料理勝負決着、そして
「さぁさぁ!!! 次期領主グリフィス様のご結婚式、どちらの商会が取り仕切るか!! 決める大事な大事なお祭りだ! それいけ! やれゆけ!!」
派手な恰好をした男たちが大声で叫びはしゃぎまわるのは、広場に設置された巨大なステージの上。通常であれば大きなお芝居や大道芸が演じられるその場所に、私は立っていた。
準備期間の二週間はあっという間に過ぎ、私とスレイマンは予定通りラダー商会の代表として、ルシタリア商会との料理勝負に挑んでいる。
街中の人々がこの催しを見ようと集まってきていた。
領主の取り計らいにより、男性だけではなく、女性も見物できるようにと広場の近くの建物が女性専用として開放され、ベールをかぶった女性たちがそこから顔を覗かせている。
まずはルシタリア商会とラダー商会の、それぞれ会長が今回の勝負への意気込みを語る。
どちらも似たような事を言っているので、私はそれを聞き流し、相手方の出してくるであろう料理をギリギリまで予想する。
テリーヌ・ド・パテ。
フランス料理の定番料理だが、その種類は豊富だ。
肉をメインに使ったものか、野菜か、それともフルーツというのも考えられる。そしてただ器のまま出すわけもないだろう、どのようなデモンストレーションをしてくるのか。
私の考えた料理と、出し方はルシタリア商会に勝てるだろうか?
もちろん勝算はある。だが100%ではないので、やはり不安は不安だ。
「不滅の炎の名を知っているか? 天に輝く星々よりもなお煌々と輝くその炎の名を頂く我が商会こそが勝者に相応しい! 花嫁の祝福は我らの元に!! ルシタリア商会だ!!!」
ドォン、と、大きな打楽器の音が響き、大量の花びらを舞わせながらルシタリア君とその商会の人たちが壇上で口上を述べる。
その堂々とした様子。役者のようにはっきりと通る声の清々しさ。市場で見たルシタリア君の神経質そうな顔は、今は大きな組織の上に立つものとしての威厳があった。
まずはルシタリア商会から料理を紹介する。これは先の方が印象に残りやすいか、それとも後の方からかと考え、どちらもメリットがあるので双方コイントスで決めていた。
ルシタリア商会は舞台の上に演奏隊を招き入れた。そして、賑やかな音楽の中で美しい衣裳を着た少年たちに作業をさせる。
「あ、ずるいです! 音楽とか!!」
ちくしょう。盛り上がるに決まってるじゃないか、と私は悔しくなる。
ゆったりとした衣裳の美少年たちはそれぞれ、長方形のパテを真っ白い皿の上に乗せ恭しく掲げており、それが一つずつ丁寧にスライスされ、パンに乗せられたり、用意されたクリームが添えられたり、と、別の大皿に姿を変えて盛られていく。
パーティ用の立食式オードブルを作っている、と言えばイメージしやすいだろうか。
既製品を切って飾り付けているだけといえばそれまでだが、当初ただ長方形のやぼったい塊だったものが、派手な音楽のわくわくするリズムと共に、美しい少年たちの手で盛り付けられていく、というのは中々見ていて楽しい。
「あ、すごいですよ、あれ。高さまで付けてる!!」
オードブルは見た目が大切だ。
平面に並べるだけではなく、高めに盛って立体感を出せばより一層豪華に見える。
その間もルシタリア君がそのはっきりと通る声で料理の解説をしている。しかし音楽を妨げるようには聞こえず、むしろ音楽の中でリズムよく、歌うようだった。
完成した皿は舞台の下に一列に並べられたテーブルの上に次々と置かれていく。色鮮やかなオードブルが一皿、また一皿と並んでいく度に観客たちが喝采をあげる。
「うーん、いい出だしですよねぇ。っていうか、ルシタリア商会のあのお兄さん、本当優秀過ぎませんか?」
自分が商人で、商品を売ることに長けているとそれを自覚している人間に違いない。
そしてどうすれば既製品の魅力を引き出せるか、最高の形で紹介できるか、扱う商品について熟知し、それの販売方法を考え尽くしている。
