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【書籍化】野生の聖女は料理がしたい!  作者: 枝豆ずんだ
第五章 冬の踊り子編
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なんか大変なことに、なった

一度銀髪設定から赤にしたエルザの髪色ですが、銀髪の方が……というご意見が多かったので、再度銀設定にしました。

混乱させて申し訳ありませんでした。


大通りに面した立派な佇まいのお店は、さすがは領主直営の街で二番目に大きな商会のもの。

お店の前は綺麗に掃除されており、看板はぴかぴかと光っている。

残念ながらまだ私は文字を読めないが、スレイマンは「ラダー商会だ」と教えてくれた。


ラダー商会は店先に商品を並べる、という事はせず、大きな布で整えられた店先や店内に鮮やかな絨毯が敷かれ、座り心地のよさそうな布張りの長椅子が並べられ、そこで商人や客があれこれ話ながら商品を見せて貰っている。


スレイマンが店の中に入ろうとすると、用心棒らしく手に棒を持った大男がズイッと出てきて「物乞いなら裏手に周りな」と言ってくる。


「この俺を物乞いと見るか」


ぴくん、とスレイマンの眉が不愉快そうに跳ねるが、これは、どちらかと言えば私たちの方が悪い。


何しろスレイマンは乞食のようなボロボロのローブとボサボサの髪に髭であるし、私だって清潔にしているとはいえ、簡素な布で出来たワンピースを着ているだけだ。


片足の不自由な男が小さな子供を連れてこんなに見事なお店の前にフラリと現れたら、それは確かに……物乞いと思われる可能性の方が高いだろう。


「さ、騒ぎはごめんだ!俺はここでもめ事がないようにと雇われてるんだ!」


鋭い眼光に睨まれて、大男が一瞬怯む。

だが職務に忠実なのは良いことだ。ぐっと堪え、スレイマンを睨み返すその根性に私は拍手したかった。


「俺たちは商品を売りに来た。商会ならばまず見てから判断したほうがいいんじゃないのか?」


ちらり、とスレイマンは大男ではなく、店の中にいる使用人たちに聞こえるように言う。


すると、一人の細い白髪交じりの男性が「ここは私が」と引き受け、私たちはお店の隅っこ、一番日当たりが悪くて外から見えにくい場所に通された。


なるほど、小汚い浮浪者二人がお店にいることを周りに見られたくないってことだね!


「それで、当方にお売り頂けるというのはどのような品で? いえ、確かに見せてはいただきますが……しかし、当方はこの街でも屈指の商会でございます。こちらで扱うものや、買い取る物は一級品しかございませんので……よろしければ、相応しい店を紹介させて頂きますよ。その方が、お互い時間を無駄にしないですむでしょう」


白髪交じりの男性は番頭さんポジションなのか、クレーマー対策係なのか、丁寧に対応してくれながらも、私たちを見下す色が消えなかった。


いや、浮浪者相手に真面目に対応してはキリがないからこそ、わざと下に見ている色を出している、というのが正しいのか。


私はふんぞり返るスレイマンが「茶くらい出せ」と要求しているのをヒヤヒヤと聞きながら、もしスレイマンが売りたいものがあんまり価値がなかったら、星屑さんから貰った四つの花を出してみたらどうだろうか、とかそんなことを考える。


