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【書籍化】野生の聖女は料理がしたい!  作者: 枝豆ずんだ
第五章 冬の踊り子編
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二つの商会、紹介




「わかりました。今すぐあのルシタリア商会の関係者全てを呪い殺しましょう。そうしましょう」

「レヤクさん落ち着いてください、本当に」


勝者はルシタリア商会、と高らかに宣言されてから小一時間。私は低い声で何やらぶつぶつと呟く若奥様を宥めるのに必死だった。


料理勝負で負けた、というこの結果。

散々「私勝ちますけど?」という当然の顔をしてしまった私だが、不思議と悔しさというものが沸いていない。


広場で勝者が明らかにされた時、集まってくれた人たちは「領主様がお決めになることなら、まぁ、そうなんだろうがなぁ」「俺たちが選んでいいとおっしゃってたはずだが」と首を傾げながら、皆最後には「でも自分は、あの女の子と作ったやつが美味かったし、楽しかったよ」と言ってくれた。


そして「花嫁様のことは心配するな、俺たち皆、あんたの姉さんの味方だよ」と請け負ってくれて、その事が私を安心させたのかもしれない。


マーサさんは「皆が幸せになれる料理」と言った。

私は、それであるから、餃子を選んだ。


他にもいくつか、大勢で食べられる料理というのはあるし、もっと手間がかからないものもあった。餃子を作るにあたり、様々な具を用意したのはかなりの時間と作業があった。


皆で作って、食べて、おしゃべりをして、そういうもの。

私はそれには、餃子だろうと。私が、前世の日本で母と作り楽しい時間を過ごした料理は餃子であるので、私にとっては特別な品だったからだ。


料理は世界を救える、などという御大層なものではないと思う。

けれど私は、料理は握手で、きっかけだと、信じている。


「……と、いうわけで、私的には目的達成、勝利そのものなんですけど、なんていうか、すいません。レヤクさん」


レヤクさんはラダーさんのためにラダー商会を勝たせたかったのだ。


私はラダー商会の代表というより、マーサさんのために料理をしたわけで、その件に関しては誠にもって申し訳ないとしか言いようがない。


シクシクと泣きながら呪詛をのようなものを呟く人妻は、ちょっと怖いものがある。


「泣く必要はない! これらは全て計画のうちだ!」


さてどう慰めようかと思案していると、上機嫌なラダーさんがスレイマンと一緒に部屋に入って来た。


「まぁ、旦那様。それはいったいどういうことですの?」


ラダーさんが入ってくるなり、これまで出していた、何かこう、人を呪えそうなオーラを引っ込めてレヤクさんは涙で濡れた美しい顔を夫に向ける。


この料理勝負、一番息巻いていたのはラダーさんの筈だ。それがこの態度である。私はスレイマンを見上げて、眉を顰める。


「もしかして、また私にこっそりと魔活してます?」

「なんだそれは」

「魔王活動、略して魔活です」


類語で就活とか婚活がある。


私の問いにスレイマンは目を細めて、それで逸らそうものなら何かやましいことでもあるのかと問い詰めたいが、しかしまっすぐに見つめ返してくるだけである。


きちんと最初から最後まで説明する気はないが、後ろ暗いことはないとそういう考えが伝わって来たので、私は溜息を一つ吐き、自分のこめかみを軽く抑える。


「そもそも、商会同士の対決に巻き込まれているのに不機嫌にならなかったですし、まぁ、どこから予定通りだったのかは、まぁいいです」

「なんだ、そこはわかっていたのか」

「料理対決での魔術とか魔法の演出も全力でやってくれたので、なんとなく」


愛想笑い一つ浮かべることはなかったが、大人数で餃子を作る為の様々な作業をスレイマンは魔法や魔術でサポートしてくれた。

その一つ一つが、ラダーさんや、精霊種であり魔法に近い存在であるはずのレヤクさんですら目を丸くする類のものであったので、まぁ、大盤振る舞いだったのだろう、というのはわかる。