私は感心するばかりだ。
ルシタリア君は完成した品をラダー商会にも見せつけようというのか、親切にも一皿寄越してくれた。
「ぐっ……こ、これは、なんということだ……王都での流行りの物ならば味は確かと覚悟していたが……」
相手の出す料理が気になって仕方なかったラダーさんは、皿に飛びつくようにして料理を一つつまむと、もぐもぐと咀嚼するなり膝から崩れ落ちた。
「肉料理だが、ただの腸詰や茹で肉とは違う……! ふわりとした食感、舌の上で泡のように溶けるこの不思議な食べ物はこれまで食べたどんな料理とも違う!!」
「まぁ、ムース状に仕上げてありますからねぇ、これ」
「こちらの薄く切られ、ソースをかけたもの……! つぶつぶとした不思議な小さな実の入ったソースが薄切りの肉料理に挟まりプチプチとした食感に、肉の味だけではない果実の甘酸っぱさが合わさりさっぱりとしていて、いくらでも食べられてしまう!」
「マスタードソースベースですもんねぇ、美味しいですよ、わかります」
一つ一つを食べてグルメレポートしてくれるラダーさんに逐一突っ込みを入れる。っていうか饒舌だな。うちの司会もこの調子で頑張ってほしいものである。
しかし、私もこのルシタリア商会ご自慢のオードブルには唸りたくて仕方ない。
まず、婚礼の際に街中に配られる料理として、とても良い。
加工され、保存のきくものばかりなので、保管場所さえ間違えなければ日持ちもする。
見た目も美しいのでお祝いの品としても良い。
そしてやはりというか、ルシタリア商会は今後これを街でも作れるようにしたい、と、その旨も発表した。
「この料理の素晴らしい点は保存食である、ということです。皆さん、来年にはルシタリア商会がこのテリーヌ・ド・パテを作るための器を格安で販売致します。冬の間の食卓を美しく彩るこの料理をぜひ、皆さんのご家庭でお楽しみください」
太っ腹なルシタリア商会は器を買ってくれた人にはテリーヌ・ド・パテの作り方も教えると言う。王都の既製品と同じ物、とはいかないが、庶民が手に入る材料で簡単に作れるレシピを、どうやらルシタリア商会は自力で作り上げたらしい。
ルシタリア君、有能過ぎる。
「くっ……これほどの物を用意してくるとは……ルシタリアの若造め……」
対してこちらは、いい年したオッサンが悔し気に肩を落としフルフルと震えているばかりである。私がただの幼女なら、このあまりにも頼りない姿に泣くぞ。
そしてルシタリア商会の料理は領主の元へも運ばれる。
ここから離れた、やぐらのような高い場所には幕が張られこちらから領主の顔を見る事はできない。
マーサさんもいるのだろうか?
私はふとそんなことを考え、しかし、今の私がそれを気にしても仕方のないことと気持ちを切り替える。
料理を口にしたらしい「領主様のお言葉を伝える!」と偉そうな態度の使いは壇上でルシタリア商会を褒めまくった。
味や見た目もさることながら、街での今後の発展も考えた品である、と。
さすがは街一番のルシタリア商会! と、全力でほめたたえるその言葉に、ルシタリア君の顔に安堵の色が浮かんでいた。
さぁ、次はラダー商会の、私の出番である。
「エルザ」
素早く片付けられていく壇上を見つめていた私の頭上に、スレイマンの声がかかる。
「なんです?」
「そんな顔で料理をするくらいなら、今すぐ棄権しろ」
「と、いいますと?」
しらばっくれればスレイマンの溜息が降って来た。
「お前の独りよがりはいつものことだ。今更何を気にしている?」
「自分の空振りっぷりに自己嫌悪に陥ってるだけです」
「マーサに拒絶されたことがそんなに意外だったか。あの娘に会えば涙を流し感謝されると信じていたのか?」
スレイマンは容赦ない。
私はキッと眦を上げてスレイマンを睨み付ける。
