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【書籍化】野生の聖女は料理がしたい!  作者: 枝豆ずんだ
第五章 冬の踊り子編
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奥様は、精霊種



フランス料理。


世界三大料理の一つとして上げられ、イメージとしては華美なフルコースの高級料理としての物が強いが、その真骨頂はローカルな郷土料理。


各地の様々な食文化を取り込み、その土地でとれる食材を中心に発展していった料理の数々は、食を愛し追求しまくったフランス人の食べる事への愛ががっしりと感じられるものばかりだ。


私にとって、フランス人=美食家である。


前世でパリに滞在したことがあるが、その時知り合った人たちの会話の始まりは「今日は何を食べたの」「ディナーは何を食べるつもりよ」「あそこの料理は何なにが美味しい」とか、そういった料理の話題だった。


お金が無かろうが、良い事があれば「とっておきのワインがあるからうちに来てくれ!」と友人を誘う。


知人を家に招いて家庭料理を振る舞う事が何よりも最高のもてなしだと信じている人たちばかりで、その腕はプロ級という人が多く、その料理は出身の地方によって様々で、お呼ばれし料理を頂く時にはその料理の話だけではなく、出身地の楽しい話を聞いてそこまで旅行に行ってみたい気分にさせてくれる。


どうも、おはようございますからこんにちは、前世の専門はスペイン料理でした、野生の転生者エルザです。


「テリーヌ……テリーヌで来ましたかぁ……あぁああ……ちくしょう……やられた」


場所を移し、ラダー商会の一室で私は頭を抱えていた。


市場で高笑いと共に去って行ったルシタリア商会の若き長、ルシタリア君があんなに自信満々にしていたのは、何も王都で流行っている最新の料理、というだけではないだろう。


テリーヌ、テリーヌ、テリーヌ・ド・パテ。


中世ヨーロッパで生まれた、蓋つきの土鍋料理である。


深皿や壺で作られる事もあるが、私の前世の時代は長方形の陶器のテリーヌ型が一般的だった。


テリーヌとして正しい提供方法は鍋のままの状態であり、型から出したものはパテと呼ばれる。または周囲をパイで包んだ物がパテであり、四角いテリーヌ型で作ればなんでもテリーヌだ、という意見もあるが、まぁ、そういう話は今は良い。


「エルザお嬢様はご存知なのですか? その、テリーヌ、なるものを」

「えぇ、まぁ」


私の相手をしてくれているのはレヤクさんだ。

スレイマンとラダーさんは今後の話し合いということで隣の部屋にいる。


出された香りの良い飲み物はレヤクさんが組み合わせた薬草のお茶らしく、お砂糖をたっぷりと入れて美味しく頂いている。


本日のお茶請けは丸く焼いたパンを油で揚げて上から砂糖と蜂蜜、それにシナモンをまぶした……揚げパンだね!!! 給食を思い出すよ! 牛乳頼んで良いかな!?


「テリーヌ・ド・パテ。簡単に言うと、ひき肉とかすりつぶしたレバー……動物の内臓とか、魚のすり身とかを切った野菜、香辛料と混ぜて焼くって奴なんですけど……」


それだけ聞くとソーセージのようなものをイメージするらしく、レヤクさんは「それほど珍しい料理でしょうか?」と首を傾げた。


「商人が扱う商品としては、大正解です」


二人だけなのでレヤクさんはベールを被っておらず、その美しい顔が子供のようにキョトン、としているのがとっても可愛らしい。


宿でスレイマンに聞いたのだが、レヤクさんは精霊種(ジーニーヤ)という種族らしく、本来は人間種の多い街中にいるような種ではないそうだ。


それがなぜラダーさんの奥方になっているのか、それは当人たちのラブロマンスだが、スレイマン曰く、どうも、どうやらラダーさんは奥さんが他種族であることは知らなさそうなのである。


大丈夫か、それ。


「単純な作り方ではありますが、だからこそ、扱い方ではそれこそ宝石並の価値にも出来る可能性があるんです。――ルシタリア商会、市場で会ったんですけど……あの若い人、結構なやり手じゃありませんか?」

「えぇ、そうですね。旦那様よりずっと、人間の心や欲望を理解していて、商才があると思います」

「あっさり認めますね?!」


ラダーさんがいるときは「貴方が私の王様です♡」とでも言うような妄信的な目を向けていたのに、この評価。


私が驚いていると、レヤクさんはふわりと微笑み小首を傾げた。


「だって事実ですもの。――ねぇ、マーナガルムの愛し子にして魔の王の養い子さん、貴方、もうすっかりご存じなんでしょう?」

「と、言いますと?」

「私が精霊族ってことと、今のままじゃ、ラダー商会はルシタリア商会にいずれは潰されてしまうってことです」


いや、ラダー商会の末路、そこまでは知らないが、なんとなく想像はついている。


私が黙っていると、レヤクさんはその美しいはちみつ色の瞳を揺らした。


「あの人はいつもそうだわ。大金になりそうな金色の羽の小鳥を見ても『綺麗だなぁ』って思うだけ。あの人のおじいさまなら、すぐさま小鳥を籠に入れてしまうし、あの人のお父様なら、小鳥に巣を案内させて沢山手にいれられるようにしたでしょう」


それなのに、ラダーさんは小鳥を見てただ美しいと褒め、良いものを見れたから今日の取引はきっとうまく行く、だなどと楽天的なことを言い「お前と私に幸運がありますように!」と、小鳥に笑いかけたのだという。