なぜそこまで協力してくれたか。

というよりも、それもスレイマンの計画のうち、と考えた方がしっくりくるのだ。


私は再びレヤクさんとラダーさんの方へ顔を向ける。ラダーさんは奥さんに自分の考えを聞かせていた。


「どこで誰が聞いているかわからないから、全てをすっかり話してしまうわけにはいかない。だが信じて欲しい。私は、私を信じてここまで一緒にやってきてくれたお前や、商会の者たちの思いに報いる、と」

「まぁ、旦那様……もったいないお言葉ですわ。でも、それは魔王……いいえ、悪魔に魂を売るような、唆されるような、危ない道じゃありませんの?」


ちらり、とスレイマンの方を見て心配するレヤクさんは多分正しい。

しかしラダーさんはそんな奥さんの不安など気付く筈もなく、その細い肩をしっかりと抱き、力強い声で続けた。


「女のお前には理解できないかもしれないが、時には思い切った行動も必要なんだ。ルシタリア商会と手を組むのは、間違いではない」


おい、内容言ってるぞオッサン。

駄目だ、ラダーさんぽんこつだ。


「え、つまり……出来レースだったんですか、あれ」

「聞こえが悪いな。最初からルシタリア商会を勝たせると決めていたのは領主の方だ。俺はその通りになった場合、どうしてくれようかと考えただけだ」


正々堂々との料理勝負ではなく、最初から領主はどっちを勝者にするか決めていた。なるほど、まぁ、領主からしたらぽんこつ気味なラダーさんより、勢いのあるルシタリア商会に大事な結婚式を取り仕切って貰いたいのだろう。


「お前は案外、気にしていないようだが」

「理不尽に負けたことですか? それとも最初から、私が何をしようと評価する気が領主にはなかった、ってことがですか?」

「両方だ」


言われて私は首をかしげる。


うーん、そもそも、だ。きっと、というか、確実に、私は自分が「失敗した」とは思っていない。そこが重要なのかもしれない。


私はマーサさんのために料理を作った。そしてそれは街の人たちに受け入れられた。これは、ルシタリア商会とは違う点である。

ルシタリア商会はマーサさんのため、ではなく、勝つための料理だったし、それが今後街の名物やら習慣になって受け入れられる、としても、それは、それで、マーサさんの為になったことではない。


つまり、私の意識の中ではあの料理対決は、マーサさんと街を繋ぐためのものであるという課題とすれば、私は間違えていないのだ。


「というか、そもそも、領主の評価とかどうでもいいので」

「まぁ、そうだな。どのみち領主をやっていられるのもあと僅かだ」


私がきっぱり言うと、スレイマンも頷く。

って、今何か物騒なこと言わなかったか? まぁいいか。


レヤクさんはまだ不信感でいっぱい、という顔をしているが、しかしラダーさんの決意が固く、その道を信じることにしたのだろう。一度ちらりとスレイマンの方を見て「夫に何かあったらお前の毛根を呪う」という、なんとも地味だが恐ろしい言葉を吐いてくれた。