「だって、あんな攫われ方をしたら、心配になるじゃないですか。領主の色んな噂を聞いたりして、そしたら、助け出した方がいいって、思うに決まってるじゃないですか。だって、だって、だって!」
「マーサのことなどどうだっていいのだ。ここにいるのは、この俺にも気配さえ掴ませぬ、氷の魔女を探り当て、その腹を裂くためだ。あの大神官からの依頼はそれだ。お前の夢のレストランとやらのために、お前の人生のために、別にマーサは関係ない」
ぐっと、私は言葉に詰まる。
私は、村から攫われたマーサさんを「助けよう」と息巻いてここまで来た。
しかしマーサさん本人は、これから苦労があってもここでやっていくと、その意思を見せた。それはそうだ。それもそうだ。彼女の状況は他人によって変化をもたらされはしたけれど、受け入れるのも拒絶するのも、決めるのは彼女の意思である。
「そもそも間違えているのだ、バカ娘。お前はお前の人生だけで手一杯のくせに、俺の人生までも背負おうとして、こんなはめになっているのだ」
「もしかしてスレイマン、慰めてくれているんですか、これ」
「普段、料理と言えば呆れるほど無駄に興奮しきっているお前が、作り笑いをして隣にいるなど、見ていて吐き気がする」
「慰めてくれているんですね。これ」
私は頭をかき、今日までの自分を省みる。
マーサさんに拒絶され、それでも料理人としての意地でオーダーを受け付けたが、なるほど、私はショックを受けていたのだ。
マーサさんは村に帰るのが一番で、私は彼女を助けに来た王子様、というつもりでもあったのだろうか。全く、どうして私はいつもこう、調子に乗ってしまうのだろう。
私は愚かにも「私の知っているマーサさんはあんなこと言わない」などとショックを受けた。
私が知らないひと月の間に、マーサさんにも、ひと月分の経験と時間と思考がある。その間に彼女が何を考え何を見て、何を望むようになったのか。それを聞かされただけなのに。
「ねぇ、スレイマン。マーサさんは、あの領主のバカ息子の所で幸せになれるでしょうか?」
村娘と領主の息子。身分差。
習慣の違い、価値観の違い。
同じ身分、同じ環境で育った者同士でさえ夫婦となればただ何もかもうまく行く、というわけではないのに、あぁまで違う二人が、はたしてこれから先、幸せを掴めるものか。
「お前が一々何もかもを操って御膳立てして整理した未来をお前が幸福と思うのなら、まぁ、そういう未来にはならんだろうな」
「それじゃ、ワカイアたちが支配してた頃と同じってことですね」
村に帰ったらアルパカさんたちに謝っておくか。
「過分な干渉は必要ないが、だが、お前はマーサを慕っているし、恩もある。それなら、あの小娘が苦労の少ない様にと、祈ってやって、祝うことがお前のすべきことではないのか」
「はは、つまり、えぇ、つまり、料理、ってことですよね? 副料理長」
私はマーサさんの王子様ではない。
マーサさんにお世話になって、その恩を返したいだけの、子供だ。
だから、マーサさんが、マーサさんがこの街で生きる事を望み、やっていきたいというのなら、私はそれを応援しよう。
マーサさんが街で受け入れられるように。
マーサさんが、魔女の子を産まずに済むように。
「えぇ! えぇ、そうですね! そうですよ! 辛気臭い顔は不要です! ふてくされている場合でもありません!! はい、そうですね、そうですよ! 私は料理人ですので! えぇ、はい! さぁ、レッツクッキング!!!!」
私はスレイマンに背中を押され、舞台に飛び込んだ。
「あれ? なんか、モメてません?」
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「ねぇおにいちゃん! 早くしないとおわっちゃうよぉ!」
「だからって、そんなに急いで転んだってしらねぇぞ!」
広場までの道を幼い兄妹が駆けていく。