「あの人は凡人です。人並の野心はあるし、賢くあろうとしているけれど、どこまでも凡人なのです」


ぎゅっと、レヤクさんが私の手を掴んだ。


「でも、あの人は誰からも愛される。誰もがあの人の為に何かをしてあげたくなります。そしてあの人も、そんな周囲に暖かな想いを返そうと努力します。300年前、白き魔法種に連れ去られた者以外、この地には魂を穢された人間種しかいないと言うけれど、あの人の魂は、いいえ、人間は美しいと私は思うのです」


かつて人に追われた精霊種は金色の小鳥に姿を変えて、人々を眺めていたそうだ。


そしてそこで知った、己が才のない事に苦悩し、それでも愛され愛を返そうと努力する青年を美しいと感じ、身寄りのない美しい娘となって結ばれた。


まるでおとぎ話のような話を聞きながら、しかし、今は現実の話をしているのだ。


「どうか、どうか旦那様を助けてください。私に出来ることなら何でも協力します。ルシタリア商会を探れというのなら、姿を変えて潜入する事もできます。邪魔をしろというのなら、精霊種の父に頼めばルシタリア商会の扱う品を全て腐らせる事も出来ます」

「なにそれ怖い」

「人間種の妻となった私は、誰かに望まれなければ力を使えません。そしてそれは私が精霊種であることを知り、それを恐れない人間でなければならないのです」


なるほど、それだから私に、というわけか。

いや、でも、食料腐敗とか怖いですし止めてください。


私は少し考え、口元に手をやる。


「テリーヌというのは保存食なのですよ。私の知る限りの方法で一週間、魔術的なものを施せばそれ以上、長期の保存が可能となっているかもしれません」


王都で流行っている品を手に入れた、ということは、商品として加工生産されている。王都以外に持ち出し、売る事が出来るようになっている。


私の手持ちの食材だって、スレイマンが魔術式で長期保存できるようにしてくれている。


となれば、王都から他の地までの輸出期間、そこから販売し「保存食」であるという触れ込みで売ることを考え……まさかと思うが、一か月程度は保存がきく、可能性も考えられる。


そしてテリーヌは様々な食材を組み合わせることによりバリエーションが豊富だ。


料理勝負では豪華な食材に華やかな色の組み合わせで勝負をかけてくるかもしれないが、それはあくまで勝負用、一般用にと少しランクを落としたものを売り出せば、なるほど、冬が来るこれからにはよく売れるだろう。


そして同時に冬の間にテリーヌ型をこの街でも作れるようにし、春から夏にかけてテリーヌ型を売りさばけば、次の保存食としてテリーヌを作る習慣がこの街には根付くかもしれない。


テリーヌ型を作る鍛冶屋、食材を売る市場、商品を扱う商会。


需要と供給は整う。


ルシタリア商会は、この勝負でブームだけではなく習慣を作る気なのかもしれない。


そしてただの料理人の私がすぐにこれだけ考えられるのだ。


あの商品を王都で見つけ、かなりの数を既に仕入れているだろうルシタリア商会はそれ以上のことを計画しているに違いない。


商人が考えることを私が予想するのはきっと無理だろうが、これ以外にも何か仕掛けてくる、そう構えておくに越したことはない筈だ。


「……旦那様は、負けるのですか」

「あ、いえ、私が勝ちますけど」


絶望的な顔になるレヤクさんが震えながら呟くので、私はそこは訂正しておく。


「はい?」

「え? いや、勝ちますよ? 私。だって、あたりまえじゃないですか。料理勝負なんで、これ。不特定多数に、利益の為に作られた既製品が相手なんですよ?」


確かに、テリーヌは商品として素晴らしい。

食を追求したフランス人が作り上げたその品は、味だって最高に美味しいものだ。


王都の魔術工房にいるだろうフランス料理人が、その工房であれこれと考え試行錯誤して一つの商品にした以上、私がテリーヌを作ったってそれ以上の物にはならないだろう。


保存食文化は素晴らしいし、今後この街にテリーヌ作りが根付き、どんな進化を遂げるのか、それを見たくてたまらない。


が、そんなことは今は関係ない。


「ラダー商会には料理人がいる。はい、えぇ、十分です。私が勝ちます」


市場で、ルシタリア君は言った。

料理なんてものは誰にでもできる簡単なものだ、と。


それはそうだ。

それでいい。

私もそう思う。


そんなルシタリア君だから、持ってくる品は魔術工房で「特別」に作られた、誰にも真似できないもの、なのだろう。


テリーヌが流行っても、最高の物を出せるのはルシタリア商会である、という自信と、誰にでも作れるものだからこその、ブランド力。


それはそうだ。

それでいい。


だが、料理は平等であり、だからこそ広まり発展していくのだ。

私はそう思う。


「ラダー商会の、若奥様であるレヤクさんにお願いがあります」


私はレヤクさんを見つめ、頭を下げる。


精霊の力を使えるレヤクさんにお願いしたいことは多くあった。たとえば小鳥の姿になって、マーサさんの様子を見てきてもらう。マーサさんに、私たちが助けに来たことを伝えて貰う。


そういう事はいくつかあった。


だが今は、精霊族とか人間種とかそんなことを関係なしに、頼むことがある。


「可能な限りでいいのですが、料理上手で前向きな性格の女性を沢山、集めてください」


さぁ! レッツクッキング!!!







Next

正直私はルシタリア商会が勝つくらいの状況で書いてます。

こっからエルザはどう作戦を練るのかな。


次は、その頃マーサさんは、その②です。


誤字脱字報告、感想、評価ありがとうございます!

単純な人間なのでやる気が一気に上がります。返信が遅くなっていて申し訳ありません。

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