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【書籍化】野生の聖女は料理がしたい!  作者: 枝豆ずんだ
第五章 冬の踊り子編
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魔王暗躍中、とか懲りないな



ルシタリア商会の若き当主、テオ・ルシタリアは鏡に映る己の全身を見下ろし顔を顰めた。


碧の色を頂く有名な魔術師に大金を支払い調合して貰っている秘薬により、その体は女性らしい膨らみを持つことはない。


自慢だった栗色の髪は指に絡まぬほど短く刈られ、薬の副作用により痩せこけた顔は不健康なまでに白い。


こうなることを選んだのは自分だ。


後悔などない。

どう生きるか、他人に左右されたわけではなかった。それだけははっきりと言えると、テオは自分の胸に誓う。


だがテオが男の恰好をして、ルシタリア商会を率いることを父はどう思うだろうか?


亡き、先代ルシタリアは体の弱いひとだった。

いつも臥せっていて、中々子供が出来ず、テオが生まれた時にはもうすっかり白髪頭の老人だった。


先代は生まれた子供が女の子であったことを悲しんだりはしなかった。

産褥の妻に全身で感謝を伝え、テオを神の贈り物だと喜び、心から愛し慈しんでくれた。


それほど可愛がっているテオを手元に留めず王都へ留学させてたのは、その愛情が独りよがりのものではなく、いずれ己が死した後のこと、テオの将来を誰よりも考えてくれたゆえだった。


テオを手元に置いていれば、死の間際までの時間全てを愛する娘と過ごすことが出来ただろうに、先代ルシタリアは自分の余生の幸福よりも、娘の人生を幸福を考えた。


ふとした時に、テオが見せる才能の片鱗。機転。その勘の良さ。目ざとさ。先代ルシタリアはそれらを冷静に受け止めたうえで、己の娘がただの娘として男の元に嫁いでも人並の幸せは送れない。賢過ぎる、非凡に過ぎるのだと判じた。普通の娘と同じように育てても、テオは苦しむだけだろう。


そう感じた。そう、思った。

それであるから先代ルシタリアは娘を王都へやった。


王都には女でも学べる場所があり、金を積めば平民の子であっても受け入れられる。テオはそこで学び、生き生きと幼年期を過ごした。


一年に一度だけ、先代ルシタリアは娘に会いに王都へ行く。その度に、父は娘を抱きしめて、心からの言葉をかける。


「お前は私の最愛の存在だ。お前が生まれ、お前の成長を見る事が私にとってどれほど素晴らしい日々か、お前が思っているよりもずっと、ずっと素敵なことなんだよ」


そう言われる度に、テオはいつも「もし自分は息子であれば、もっと父は喜んでくれただろう」とそう思ったが、口には出さなかった。それは酷い言葉なのだと、テオは考えたのだ。


父が死に、テオは男装して生家に戻って来た。

テオの性別を知る者は母と乳母しかいない。


男に交じり、男と同じように生活し、商会を率いるのは並大抵のものではなかった。出し抜くために汚い手を使い商売敵を蹴落とした事もあるし、商会を守る為、大きくするためならどんなことでもやった。


それに後悔などない。

けれど、鏡を見る度に醜くなる己に、何も思わないわけではなかった。


「……黄金竜の鱗を売った父子。……あの青い瞳の娘」


テオは市場で出会った、美しい少女を思い出す。

年の頃ならまだ4つか5つ程度だろう、幼い丸みを帯びた顔。

その長い髪は銀色だったが、太陽の光を受けて耀き、鮮やかな市場の商品の中で様々な色を反射して、まるで雨の後に空にかかる七色の帯のようだった。


着ている物は、どれも仕立てがよく、高級品を扱うラダー商会の自慢の商品に違いない。服に刻まれる魔術式は複雑で、王都でも見たことが無い立派なものだった。


きっと年頃になればもっと、もっと美しくなるに違いない。


湧き上がる思いは女としての嫉妬、ではない。

もっと醜い感情だと、テオは自覚している。

いつからだろうか。ただ学ぶことが、利益を上げることが、商売が上手くいくことが面白かったはずなのに。いつからだろうか。

テオは、幸福そうな他人を破滅させることに仄暗い喜びを覚えるようになっていた。

それは嗜虐的な思考だ。感じてはならぬ悦びだ。


だがテオは考える。

あの、愛され大切にされなんの苦しみも貧しさも悲しみも知らないという顔をしたあどけない、あの恵まれた美しい少女。


彼女とその父親から全て奪い、破滅させることが出来たらどれほど気持ちがいいだろう、と。


「成程、そういう女は希にいるが、ここまで臓腑が腐ったような女は初めてだ」

「……誰だ!」


突然声がして、テオは鏡に布を被せ、自身もはだけていた上着を着直す。


「俺の名などどうでもいい。貴様如きに呼ばせる気もない。要件を言おう。お前はラダー商会と勝負をするだろう」

「怪しいやつめ。ラダー商会からの者か? ふん、僕を脅しにきたか」


テオは声の主を探ろうと挑発的に笑う。姿の見えぬ相手。どこから声を発しているのか。


「脅す? あぁ、そうだな。はは、脅迫、そうだ、脅迫しに来たのだ」


聞こえる声は男のもの。他人をバカにすることに慣れ切った、傲慢で尊大な、きっと自分がこの世で最も優れた存在であると信じて疑わず生きてきたような、そんな声だった。

どこから発しているのか。テオにはわからない。どこからからも聞こえてくるようで、しかし、どこからも聞こえない。


テオが不気味に思っていると、声の主は笑い声を止め、急に同情するような慈悲深い、優しみの籠った声を出す。


「ラダー商会との勝負、お前が負ければルシタリア商会を滅ぼす。商人として、商会として、ではない。物理的に、まずお前の血縁者を生きたまま石にして血が流れないようにし激痛の中、うめき声をお前に聞かせ殺す。使用人たちは一人一人丁寧に、全員違った方法で、間違いなくお前の目の前で殺す。どんな手を使ってでも、ラダー商会に勝て」

「……突然何を言っている。頭がイカレているのか?」

「お前はただ俺の脅迫を理解すればいい。俺の正気を疑うだけ時間の無駄だぞ?」


普通、突然聞こえた得体の知れぬ声に、このようなことを言われて、どう反応すべきか?