領主様が大々的に開かれるお祭りはどんな身分の者であっても観に行っていいと、そして振る舞われる料理は誰でも食べられると、そう知らされてから二人は今日という日を楽しみにしていた。
兄妹は普段朝から晩まで休む暇もなく、奉公先で働いている。月に三日の休み意外は奉公先から出ることも許されていない彼らは、今日も正午まで懸命に働いた。
太陽が真上に来るころにお祭りが開かれる、ということで、二人の教育係である老人が「少しくらいならアッシ一人で十分さ」と、妹と行って来いと店のひとたちが兄を送り出してくれた。
両親が死んでから、兄妹に優しくしてくれる唯一のその老人は皺皺の顔で「花祭りにも出させて貰えなかったお前たちが不憫だ。せめて領主様の花嫁様からの振る舞いの品を腹いっぱい食ってくるんだよ」と、そう言ってくれた。
料理はタダだと聞いているが、もしかしたらお金が必要になるかもしれないと老人はボロボロの袋の中から銅貨を出して兄に渡してくれた。
楽しんでおいで、楽しんでおいで、明日も明後日も、辛い日々は続くのだからせめて今だけは、という老人の目に見送られ、兄と妹は広場へ駆けていく。
「わぁ! おにいちゃん、見てみて! すっごく綺麗な子たちがたくさん! 楽しそうに踊ってるね!」
「なんだよ、お前、あぁいう顔の子が好きなのか? ダメダメ、あーゆー奴らはカネモチオンナにカワレルんだって」
「それ、どういういみなの?」
店で耳に挟んだだけの言葉を賢しらな顔で言えば、意味が解らなかったらしい妹が首をかしげる。だが兄も意味はよくわからないので答えなかった。
舞台の上には楽器を持って綺麗な音を出す着飾った大人たちや、白い皿を持ってくるくると踊る少年たちがいる。
料理が振る舞われるということだから、てっきり皆で一列に並んで一人分ずつ料理を貰えるものだとばかり思っていたので少しがっかりする。すぐに食べれると思っていた腹がグゥと鳴った。
「ねぇお兄ちゃん、すごいわね。とっても綺麗。あれ、ほんとうに食べ物なのかしら」
妹は音楽や踊りにはしゃいでいる。そして次々に、舞台の下にある長い台の上に並べられていく皿を眩しそうに眺める。
料理を最初に食べるのは領主様たちだ。白い皿が領主様たちがいるらしい櫓に運ばれ、人々の意識がそちらに集中する。
領主様のお姿は見えない。
だが、暫くして使いの人間が戻ってきて、舞台の上で領主様のお言葉というのを朗々と伝えてくれた。
「すごいね、お兄ちゃん。領主様が食べたものを、私たちも食べれるんだね」
「店じゃ、旦那様ご一家と同じものなんか食べさせてくれねぇもんなぁ」
「あ、ねぇ見て。私たちも食べて良いって言ってるよ」
舞台にいるのは有名なルシタリア商会の偉い人だった。
合図と共に、広場の人たちが殺到したらあっという間に料理がなくなってしまうのではないかと心配したが、ルシタリア商会の人たちが「まずはここから、ここまでの者たち」と区切って料理の前に連れて行く。
その間にも料理は補充されていくから、なるほど、これなら広場の端っこにいる自分達も食べれるだろうと安心していると、料理にありついた集団から不満の声が上がった。
「なんでぃ! これっぽっちかよ。なんで一人一枚しか駄目だってんだ」
「当然だろう。これは領主様が春の婚礼のために振る舞う料理を決める勝負事。お前達は審査員なのだから」
「腹いっぱい食わしてもらわねぇとわかんねぇよ」
やいのやいの、と言いながら最初の集団が、係の人間をどかして料理にがっついていく。
一人がやれば、それは後続に影響した。一人が一つ以上食べたのだから己も、と、遠慮する者がいなくなった。
この騒ぎを何とか収集つけようとルシタリア商会の人たちが大声で叫んでいたが、ただでさえ「お祭りだ」と思っている街の人たちは普段より大胆になっている。領主様の面前とわかっている頭もあるが、そもそも名目が「領主様が自分たちのためにしてくださっているんだ」というものがある。