それに対してスレイマンが「鳥臭い小娘がこの俺を呪えるものか」と小馬鹿にして返すので、暫く二人の無言の睨み合いが続いた。

ラダーさんはそれを見て「妻がこれほど私を思ってくれるとは!」と感動している。なんでこの言動で、奥さんの正体に気付けないんだろうか。


そういうことをしていると、商会の人がやってきて、ラダーさんや私たちにお客さんが来た、と告げる。


「旦那様。ルシタリア商会の方がお見えに……」


それはラダーさんとスレイマンの予定通りだったようだ。


領主様からお褒めの言葉を頂戴し、今後のことを話し合ってきたばかりというはずの、勝ち組ルシタリア君は直ぐに私たちの部屋に通された。


その顔には勝利者としての喜びは浮かんでおらず、寧ろ屈辱に真っ赤になっているように見えた。


ラダーさんはルシタリア君と簡単な挨拶を済ませ、妻であるレヤクさん、そして改めて、今回の協力者である私とスレイマン(の、ことは偽名のシモンで)を紹介する。


「成程、確かに全て、えぇ、何もかも、貴方がたの言った通りでしたよ」


出されたお茶に蜂蜜をたっぷりと入れ、その甘さで少しは怒りも解けて来たのか、若干興奮が収まった様子でルシタリア君は口を開く。


「領主殿はおっしゃいました。ラダー商会ではなく、今後は全て我がルシタリア商会と取引をする、と」


私はなぜ、それがそんなにルシタリア君を怒らせているのかわからなかった。それは好都合なのではないだろうか? ラダーさんなんて、そうなって欲しくて欲しくて仕方なかったように見えたが。


「馬鹿にしている……!!!」


ダンッ、と乱暴にルシタリア君が床を叩いた。

絨毯の上であるのでそれほど痛くはないだろうが、細い体のどこにそんな力があったのかと驚くほど、激しい拳だった。


「商会とは……!! いや、商人とは、常に流行や需要、利益や状況に敏感に対処できるよう全力で商いをするものだ! 我々は自由であり、平等でなければならない! それをあの男は、僕なら飼い殺せると思って、都合がいいから、この僕を! ルシタリア商会に甘い餌を与えたつもりでいるんだ!!」


これまでラダー商会が、領主のお抱えであったらしい。しかし、ラダーさんが「扱いにくくなった」というような事もルシタリア君にこぼしたそうだ。


多分、レヤクさんと結婚したのを境だろうな、と私は思う。


夫命のレヤクさんはラダーさんが領主の言いなりにならないように、影であれこれ調整していたのかもしれない。


女性の暗躍能力というのはすごい。例えばどこぞの国の後宮の離れで寝たきりになり、帝の関心もすっかり失ったような女が、気力と熱意だけで生き延びあれこれ刺客を送り、自分の子以外の帝の子や妃を全員暗殺したという話もある。


「僕はルシタリア商会だ。その名は不滅の炎。我が父は、僕が自由に生きられるようにと僕に教育を受けさせてくれて、そして僕はルシタリア商会を継いだ。僕は誰にも利用されたりはしない」

「素晴らしいです! 私、貴方のことモヤシみたいな頭でっかちだと思ってましたけど! はい! 今全力で貴方を尊敬しました!」


決意を語るルシタリア君に私は感激してその手を握る。


「商業の発展は人類の発展。全ての道はローマへ続く! ありがとうシルクロード! 航路があるよマルコポーロ! 自由の魂を持つ商人が進む道にこそ、素晴らしい料理が作られるんですよ! 人類万歳! 商人万歳!!!」


異世界に転生した私には、足りないものが多々ある。

安定した食材の入手、新たな食材の情報……商隊、商会、商人……!


私はルシタリア君の手を放し、そのままスレイマンに向き直った。


「ルシタリア商会欲しいです!」

「そのつもりだ」

「おい! 人の話を聞いていたか!? 僕は誰にも利用されたくないと言っただろう!!!!? おい!!」


ルシタリア君の突っ込みなどどこ吹く風である。

私が興奮しているので、スレイマンは一度ぽんぽん、と頭を叩いて落ち着かせてくれ、その間にルシタリア君に顔を向ける。


「勘違いするな。以前も話したが、貴様には街を一つやる。そこで自由に商人都市でもなんでも作れ。こちらとしては、今現在その街にいる商会を一つ潰し、定期的にこちらの望む品を望むだけ購入させてくれればいい。正規の金額を支払うし、必要ならば護衛や魔術式はいくらでも提供する」


