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【書籍化】野生の聖女は料理がしたい!  作者: 枝豆ずんだ
第五章 冬の踊り子編
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衣裳チェンジする私、スレイマンは?



「それでは、金額はこのように。――良い買い物をさせて頂きました」

「こちらも見る目のある人物と出会えた事を喜ぼう」


私がゼリーのような見た目涼やかで美しい食べ物を堪能している間に、スレイマンとラダーさんの商談は終わったらしい。


このゼリーのようなもの、見た限りではゼラチンを使い、果汁を絞って水に溶かした液を固めているようだ。


そしてその後、粒の荒い砂糖を塗してベドベトしないようにと、温度変化よって溶けてしまわないようにと工夫がされている。


そういう見かけであるから、私はゼラチンに似た物がこの世界にもあるのだとそう判じたけれど、一つ食べてみて、その違いに気付く。


うん、パート・ド・フリュイだ、これ。


フランスの伝統菓子。

果物をピューレ状にし、ペクチンで固めたものである。


ペクチンとは植物に含まれている成分で、ジャム作りなどに活躍している。


70度以上の熱で溶け、十分な酸味と糖を加えることで固まっていく。


人体への作用としては消化酵素で分解されず食物繊維として機能するので、整腸作用などが期待できる優れ物。


ラダーさんが植物から、という話をしてくれたので、このペクチンを抽出し魔術工房で乾燥させ使用しやすい状態にすることができたのだろう。


ゼラチンじゃなかったのは残念だが、こういうお菓子が開発されている、という情報は私にとっては有益だ。


いつかこのペクチンを発見した魔術工房を訪ねてみたいものである。


……まぁ、スレイマン関係できっと追い返されるんだろうな、うん。まぁ、それはそれ。


どうも、こんにちはからこんばんは、野生の転生者エルザです。ごきげんいかが?


さて、私がパート・ド・フリュイを楽しんでいるうちにテーブルの上に積み上げられた袋いっぱいの金貨については突っ込んではいけない。


というか、黄金竜ってやっぱり素材も貴重だったのか……ドゥゼ村の冬越しのための貴重な肉なので、一度帰った時も手を付けずにいたが、しっぽのお肉位は持ってくればよかった。


試食したいこの気持ち。


「続いて悪いが、俺と娘の衣服をいくつか購入したい。2、3着は既製品のものを今すぐ買い取る。あとは布から選ぶので良い布があれば見せて貰おうか」


商会へ来た第一の目的は身なりを整えること、である。


ラダーさんはすっかりスレイマンは良い商売相手として認めたようで、スレイマンの求めに快く応じた。


「お嬢様の衣類であれば私の妻が見立てましょう。これが中々に目の肥えた女でございまして、職人を雇い自身で模様を考案して品を作っているのですよ」


ここの女性はあまり人前に出ないようだが、商家ともなれば別なのだろうか。ラダーさんはそう言って、使用人の人に何か伝えると、丁稚のような男の子は頷いて部屋を出て行った。


実は布と聞いて私もワクワクしている。


そう、布といえばテーブルクロス。 店の内装。 どんなデザインが人気かも知れる良い機会ではないか。


しかし冷静な自分が、このやり取りがどうマーサさん奪還に繋がるのだろうと疑問に思ってもいる。私の身なりなどいいから、早く屋敷に乗り込んでマーサさんを連れて帰れないものか。


いや、魔女も倒さないといけないんだけれど。


「あぁ、来たか。挨拶なさい。こちらは新しい友人のシモン様と娘さんのエルザ様だ」


少しして、侍女二人を連れた長いベールの女性が現れた。

ラダーさんの奥さんというから中年の女性を想像したのだけれど、覗く目元は随分と若そうに見える。


「レヤクと申します」


水色に金の縁取りのベールをした女性は美しい声で名乗り、静々と頭を下げた。そのまま椅子ではなく絨毯の上に座るが、ラダーさんは何も言わないのでそれが正しい位置らしい。