結局広場の半分程の人間が好き放題食べてしまって、残りの半分は料理にありつくことができなかった。
「……なくなっちゃったね。おにいちゃん」
「で、でも、まだラダー商会が残ってるじゃんか」
「でも……さっきみたいだと、私たちは大人の中に入っていけないし……きっと食べれないよ」
兄の手を握る妹の力が弱弱しくなった。
期待していただけに落胆は大きい。兄は何と言って励ましていいかわからなくなった。だが、せめて妹に一口だけでも、ほんの少しでもいいから食べさせてやりたい。自分は兄だから我慢できるけど、妹は、生まれてすぐ両親が死んで、母さんの手料理を食べたことなく、ずっと使用人用の賄しか知らない妹には、美味しい物を食べさせてやりたかった。
「……いいか、ここで待ってろよ。絶対離れるなよ」
「お兄ちゃん?」
ぐっと、兄は腹に力を籠める。
そして広場から少し離れた、階段の上に妹を連れて行き、ここで待っているようにと言い聞かせる。
「兄ちゃんが絶対に持ってきてやる」
「広場の真ん中にいくの?駄目だよ、危ないよ。潰されちゃうよ」
「お前よりはチビじゃねぇし、俺は兄ちゃんだぞ? いいか、ちゃんと待ってろよ。変なやつに声かけられたら、あっちの……女の人たちがいる方へ逃げるんだぞ?」
妹はまだ小さいから、変な男にちょっかいをかけられることはないだろうが、一人にして何があるかわからない。不安は不安だが、しかし、料理を持ってきてやりたいという心が勝った。
不安げにする妹を残し、兄は人の波を進んでいく。
途中何度か掴まれ「おい、押すなよ!」と怒鳴られたりしたが、相手が子供であるというので見逃して貰った。
やせ細って頬の汚れた少年であるから、大人たちも同情したのかもしれない。
やがてなんとか、舞台の近くまでやってこれて、少年は茫然と、ポカン、と、口を開けた。
「さぁさぁさぁ!!! どうぞ、さぁよく見て、聞いてくださいよ皆さま方! ラダー商会からの推薦で、ドゥゼ村から来た私が皆さんにご紹介するのはこちらの粉です!!」
舞台の上には、銀色のきらきらと輝く髪の、妹と同じくらいの女の子が立っていた。
その声は風に乗って大きく、隅々まで響き、女の子の周囲にはキラキラと光の粒が舞っていて、先ほどのルシタリア商会の派手さとは違う、何か、とてもすてきなことが始まるんじゃないかと、誰もの心を掻き立てる様な、そんな、雰囲気があった。
「花嫁はここから遠く離れた小さな村の、ただの娘です。ドゥゼ村は貧しく、私たちは一年の大半を、木を溶かしたスープを飲んで過ごしています」
「そんなに貧乏にゃ見えねぇなぁ。あんた、ここの誰よりも綺麗な服を着てるじゃねぇか」
静かに語る少女に、誰かがやじを飛ばした。
一瞬、そのやじを飛ばした人物に強い風が吹いて体が倒れかける。
大人にやじられた少女は、にっこりを笑った。
「とびっきりのおめかしをしてきました。花嫁さんは私にとって姉のような存在です。私がみすぼらしい姿をして、彼女に恥をかかせるわけにはいかないじゃないですか」
その気持ちはわかる。
少年は頷いた。自分だって、見栄はある。妹のため、きょうだいのためなら尚更だ。そういう子供の心が伝わったのだろう、やじを飛ばしていた男は黙り、周囲の人間に小突かれている。
「こんなに立派な街に、私の大好きなお姉さんが嫁がれる。とても嬉しくて、寂しい気持ちです。不安もあります。私たちの村には、この街のように誇れるものがなく、皆さんは本当に……彼女を受け入れてくれるでしょうか? ただの村娘であり、持参金も乏しい彼女は、この街に、皆さんに何か、齎してくれるでしょうか?」
広場が静まり返った。
領主の結婚は、たとえば今の領主様の奥様のご実家はどこかの大金持ちだと言う。その奥様のご実家の後ろ盾もあるから、領主様は助かっているのだと、噂話で聞いたことがある。