一蹴にするか、それとも真に受けて怯える、それが凡人の反応である。


だがテオは思案した。


なぜこの男は「ラダー商会に勝て」などと言う。

ルシタリア商会と敵対する者であれば、勝つな、というはずだ。


商談を始める時のように、一度頭の中に今ある情報を全て浮かべ、そして一つ一つを何度も何度も違うパターンで組み合わせていく。

その時間は、ゆっくりと三度瞬きをする程度の時間だったが、テオには十分だった。


「……僕に全力で当て馬になれと、そういうことか。死ぬ気で抗わせ、その後どのみち邪魔だからと無残に殺すんだろう」


出て来た言葉は間違いないはずだ。

声の主が沈黙した。


なるほど、なるほど、とテオは頷き、バン、と床を蹴った。


「バカにするなよ、見縊るなよ。僕はテオ・ルシタリア。ルシタリア商会はザークベルム領一の、商会だッ!!」





====





「いやぁ、ご協力ありがとうございます! 皆さん、本当に料理がお上手で!」


私はレヤクさんの呼びかけで集まった、町中の奥様方お嬢様方と楽しいひと時を過ごした。とても楽しかった。


「いいえ、こちらこそねぇ。ラダーさんの若奥様の呼び出しですもの。亭主連中だって口うるさいことは言いませんよ。こうして皆と料理を食べておしゃべりなんて、えぇ、滅多に出来るもんじゃあありません」

「そうそう。料理上手ったってねぇ、食べてくれるのは家族だけじゃない? 亭主が集会所に持ってく時は簡単な大勢でつまめる簡単なモンばっかりだし。今日はあたしらも楽しかったよ」

「離れた家だと挨拶もしない、顔も知らないままってのも、女同士だとあるからねぇ。本当に今日は面白かった」


口々に言い、片付けを手伝ってくれる中年の女性たちは、先ほどまで若い娘さんたちに熱心に生地の包み方を教えてくれていた親切なご婦人たちだ。


ラダーさんの家の大広間に集まった私たちは、スレイマンが急いで作ってくれた魔法のテーブルクロス簡易版、つまり火や水が出せる布を使い、大人数で料理を作った。

二週間後の料理勝負に使うもの、ではない。二週間前から作ったら普通に痛むし、まだ何を作るかはっきりと決まっていないのだ。


私は料理上手で、そして前向きな性格の人を、と一応条件づけたが、レヤクさんが声をかけた人から人へ色々わたっていくうちに、特に条件はナシ! ラダーさんの若奥様が料理を教えてくれってことで呼んでるんだよ! え? 料理ができない? いいじゃないか若い娘も! 折角だから皆でまとめて料理してしまえ! とでもいうように、たくさんの人が集まったのだ。


どうしてこうなった。


「それで、エルザちゃん。あんた、あたしらの料理をすっかり覚えちまったが、そんなもので領主様は納得してくださると思うのかい?」


私は正直に、ラダー商会とルシタリア商会が料理勝負をするので、手伝ってください、とお願いした。

別にラダー商会の味方をしてくれ、という事ではないとそれはしっかり説明もした。


「こんかいの料理勝負、というか、料理は誰の者だと思いますか?」

「そりゃ、花嫁さんのだろ?」

「花嫁が、街の皆さんに自分が街に来ることを受け入れてくださいって、そういう祈りを込めて出す料理、なんですよ」


言っても、婦人たちは不思議そうな顔をする。

それでなぜ街の料理を知りたがるのかわからない、という顔だ。


「それなら、花嫁さんの故郷の料理を作ればいいじゃないか」


あ、すいません。うちの名物料理、木のスープなんでそれはちょっと……とはさすがに言えず、私はあいまいに笑う。


今回の料理勝負、私に分があるとしたら、既製品で勝負をしかけてくるルシタリア商会に対し、こちらは一から、どんな料理でも作れる、ということだ。


ルシタリア商会の目的は、領主の息子の結婚を理由にした、新たな商売のためのデモンストレーション。

だが私は、この街に嫁ぐ花嫁と、花嫁を受けいれる街のための料理を、考える。


私は婦人たちに手伝って貰って、山の様に出来た白く丸い小さな薄い生地を眺め、満足げに頷く。


「準備は万端。あとはマーサさんの気持ちを確認しに行きますか」


万が一にも、実は領主息子に惚れてます、なんて可能性も無きにしも非ずだ。

私は片手間に作った焼き菓子を丁寧に布に包んで、レヤクさんの元へ向かった。


ラダー商会の奥様は、領主様の奥方に美しい布をお届けに上がるのだ。




Next


日付変わる前に間に合ったァアアアアアアア!!!

「書籍化決まったから更新遅くなったよね」とか思われたくない頑張りたいです。

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