ラダーさんはレヤクさんに私の服を見立てるように、と命じ彼女もそれに応じた。


「なんて、なんて美しい銀色の髪でしょう。まるで月を追いかけた狼の鬣のように気高く輝いていますわ」


レヤクさんは私に近づき、眩しそうに目を細めるとうっとりとした口調で語りかけてくる。

過大評価をされ、私は恥ずかしくなる。


「金額の上限はないが、成金趣味はない。これの希望も聞きつつ、相応しい恰好をさせるように」

「かしこまりました。さぁ、エルザお嬢様、どうぞこちらへ」


と、私はいつの間にか部屋の隅に設置された衝立の向こうに案内される。


そこには話している間にあれこれ用意されたらしい子供用の服や布、アクセサリーの類が大きな箱いっぱいに入っていた。

大きな姿見に、着付けしやすいように立つ台まである。


しかしそれらよりも先に私に使用されたのは、大きな盥にたっぷりと入ったお湯である。


「さぁ、まずは体と髪を洗いましょうか!」


レヤクさんはそこで初めてベールを取り、現れた美しい顔に美しい笑顔を浮かべて、私の脚を盥の中に突っ込んだ。


「私、清潔にしてますけど!!!!?」

「都で流行っている石鹸があるのですよ。それに化粧水もね。さぁ綺麗にしましょうね」


私の反論など聞き入れられず、いや、まぁ、確かに、綺麗な服を着る前に体を洗っておくのは……まぁ、正しい。


「石鹸ですか?」

「えぇ。薔薇(ベル)の香りがするでしょう?旦那様がこの街でも流行らせようと仕入れたのだけれど、ルシタリア商会に先を越されてしまって」

「あー、レヤク。余計なことは言わないように」


コホン、と衝立越しにラダーさんの咳払いが聞こえた。


「香りのしないヤツはないんですか?」

「え? どうして?」

「いえ、石鹸は清潔にするのが第一目的なので、匂いがない方が私には都合がいいんですけど」


石鹸、なければいずれ自分で作ろうと思っていたが、衣服を見る限り染織工芸がある文化なら汚れ落としは必須であるし、発明されていないわけがない。


私の前世の世界など紀元前3000年前からあったとさえ言われている。


だが聞いてみれば、香りのするものは上流階級や裕福な家で好まれ作られているが匂いのしないものは需要が無く作られていないらしい。


「また魔術工房か、魔術工房なんですね? 石鹸作ってるの」

「え? えぇ、そうだけど……?」


石鹸の作り方はさまざまだが、最も安価で単純な方法は動物の脂肪に木灰を混ぜて作られる軟石鹸だが、これは普通に臭い。いや、とても臭い。めちゃくちゃ臭い。


なので薔薇や何かの良い香りを付けた石鹸なら、この方法ではない。


アルカリ剤か、あるいはアンモニアソーダを使って作った石鹸なら可能だろうが、魔術工房が作っているとなれば魔力変化で作る私の知らない方法だろう。


魔術工房を通している、つまり高いのだとわかる。

それなら上流階級向けの製品しか作られておらず、残念ながら私が欲しい、料理前の手洗い用石鹸は望めなさそうだ。


暫くはまだ聖なる水で手とか道具を洗ってスレイマンに浄化魔法かけて貰うっていう、方法で行くしかないか。


「石鹸が安価で作れれば、庶民の病気の予防とか感染症予防にもつながるので……あったら便利なんですけどねぇ」

「石鹸で? そんな魔法みたいなことができるのかしら?」


石鹸が高価ということは、まだ大量生産に成功してはいないのだろう。


日本でも石鹸が庶民の手にも気軽に買えるようになったのは明治後半だ。外国から仕入れられるだけだった石鹸が初めて国産で売り出されたのが明治初期であると考えれば、この世界でも庶民の手に届くようになるのは、速くて私が大人になる頃かもしれない。


ん?


「動物性の脂肪……木灰……?」

「え? どうかした?」

「魔力のある……動物の脂肪に……魔力のある木の灰……で、合わせたら……」

「エルザお嬢様? どうかした?」


私は思い浮かんだことをまとめるため、ぶつぶつと独り言を繰り返す。


たとえばホラ、美味しいトンカツになるハバリトンの脂肪と……ラグの木の灰とかで……魔力煉り合せて……石鹸、できないか? 


臭いもなんとかならないか?


なるんじゃないか? と辿り着き、私は衝立からバッと飛び出す。


「スレイマン! ラグの木! 出荷しましょう!! ドゥゼ村の新たな産業が!!!」

「バカ娘。まずは服を着てから出て来い」


お湯で体洗ってるからまっ裸だったか私。


スレイマンはラダーさんの頭を机に押さえつけ、空いている方の手はこめかみを抑えている。


私はすぐにレヤクさんに衝立の向こうに戻されて、「女の子がはしたない」と窘められた。

幼女だからいいじゃないか、とも思うが、まぁ、恥じらいと言うのは大切である。



====



「頑なに髭を剃りませんね。伸ばしてるんですか?」


湯あみも終わり、私は白布に黒や赤でたくさんの刺繍がされた服を選んで貰った。子供服はふんわりとした袖のワンピースに革製のベストが基本らしい。スレイマンの魔法のテーブルクロスをいつでも使えるように前掛けのように結び、私は鏡の前でくるりと回った。


まだ四歳の私はベールをかぶらなくてもいいとのことで、かわりに大き目の四角い布を三角に折り、頭からかぶって首の後ろで結わく。


こちらの布はろうけつ染めの、インドネシアのバティックに似た技術で作られた三角巾だね!!