貧しい村の娘を娶る意味があるのか。
そう、問われれば、少年のような無学な子供でさえ顔を顰めて首を振る。
お祭り騒ぎで浮かれていた人々の顔に、今後の街を考えての憂いが浮かんできた。
それが花嫁への否定になるかならないかというギリギリのところで、打って変わって明るい声を出した。
「と、いうわけで! ラダー商会から皆さんに試食して頂く料理は、こちら……ラグの粉で作った餃子でーす!!! はい、拍手!!!」
少女が合図を送ると、後ろに控えた商会の人間たちがパチパチパチ、と手を叩く。
そして奥から、ラダー商会のお偉いさんが緊張した顔で出て来た。
「どうも、ラダー商会のラダーです。ところで、お嬢さん。そのギョウザ、というのはどういうものなのですか?」
「こちらをご覧ください! はい、これです。この、白くて丸い、薄いやつですね。こちらは先日街の女性の方々に協力して頂いて大量に作りました。餃子の皮です」
「なんと、とても薄くて……弾力がありますな」
「はい。小麦粉と水を煉り合せて作るのでとても簡単なんですよ」
「これをどうするのです?」
舞台の上では黒い服と覆面を被ったラダー商会の人たちが、あれこれと何かを設置していく。
台と、大きな鍋や皿、まるで今からここで料理をする、というような。
「こちらに別に用意してありますのは、野菜や肉を細かく切って味付けした具です。これを、こちらの皮を二枚使ってこう……」
「包み込むんですね? なるほど、おぉ、とても細かい作業だ。ただ重ねるだけではだめなんですか?」
「なにを言ってるんです、ラダーさん。これはお祝いごとに振る舞うものでしょう? 手間を惜しんでどうするんです」
ちょこちょこと、台に立った女の子が手元を動かす。
離れていては見えない、と思ったが、突然舞台の後方に大きな水の、幕のようなものが現れた。
「遠くの方は見えないと思いますので、こちらの映像をご覧ください」
「お嬢さん、これは、なんですか?」
「水の魔法を使って、私の手元を映してくれています。うちの副料理長のナイスアシスト!!!」
よくわからないが、魔法という凄いものらしい。
広場の人たちも「おぉお」と歓声を上げ、映し出される映像を眺める。
女の子の指先はとても器用で、二枚の皮をまるで細工物のように合わせていく。その手際はとてもよく、あっという間に10個以上のギョウザ、というものが出来て来た。
「さて、このように作りますが、私一人で作っては皆さんの分は到底間に合いません。ということで、どうでしょう? 会場のどなたか……というか、皆さん、一緒にやりましょうか」
え? と周囲が思う暇もない。
ビュゥッと風が吹いたかと思うと、広場に集まった人々の体は宙に浮き、綺麗に整列されていく。浮いている間に床には大きな布が何十枚も敷かれ、木の板の上にギョウザの材料らしいものが並んでいった。
広場にいるのは男性ばかりだったが、この風で女性たちも下に降りたよう。大きな布が浮く下に、色鮮やかなベールの女性たちが困惑しながらちょこん、と座っていた。
「はい、皆さん、手を出してください。洗いますよー」
戸惑う周囲にお構いなしに、女の子の言葉は続く。シュルシュルと蛇のような水が周ってきて、集まった人たちの手や顔、服の汚れをその体の中に飲み込んでいく。
「ということで、さぁ皆さん、準備はいいですね? はい、じゃあまず皮を手に取って」
なんだかよくわからないが、やらねばならないらしいし、やってもいいというのなら、それはそれで楽しそうだった。
困惑しながらも、一人、また一人とギョウザの皮を手に取って、具を乗せる。先ほど見た通りにもう一枚、皮を重ねて周りを閉じようとするのだが、これが中々難しい。
「あぁ、もう、見てられないわ。ちょっと、貸しなさい。男ってのはがさつなんだからっもう」
