市場へ行こう、行きましょう
「人類万歳! 文明万歳! スパイス生産地域に生まれた私の幸運値に感謝を!」
朝食を終えた私たちは、ラダーさんの案内でクビラ街の市場へ来ていた。
夜明けと共に開かれる市場である。
今は人の流れも大人しくなっている頃合いで、しかし昼前にまた忙しくなるため、一時の休憩を、と店先で寛いでいる様子がなんとも青空市場である。
昨日私たちが買い物をした行商人もそうだったが、冬が近づく今の時期はフレッシュな果物は限られているかと思いきや、葡萄や林檎、パイナップルのようなごつごつした皮に包まれた中身が血の様に赤い酸っぱい果物など豊富な種類が山積みになっている。
「見てください! あんなにたくさんのドライフルーツが!! 木の実が! なんて……綺麗な色のスパイスが!!! ナツメヤシ! 薔薇の蕾まで売ってますよ!!」
私は自分が礼儀作法を求められない幼女であるのを良い事に、市場ではしゃぎまくった。
ごつごつとした大きなクルミに、つやつやとした表面の美しいイチジク。
樽一杯の白い……ヨーグルトのようなものさえあるではないか!
蜂蜜は蜂の巣がそのまま売っていて、食べ方は……なんと、中身の蜂も込みで頂く料理があるという。
以前、モーリアスさんが私に作ってくれたパイに入っていたピスタチオもある。
さすがは領主様のおひざ元。
大変、品ぞろえがよろしいことで。
「はしゃぐな。転ぶぞ、バカ娘」
スレイマンは杖を使いゆっくりとついてくる。
ラザレフさんと和解というか、一時休戦になったのならスレイマンのこの片脚の麻痺を解いて欲しいのだが、二人ともそれについての話はしないで終わった。
「人が多い街ですからね、大きな市場でしょう」
「人のいるところに食べ物あり、ですね。素晴らしい!」
聞けばこの市場の品の三分の一はラダー商会が卸しているのだという。
「欲しい物があれば何なりと。あとで必要な量を宿へ送りますよ」
試作品のためにこれはラダーさんが支払う必要経費、ということになっている。
これはとてもありがたい。
いくらスレイマンが「金ならある」という態度であっても、出費は出来る限り抑えるべきだ。
私とスレイマンは、ラダー商会がルシタリア商会との料理対決に勝てる「品」を用意する必要がある。
といって、私たちに街中に配れるだけの食料の手持ちなどなく、ラダーさんは聖なる水を使って作る料理はどうかと提案してきたが、正直それは現実的ではない。
確かにスレイマンは水道水のような気安さでドバドバと聖なる水を出すし、私もそういう感じで使ってきたが、本来重要で神性で貴重なものならば、ラダー商会は私とスレイマンが街を出れば二度と同じものを扱えなくなる。
なので私が提案したのは、この街で手に入る物で作る料理の調理方法をラダーさんに買い取ってもらう、ということである。
そのためにまず市場で出回る食材と、そして食文化の調査に来たのだ。
……正直、珍しくてこの世界にはまだない料理を、この世界の食材で作る、ということはそれほど難しくはない。
たとえば、砂糖や卵、それに牛乳はあるのに「蒸す」という調理法がないのならプリンなどを作り広める、という手もある。
だがただのプリンの調理法を買ってもらう、というのは私には抵抗があった。
私が考えたものではなく、それは私の元いた世界の偉大な料理人たちが、家庭料理に携わった人々が、卵の凝固温度や砂糖との関係など試行錯誤を重ねて私の時代にまで伝わった物だ。
それを異世界で誰も知らないからと言って「私のレシピです」と鼻高々にするのは……正直、料理人として自分は嫌なのである。
どうせ売るならアレンジを加えて、この世界でしか作れないプリンのレシピを発見して売るしね!!
折角の異世界なのに……!!
このチャンスを生かして新たな料理を探し出す可能性を諦めるものか!!
そして何より……料理対決、料理対決なのだ!!
前世でも覚えがある。
ポジションをかけて、料理人同士が腕を振るい……勝った方がそのポジションに三か月つける。
たとえば冷菜場担当がスープを極めたいからとスープ担当の料理人に挑む。
それを受けて立つ、というように……熱かった。とても熱かった!!
そういう記憶があるから、私は張り切っていた。
相手の商会はどんな料理で挑んでくるか!
こちらはどんな料理で勝負するか!
考えるだけでワクワクする。
それを、既に知ってるレシピで「誰も知らないから勝てるだろう」などと慢心はしない!!
っていうかモーリアスさんレベルの料理を出されたら普通に負けるしね!!