私が着替えをしている間にスレイマンも新しい服を見繕ったようで、衝立から出ると、大きな姿見の前で裾を直しているスレイマンが立っていた。


スレイマンは上着は相変わらず例のボロボロのローブだが、下は仕立ての良い厚手の裾の長い黒い服である。

袖口と胸元に銀と青の刺繍がされており、目を凝らして良く見れば全体にも黒い布で複雑な模様が刻まれている。


ぼさぼさだった髪は櫛が通され収まりがよくなっているのに、相変わらず髭は剃っていない。


私がトテトテと近づき見上げると、じろじろと上から下まで眺め鼻で笑われた。


「なんです? 似合ってませんか?」

「こうしてみればただの小娘だと、改めて思っただけだ」

「新しい服を着ていたらまずは褒めるものですよ。たとえば、――とても良く似合っています。背が高い父さんが黒い服を着るとまるで夜の訪れを知らせる番人が立っているようで、きっと若い女性は自分を攫いに来てくれたのではないかと胸をときめかせてしまうでしょう。とか」


小道具として、星屑さんから貰った白い花を一輪持って言えば、スレイマンが嫌そうな顔をした。

どこで覚えてくるんだ、という呆れた顔であるので、私はあいまいに笑い、ほほえましそうにこちらを見ているラダー夫妻を振り返った。


「えぇっと、レヤクさん、綺麗な服を選んでくれてありがとうございます。とても気に入りました」

「いいえ、私も楽しかったわ。髪の毛も編み込んであげたかったけど、シモンさんが髪はそのままでいいっていうから……残念ね」


なぜか一瞬、ぶるり、と私は寒気がした。

なぜだろう? 湯上りだからか?


不思議に思っていると、スレイマンがぐいっと、レヤクさんから私を隠すように後ろにやって、私の髪をひと房掴む。


「これの髪には俺が魔術式を編み込むので余計なことはしなくていい」


あ、なるほど、レヤクさん、ただの人間じゃないらしい。


私はスレイマンがこういう態度を取るのは星屑さんの時に覚えがある。

ただの人間の女性ならこういう態度は取らない。ということは、そういうことだ。


何者なのか、どうしてラダーさんの奥方になっているのか、それはわからないし、きっと知らなくてもいい事なのだろう。それはわかっているので私は何も言わず、そしてスレイマンもレヤクさんもそれ以上の話はせず、私たちのお買い物は無事に終了した。


「ラダーに、俺を王都からの魔術師だと領主に紹介させる運びとなった。明日か明後日には、物珍しさと情報目当てに領主からの呼び出しがあるだろう」


そしてその日は街の宿屋に泊ることとなり、スレイマンが今後の予定を聞かせてくれた。


「まずはマーサが屋敷のどこにいるのかの確認と、領主の考えを探るところから始める」

「質問があります。そもそも、ザームベルク家の魔女の呪いというのは、なんなんです?」


私は寝る支度をしながら、今更ながらの疑問を口にする。


呪われた家であると、木の精霊さんも、スレイマンも言っている。けれど何を呪われているのか、それが具体的にはどんなことなのか、魔女がどう関与しているのか、それがさっぱりわからない。


私が問うとスレイマンは、眉間に皺をよせ、ゆっくりと口を開いた。


「ザームベルク家の6代前の当主は氷の魔女ラングダの娘を殺し、古井戸の中へ投げ捨てたのだ」


魔女は井戸には手を出せない。

井戸とは魔女の領域ではなく、夜の国へ繋がる道であるという。


そのため、娘の体が腐り蛆が沸いていく様をただ眺めるしかなかった魔女はザームベルクを呪い、代々、必ず最初に生まれる娘が、魔女の娘の生まれ変わりであるようにと呪いをかけた。


「魔女の娘を大切に扱っていれば家は繁栄する。だが、己の子ではない化け物を心から愛さなければならない恐怖や嫌悪はどれ程の物だろうな」


スレイマンはそう言って、目を伏せた。


一瞬、それはスレイマンを産んだ女性のことなのかと浮かび、しかし、今は魔女の話をしているのだから、きっと違うのだと思い直した。


そして私は、この世界で私を産んだ女性は、もし馬車で転落死せず今も生きていたら、私を娘だと思えたのだろうかと、そんなことを考えながら寝台に横になって目を閉じた。




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堂々と相手の目と髪の色の刺繍糸選ぶってどうおもいますか。

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