大半が料理などしたことない男たち。悪戦苦闘する様子に、端っこにいた女の一人が声をあげ、ズカズカと入って来た。
「こういうのはね、たっぷり具を入れればいいってもんじゃないのよ。ほら、半分でいいの。そしたら周りをちゃんとつまめるでしょう?」
「お、おう……」
女が大股で歩いて広場で声をあげるなど、ありえないことだ。だが、上で見ている領主様は何も言わず、そして周りもそれどころではなかった。手をつけたギョウザが上手くいかないのがなんだか悔しい、とそういう様子で、飛び出した女性に助けを求める声があちこちで上がった。
すると他の女性たちも辛抱できなくなったのか、立ち上がり、男たちの列に割って入って「違いますよ、ここはね」「あぁもう、なんでこんなぐちゃぐちゃにしちゃったの?」「もっと優しく、そんなんじゃ奥さんできないわよ」と、口々に言いながら教えていく。
それは奇妙な光景だった。
だが、これはお祭りで、花嫁様が……人が人に受け入れられるためのものなのだと、なんとなく、心に落ちるものがあって誰もこのことについて声を上げるものはいなかった。
「あ、この具、あっちのと違うのね」
「あぁ本当だ。こいつはここらじゃ良く食べられる魚のすり身に似てるなぁ」
「この前うちの女房がラダー商会に呼ばれてあれこれ料理を作ったって聞いたが、へぇ、このギョウザってのは、中身はどんなものを入れてもいいってことか?」
やがてあちこちから、世間話のようなものも聞こえ始める。
普段家の奥から出てこない若い娘は、隣に座った青年に話しかけられ顔を真っ赤にしているが、それでもぽつりぽつりと会話をしており、何かが始まりそうな雰囲気だった。
普段交流のない者たちが、膝を交え、同じ作業をしている。
作業は慣れれば単調で、余裕が生まれれば笑顔ばかりが溢れるようになった。
やがて大量のギョウザが出来ると、再び水の蛇が皆の手を洗ってくれて、使った道具も片づけられた。
「で、これを揚げたり、茹でたり、焼いたりします。その作業は今日は割愛しますので、出番ですよー! 副料理長!」
舞台の上の女の子が両手を口の方に持ってきて「お願いしまーす」と声を上げると、奥の方から全身黒一色の、どこからどう見ても「人を一人殺してます」というような人相の男が現れた。
なんかアイツやべぇ、と、楽しかった雰囲気が一気に消し去られ、誰もが妙な緊張をして背筋を伸ばす。
「笑顔! 笑顔を忘れずに!!」
女の子に言われても、男は無表情のまま、ぐるりと周囲を見渡し、ぶつぶつと何事か唱え始めた。
すると、先ほど全員で作った餃子が皿の上で炎に包まれたり、何か色のついた液体に包まれてパチパチとはじけたりする。
「おぉっと、これは! 魔術による調理ですか? これだけの魔術を展開させるなんて……随分と奮発しましたなぁ」
ラダー商会のお偉いさんがうんうん、と感心するように話すので、なるほど、これはとてもお金がかかるたいそうなことなのかと誰もが思う。
「はい! 普段はしないんですけど、今日は特別ですからね。ではラダーさん、ちょっとまずは一口、お願いします」
女の子は出来立てで湯気の出るギョウザに、たっぷりと何かを付けてラダーさんに差し出す。
「これは何ですか?」
「植物の油を卵と混ぜ合わせ乳化させたものです。塩やこしょうで味付けもしていますので、さぁどうぞ」
「では早速……っ、とても!! 熱いですなぁ!!」
「出来立てですからね!」
はふぅっと、ラダー商会の人が頬を膨らませ唇を尖らせその熱さを伝えてくる。
「うぅん、これは……茹でたものは皮がもっちりとしていて、とても不思議だ。しかし中は肉の油や野菜の水分でたっぷりと膨らんでいて、食い破れば一気にあっつあつの汁が出てくる。このソースは素朴な皮の味を引き立て、そして中の油を絡んで、また違う味になるのですなぁ」
「焼いたものは、このパリッパリの表面がとっても美味しいんですよ!」