どうもこんばんはからごきげんよう、この世界に牡蠣があったらフライにしたい、野生の転生者エルザです。
「この野菜はどう料理されるんですか? どんな食べ方があるんですか?」
「こいつは茹でて塩をかけて食うのが一番簡単だよ。なんだお嬢ちゃん、茄子を食ったことねぇのか」
私は色とりどりの野菜を売っているお店で立ち止まり、コーヒーを飲んでいたおじさんに話しかけた。
浅黒い焼けた肌の中年男性は、突然私が話しかけても嫌な顔をすることなく説明し、そして「ちょっと待ってろ」と店を放ってどこかへ行ってしまった。
まさかの職場放棄に私が代わりに店番を!? と焦っていると15分程して何やら手にお皿を持ったおじさんが戻って来た。
「これこれ、これだよ。茄子料理っていやぁ、うちのかあちゃんのこれが一番美味い」
どうやらおじさんは近くの自宅まで戻って、奥さんに一品作って貰ったようである。
木の平皿の上には、茄子に白いソースをかけた、香りのよい暖かな料理が乗っていた。
「さぁ、熱いうちに食ってくれ」
「まて、腹でも壊したらどうする」
「なんだい、変なものなんか入ってねぇんだけどなぁ」
いきなりズイッと、スレイマンが割って入って来たのを店主は驚きつつ、不快な顔はしない。
多分子供を持つ親でもあるのだろう。
自分の子供がいきなり見知らぬ人に食べ物を渡されたら警戒する、それが分かる人らしい。
しかし申し訳ないが私は目の前にある美味しそうな料理を前に自重できない!
「それでは遠慮なく!」
私はお皿に乗っていたフォークのようなものを手に、ぱくり、と一口食べてみる。
最初に感じたのは、油をたっぷりと吸って甘くなった茄子のジューシーさと、かかった白いソース、ヨーグルトの酸味。
ニンニクのようなものでしっかり香りが出るまで炒められた玉ねぎと挽き肉の味に、パプリカと粗くみじん切りにされたパセリの味がよく合っている。
なるほど、茄子を薄く切り、油にくぐらせたものに炒めた肉類を重ね、そこにまた茄子、肉類、そして最後にヨーグルトをかけて天火焼きにしたのか……。
イメージとしてはラザニアに近いが、チーズではなくヨーグルト!!!!
この発想はなかった!!
そして美味しい!!!
え、なにこれ美味しいんですけど!!!!!!
「……人類万歳!!!!」
「うぉ!!? 何だ!!? なんなんだ!!?」
感動し、私はフォークを握りしめ天高く両腕を上げた。
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「うちじゃあこいつはこう料理するんだ」
「カミさんの豆料理は最高だぞ」
「なぁ、こっちだ! 次はこいつを食べてくれ!」
一時間後、私は市場の片隅にある休憩所で大勢の人に囲まれていた。
私が全力で美味しさを讃え、茄子を大量に購入した様子を見ていた市場の他のお店の人たちが、それぞれ『うちの自慢料理』を手に集まってきて、収まるどころかどんどん人が多くなってきたので、ラダーさんが休憩所を借り受け、盛大な試食会が始まったのである。
「素晴らしい……! 茹でた豆を発酵させて棒状に煉り合せて、高温の油で揚げたんですね!」
「あぁ、この豆はそのままじゃ硬くて食えねぇからな。そんで、このソースをつけて食うんだ」
「たっぷりと辛みを付けたトマトソースですね……!! 奥さんは天才ですよ!」
私は次々と運ばれてくる料理を食べ、頭の中にその情報を入れていく。
基本は香辛料をたっぷり使ったソース文化なのだが、なるほど、外食産業が発達していないということは、各家庭で『飽きないように』工夫が日夜されるということ。
同じ豆料理でも一軒一軒に違う調理法があり、聞けば妻の実家のものや嫁ぎ先の姑に教わり伝わるものなど多くあるようだ。
「なんだッ、このバカ騒ぎは!! おい! ルシタリア商会だぞッ! 道を開けろ!」
私が練りバナナの揚げ物にたっぷりとシナモンと蜂蜜をかけて堪能していると、神経質そうな青年の声が聞こえて来た。
「なんだあのバカは」
私と同じく料理を食べていたスレイマンは、聞こえて来た甲高い声に機嫌が悪くなる。
「ルシタリア商会の……今の責任者です」
素早くそっとラダーさんが教えてくれた。
長く街一番だったラダー商会を抑えて街一番の栄光を手に入れたルシタリア商会。
その功績を齎したのはまだ成人したばかりの青年だという。
子供の頃、王都で暮らしていて父親の先代ルシタリア会長が倒れた時に戻って来たという青年は流行に敏感で、算術が上手く、そして王都にツテを多く作って帰って来た。
その為、若者を中心に人気の品をよく探し出し、独自の方法で改良し売り裁く手腕を発揮し、瞬く間に商会を大きくしていったのだという。
……まぁ、正直、私としてはラダーさんがルシタリア君ほどの勢いと柔軟性がなかったから、蹴り落とされる隙を作ったんじゃないかなぁ、となんとなく思わないでもない。
