魔女の娘というのがどういう言動をするのか、私にはわかります」
あ、そうか、と私は気付く。
代々、必ず当主の最初の子供が魔女の子の生まれかわりというのなら、今の領主さんの姉
に当たる人がいたはずなのだ。
亡くなった、から、次の世代にも生まれる。
……たとえば、先代の魔女の娘が長生きしたら、その間の当主の子供というのはどうなるのだろうか?
私の疑問が顔に出ていたのか、領主さんが苦笑する。
「魔女の娘は必ず、十九歳で死ぬようになっているのです。これは、死んだ魔女の娘がその年齢だったからと言われています」
十九年。
あまりに短すぎる。
娘なら、少女時代も終わり、自分が女として華やいで生きていけるのだという自覚や能力が身についている頃だ。この世界の女性の結婚適齢期や年齢による扱いの詳しいところはわからないが、十九歳……若く、楽しい時代ではないか。
「妻は双子を愛そうと努力しました。そして母親の己なら、どちらが本当の己の娘で、どちらが化け物か、きっとわかるだろうと、そう、引き受けてくれたのです。あぁ……あんなことになるのなら……無理にでも子供から引き離すべきでした」
平凡だが心優しい先妻のその女性は、双子に愛情を注ごうとした。しかし、双子はどちらも一向に他人に心を開かず、泣かず、段々と「どちらも魔女の娘なのではないか」「なぜ母親である自分は、娘がわからないのだろうか」と、ノイローゼのような状態に陥ったらしい。
「五年ほど経った、ある日のことです。久しぶりに妻を外に、散歩にでも連れて行こうと思い離れを訪ねると……妻はいないのです。母親がいないというのに、双子は騒ぐこともなく、二人で遊んでいました。私は恐ろしい予感がして、使用人たちに敷地内を探させました。―――そして、かつて魔女の娘が死んだ井戸の中で、おぼれ死んでいる妻を……見つけたのです」
領主は悲劇の主人公のように悲痛な顔をし、両手で顔を抑える。項垂れるその姿には後悔でいっぱいという思いが伝わってくるが、しかし、私は先日レヤクさんと一緒に会った、後妻ローゼリアさんより真相を聞いているので心は冷ややかだ。
「魔女の娘を産んだことに耐えられなくなって、命を絶ったのです……あぁ、こんなことになるのなら、死なせてしまうのなら、彼女を妻になど……」
お前が魔女の子を産ませるためだけに適当な娘を嫁にしたんだろうが。
それはローゼリアさん視点で、実際そうだったとしても段々と、本当に先妻を愛したのかもしれない。
だが私はこの領主、クリストファ・ザークベルムという貴族の言葉は殆ど信用できなかった。
人は他人に知って欲しい情報だけを知らせてくる。相対した印象、領主さんは自分は頭が良い人間であると、そう思っているタイプだ。そういう人は、たとえスレイマンを絶対強者と恐れていても、それでも、自分が劣っていると思わず己を貫ける。
ここで領主さんが私たちに、スレイマンに与えたい情報は「魔女の娘は生まれたが双子で、親の自分もどちらかわからない」「愛しい妻が双子の所為で死んだので親の情はない」「私は被害者だ」という三点だ。
「あの、そもそも……どうして、魔女の娘が生まれ変わってくるのが『呪い』なんでしょうか?」
嘆き悲しむ領主さんの茶番に付き合うのは、まぁいいけれど、私は出されたお茶菓子を食べることもできないので、せめて自分が気になっていたことをいくつか質問させてもらう。
「えぇっと、確か、六代前の、この家で魔女の娘さんが殺されたんですよね? それで、怒った魔女がこの家を呪って、代々魔女の娘が生まれるようになった。―――でも、十九年で死ぬ。これ、どういう意味があるんでしょうか?」
一応、その生まれた魔女の娘を大切に扱えばザークベルム家は栄えると、そういうボーナス? があるようだが、しかし、それは理由や原因、結果としては妙であるし、なんとも抽象的だ。
大事に扱う、の範囲も良く分からない。今の様子を聞いてると、多分今回の魔女の娘候補である双子はどこかに軟禁されているようだし、それは大事にされてる判定的にどうなのだろうか。
そして、大事にしなければならないなら、スレイマンに殺されたら困るんじゃないか?
考えれば不審点が多い。
なので、私は疑っているのだ。
スレイマンが知っていたザークベルム家の呪い、つまり、それは公的というか、ザークベルム家が「伝えた」情報に過ぎない。
状況だけをまとめるならこうだろう。
・6代前、魔女の娘が19歳で亡くなった。
→殺したのはザークベルム家の人間だとザークベルム家の主張。
疑問:魔女の娘を殺した事は罪にならないのか。そして、なぜそれを公表したのか。
・代々、当主の最初の子供は魔女の娘の生まれ変わりである。
→自分でそう名乗ったのか。ザークベルム家がそう主張している。
疑問:なぜ、死んだ魔女の娘が「殺した」家の子供としてまた生まれてくるのか。
呪ったのは魔女本人なのか?
娘を殺されて、怒ったから呪ったのか?
神代の生き物に近いとされ、一柱と数えられる魔女にしては、スケールが小さいような気もする。
残酷な発想だが、私なら……私が魔女なら、自分の娘が殺され、魔女が手を出せぬ井戸に放り込まれたなら、領主一族だけでなくその治める領地、いや、国一つを滅ぼしたくなる。
魔女にそこまでの力はなかった?
あるいは、それほどの激情はなかった?
いや、そもそも「殺された」という、憎しみを抱いていない、何か別の?
「さぁ……詳しいことは何も、私は父や祖父からは知らされていません。ただ、代々、家を継ぐ者はこの呪いも受け継ぐのだ、としか」
あれこれと疑問は尽きない。だが領主さんは質問には答えてくれなかった。
本当に知らないのか、知らせたくないのか。
じっと顔を見ても、その貴族らしい顔つきにはブレがない。私を幼女と侮っている目で、しかし、スレイマンの娘であると意識もしている。
「失礼します、お父様。イレーネですわ」
「失礼します、お父様。セレーネですわ」
考える私の耳に、鈴を転がすような透き通り響く美しい声がかかった。
ベールをかぶらず現れたのは、丁寧な挨拶と微笑みを浮かべた美しい双子の姉妹。どちらも鏡に映したようにそっくりで、同じ服を着ている。
二人は互いに手を繋ぎ、父親に頭を下げた。領主さんの方もその挨拶を受け、軽く手を振り、二人を適当な場所に座らせる。
まるで親子の情を感じさせないやりとりだ。
双子はマーサさんよりも年上、18歳か、それこそ19歳くらいではないだろうか?
そろそろ決められた寿命が来るから、ここでスレイマンの怒りを買うよりは渡してしまえ、とでもいうつもりか。
私は二人をじっと見つめ、そして「あっ」と声を上げた。
双子の姉妹の、片方の後ろに黒髪の女性の姿が浮かんで見えた。
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徹夜でソシャゲ新章クリアしたけれど、3万爆死しました。
悲しみしかない。
魔女の呪いやあれこれの謎解き、楽しんで頂ければと思います。
領主の妻の死因とか疑って欲しい。