「うぅん、美味い、これは美味い。いくつでも食べられそうですなぁ」
ぱくぱくと皿の上のギョウザを食べていく様子がまた水の幕に大きく映され、見ている誰もがゴクリ、と喉を鳴らした。
「というわけで、どうぞ皆さんも召し上がってください。とても熱いので、火傷にはお気をつけて!」
にっこりと女の子が笑って合図を送りと、もう耐えられない、と人々は配られた木のヘラのようなものを使い、自分たちが作ったギョウザにかぶりつく。
「ぁあ~~、美味しい! すごいわね、これ。材料も作り方も簡単なのに、とっても美味しいわ」
「肉のきれっぱしだけでも、屑野菜と合わせてかさましすれば作れるってのがいいねぇ」
「皮は小麦粉と水だけなんでしょう? こんな食べ方もあったのね」
あちこちで料理を楽しみ、そして「明日うちでも作ってみよう」「俺も手伝うよ」という声が上がる。
全員で作ったのでたっぷりと量もある。
少年は急いで皿の上にたくさんのギョウザを盛り、妹の元へ駆け戻った。
「お兄ちゃん!」
「遅くなって悪い! でも、ほら見ろ、こんなにたくさんあるぞ!」
「見てたよ! こんなにあるから、おじいちゃんにも持って帰れるね」
自分達を送り出してくれた老人を想う妹の頭を撫でて、兄は頷く。
「さて皆さん、餃子は如何だったでしょうか? とても美味しかったですよね? いいですよね、餃子パーティ。大好きです。そして、今回、生地にはこちらの、ラグという木の粉を混ぜてあります。小麦粉3割、あとは全部、木の粉でーす!!!!」
舞台の上の女の子の言葉に「木の粉!!?」と広場でまたざわめきが起こった。
「花嫁の生まれたドゥゼ村には特殊な魔法樹が育ちます。この魔法樹は冬の間もぐんぐん成長しますので、正直、きちんと生産ラインを確保すれば小麦より安価でそして大量に、作ることができます。ラグの木すごいね!」
女の子は語る。
「このギョウザは、今日からでも皆さんのご家庭で作れます。けれど、私は年に一回、こうして皆さんで集まって、身分も男女も、年齢も関係なく色んな話をしながら、ちょっと領主様に奮発してもらっていいお肉とか野菜とかを使って、皆で作って食べる、そういうお祭りが……ドゥゼ村からの花嫁、マーサさんを、他人を受け入れるというお祭りをしていただけたらと、そう思って、今日ここに立ちました」
ラダー商会の商品は、つまりはラグの粉で作った餃子の皮らしい。
話を聞きながら少年は、舞台の上の女の子の気持ちが痛いほどよくわかった。
自分だって、もし、妹がどこか遠い街に嫁ぐことになって、そこが、自分の生活とは全く違うところなら、心配しかしない。
でも、結局離れてしまえばしてやれることなど殆どないから、だから、色んな人に頭を下げて回るだろう。
どうか、どうか、受け入れてやってくださいと、何か困っていたら、手を差し伸べてあげてくださいと。きっと、結局は、そういうことしかできなくなる。
頭を下げた舞台の上の女の子は、妹と同じくらいまだ子供なのに、これだけの事を考えて、そしてやってのけた。
すごいなぁ、と、少年は思う。
そして、そんな子が大好きだという花嫁さんは、きっととても、素敵な人なのだろう。
広場に集まった人たちの心に温かいものが宿り、誰かが「大丈夫だって、俺たちに任せな」と言えば、それを皮切りに「あぁ、そうだ。街に嫁いだら家族みたいなもんだ」「困ったことがあったら、必ず助けるよ」と、女の子に声をかける。
そして、その穏やかな空気の中、壇上に領主様の使者がつかつかとやってきて、これまでを見ていた領主様が「勝利の商会の者を呼ばれている」と告げた。
ラダー商会の人間が進み出て共に行こうとするが、しかし、使者はそれを手で制し「領主様が呼ばれているのはあちらの方です」と顔を向けた。
「領主様は、ルシタリア商会の方をお呼びです」
Next
出来レース。