スレイマン曰く、ルシタリア君の才覚にこの街は窮屈過ぎるらしい。

領主という目の上のたん瘤がいて、栄えてしまっているこの街では、ルシタリア君がその才能を余す事なく発揮するのは難しい、と。


「その話を僕が鵜呑みにすると思うのか」

「領主に飼われるよりはマシだと思って今ここにいるのだろう。それに、一生そのナリでいるつもりか」


一瞬、ルシタリア君の顔が強張った。

何のことかと問おうとすると、その前に、レヤクさんの美しい声が悲しげに響く。


「良くないまじないを飲み込んでいるのですね。女の体を男に変えるのに、そんな毒を飲ませるなんて。どこの愚か者が調合したのかしら」

「え? 女性?」

「僕が僕であればいい。そんなこと関係ないだろう」


驚く私に、ルシタリア君は首を振った。

確かに、女性だと思ってみればその睫毛は長く喉首元はほっそりとしている。


女性が商会の長には立てないから、だろうか……?


「むごいことを……」


ルシタリア君の正体に、ラダーさんも顔を顰める。

だが、その同情めいた視線はルシタリア君にとっては侮辱としか受け取れないものだった。きつく眦を上げ、私たちを睨み付ける。


「馬鹿にするな。僕に後悔はない」


私は反論したかった。


ルシタリア君が女性であることを隠さなければならない、そういう生活を受け入れたことを後悔してほしい。だがそれは私の考えで、男女平等を謡った21世紀の日本での生活を知っているからの憤りだ。


この世界で、ルシタリア君がそう選択したことは、ルシタリア君の覚悟であり、私は沈黙しなければ無礼になる。


「お前はそうであっても、俺は自分の娘が男と振る舞う世界なんぞいらん」


すっかりルシタリア君の勢いに押され黙ってしまった私たちと違い、スレイマンは鼻を鳴らしてふんぞり返っている。


「トールデ街を立て直すのは女の身でやれ。俺は女子供は奥にいるべきだとは思うが、これの話を聞いていると、どうも、女子供も自由に出歩ける世界でなければ都合が悪いようだ」


この街に来た時、スレイマンは私にこの世界の常識というか、女性がどう振る舞うように求められているかを教えると言った。


だが、私の求める「レストラン」のためには、申し訳ないが、私は人前にどんどん出るし、多分格好も、女性らしいものを着ている場合ではなくなる。


スレイマンはこれまで私の「レストラン」やそのための環境の話を聞いてくれていた。だから、何が不都合か、何が問題かを、私よりたくさん考えて、気付いてくれているのだ。


「……今更女の体に戻ることはできない。薬を調合してくれた魔術師が、一度薬を飲んだら飲み続けなければ死ぬ体になると。僕は承知で受け入れたんだ」


私はルシタリア君の目に、「女の体」への執着を見た。

自分の短い髪に触れ唇を噛んだその顔は、やせ細った青年のものではなく、苦しむ女性のものだった。


「三流魔術師如きのまじないなんぞ、どうとでもなる」

「私も腕の魔術式といて貰えればレッツクッキングでなんとかできる気がします」

「あ、はい。私もたぶん解けます。薬草の知識は今でも使えますもの」

「レヤク!!?」


シリアスモードを展開するルシタリア君だったが、この場には何でも出来るよスレいもん、作る料理は神性付きな私、人間じゃねぇよレヤクさん、と、多分チートが揃っている。


妻の突然の告白に驚くラダーさんは置いておいて、こちらの申し出にびっくりと目を丸くするルシタリア君は、しかし、次には信じられないというように怪訝そうな顔をする。


その疑う顔が不快だったのか、スレイマンは再度鼻を鳴らし、ゆっくりと口を開いた。


「この後、領主の館に呼ばれているのだろう? 好都合だ。レヤク、この小娘とエルザを全力で着飾ってやれ」


なんで私も巻き込むんだ?






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私としたことが、更新二日もあけてしまった。

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