「ふぅん、なんです。誰かと思えばラダー商会さんじゃないですか。昨日あれだけ大口を叩いておいて、街の料理を出すつもりですか?」
人だかりの中から進み出て来たのは、背の低い青年だった。髪は灰色で、若いのに痩せこけた肌が青白く、苦労人のように見えたがそんなはずはないだろう。
街一番の、今勢いのある青年なのだ。
ルシタリアくんは沢山の料理に囲まれた私たちをぐるりと眺め、ラダーさんで視線を止めると、ばかにするように鼻で笑う。
「市場調査です」
「……なんだ、このガキは」
言い返さずにいるラダーさんが顔を真っ赤にしているので、私は代わりに答えた。
私を睨み付けるルシタリア君をスレイマンが「呪い殺しておくか?」と物騒なことを呟いているので、それは止めて貰う。
「私はエルザ。料理人です」
「……料理、にん?」
「料理を専門にする人間のことです。職業です」
「料理を職業に? はん、子供はこれだからバカで困る」
私から見たらお前も十分子供だが、しかし、見た目は私は幼女なのでそれについては黙って置く。
「料理なんてのは誰にでも出来るものだ。だから仕事になんてならないし、誰にでもできる事に金を払って雇うバカがいるものか」
「誰にでも出来るっていうのは賛成です。私の評価は、だから素晴らしいってことなので貴方とは反対ですけど」
幼女が言い返すとは思わなかったのか、ルシタリア君がピクン、と不快そうに眉を跳ねさせる。
そして一度、じっくりと私を上から下まで眺めると、そうか、と目を細めた。
「随分と良い身なりだな……黄金竜の鱗を売った親子というのは、お前たちのことだな?」
「そうですよ。昨日、ラダーさんと専属契約したので、取引したいならラダーさんに頭を下げてくださいね」
専属契約というのは嘘だが、ラダー商会を勝たせることは私たちにとって利がある。
いや、ついた方を勝たせればいいのならルシタリア商会でもいいのだが、スレイマンが選んだのはラダー商会なのだ。何か意図があるに違いない。
私が怯まずにに言えば、ルシタリア君は子供の戯言と思ったか、気を取り直し、周囲に集まる人たちにも聞こえるよう、大声で宣言する。
「ふふぅん、聞いて驚け! まぁ、どうせ名前だけ聞いてもお前らのような田舎者はわからんだろうが、我が商会は王都で貴族の方々が口にされているという最先端の料理を手に入れたのだ!!」
二週間後の料理勝負は、従来のスタイルとは違い、領主様や新郎新婦に選んでもらう、というものではなくなった。
街を上げてのお祭りになるらしく、そこで、街の人たちがラダー商会か、ルシタリア商会か、と選んで投票する。
なるほど、市場に何をしに来たのかと思えば、ルシタリア君は宣伝に来たのだ。
王都での珍しい料理を、お祭りで食べられる。
物見高い人たちはそう知らされてワクワクするだろうし、きっと暫くは話題になるはずだ。
こういう宣伝力がラダーさんにはないのかもしれない……。
ラダー商会はみすぼらしい恰好をした私とスレイマンを最初追い払おうとしたし、一流しか相手にしないという態度だった。
だがルシタリア君は、内面がどうであれ、商売とは相手が人である、ということをきちんと理解しているように見える。
この、庶民しか集まらない市場に来て大々的に、自ら宣伝する。
このパフォーマンス。
態度の悪い傲慢な様子というのも、もしかすると演技かもしれない。
集まる注目に、ルシタリア君は一度じっくりと周囲が自分を見ていることを意識しながら腕を振り、まるで役者の様に通る声で続けた。
「その名も、テリーヌ・ド・パテ!!! どうだ! どんなものか想像もつかないだろう!!」
は?
出された名前に私は停止し、そしてそれを無知ゆえになんの反応も出来ないのだと勘違いしたルシタリア君が笑い、「それでは勝負を楽しみにしてますよ」と、勝ち誇ったような顔をしながら去って行った。
「テリーヌ……」
「不思議な名前ですね……。まるで女性の名前のように軟らかく、美しい響きがある。どんな料理なのでしょう……?」
「テリーヌ……」
「シモン様、エルザ様……無理を言って申し訳ありませんでした。やはり、貴方がたを巻き込むのは……」
「テリーヌ……」
ルシタリアの不快な態度にスレイマンの機嫌を損ねたかもしれないと、ラダーさんが焦っているが、私は正直それどころではない。
私は頭の中に急激に駆け巡るものがあった。
ラダーさんと初めて出会ったときに出されたお菓子。
そして今、ルシタリアの語った料理名。
「……フランス料理人、いるな?」
王都の魔術工房に、たぶん、いる。
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前回のあとがきを読んで、感想とか評価をくださってありがとうございます。
単純なので「よっしゃ!オッケ!突っ走るね!」となりました。
打倒フレンチ野郎。