「なるほど、お前のところではこれは大した価値がない、と見るのか。知らん間に、竜種の価値も随分と下がったようだな」

「……竜種、ですと?」


スレイマンは懐から布を取り出して、布に包まれた黄金に輝く大きな6枚の鱗、一枚だけ真っ赤に燃えるような色をした鱗を見せた。


「これは……!!! おい!ジャミルを呼べ!! 今すぐに!!」


番頭さん(仮)は並べられた鱗を見て目を大きく見開くと、すぐさま他の人間に向かって叫び、驚いた顔のまま再度、スレイマンを見た。


「こ、これは……本物か? いや、そんなまさか。黄金竜の鱗など、出回るわけがない! 偽物か……どこぞで盗んできた物か……」


ぶつぶつと言いながら、ソワソワと体を動かす。

先程までの慇懃な様子は消え失せて、気の毒な程に動揺している。


そしてすぐに、一人の老人がお付きの人たちに支えられながらやってきて、丁寧に頭を下げてくる。


「ラダー商会、一級鑑定士のジャミルと申します」

「ジャミル! これは、何だ?!」

「はて……もしや……!!? まさか!!!」


ガッ、と老人とは思えない勢いで、ジャミルさんが広げられている布の上に飛びついた。


そして触れぬよう、息が掛からぬよう口元を手で押さえ、震えながら目を皿のようにし、そして次第にその体がブルブルと震え始める。


え、何?

何が起きてるの? 何?


「ふ、ふぅうぅうぉおおおごおぉおおおおおおお!!!!!!!!!!!」


怖いんですけど!

おじいちゃん大丈夫!? どんどん顔が真っ赤になって来てるけど! 血圧上がってない!!? ねぇ!! 大丈夫かこれ!!


なんだか妙な雄たけびを上げるジャミルおじいさんに私は只管ビビリまくり、スレイマンにしがみつく。


スレイマンは「茶が来ない」と不機嫌そうだが、今はそんな場合ではない。


「本物か?! ジャミル?! 本物なのか?! そうなのか!!?」


番頭さんは様子の変わったジャミルおじいさんに私と同じくビビリながらも、その肩をぐいっと抑えて問いかける。


「これが!? 本物であるか!? だとぅ!!!? 金勘定が過ぎて目が腐ったか!!! 若造が!!! これが本物であることはひと目見れば容易くわかろうが!!! 問題なのはこれが未だに神性を保ったままの……最高の状態であるということじゃ!!! 通常ドラゴン種は強い生命力ゆえに死して暫くもその高い防御力から鱗を剥ぐことは難しい! それゆえ完全に死して肉から神性が消えてから素材を剥ぎ取る技術しか今のところない!!! だというのに!!」

「あの、おじいちゃん……あんまり興奮しない方が……」


私は心配になって思わず身を乗り出すが、おじいちゃんはそれどころではないらしい。


「この輝きを見るがいい!! 人間種の扱う黄金などこの黄金からすれば泥じゃ!! わしは長年鑑定士として生きてきたが……これほどの物を目にできるなど!!! あぁ!! 素晴らしい!! 素晴らしい!! これを手に入れたのはどこでじゃ!! まだあるのか!!?」

「落ち着け、ジャミル老」


フィーバーする老人を誰も抑えられないでいると、頭上から低い声がかかった。


「これは、ラダー様」


はっと、番頭さんや周囲の人間が一瞬で頭を下げ、現れた人物に敬意を示す。興奮していたジャミルおじいちゃんも大人しくなり、しかし、粗い鼻息のまま、ラダー商会の一番偉い人だろうラダーさんに説明をする。


「親愛なる我がご主人さま。こちらの品は間違いなく、紛れもなく、本物の黄金竜の鱗。それも、稀に見る最高の状態の超一級品でございます」

「なるほど……こちらは間違いなく、当方にお売り頂ける品、ということでよろしいのでしょうか?」


ラダーさんは番頭さんと同じくらいの、中年の男性だった。恰幅の良い体に、きっちりと巻かれたターバンのような布は私の目からも品の良いものだとわかる。


「そのつもりで来たのだが。――茶はまだか?」


スレイマンはトントン、と机を叩き催促をした。





====




ラダーは3代目、ラダー商会の会長である。

その名は祖父から始まったもので、後を継ぐとしたときに、ラダーを名乗るようになった。


父の代、ラダー商会は街で一番の商会であった。


領主御用達の品々も多く扱っており、ラダー商会の印の入った品はよく売れた。

子供ながら街一番の評判は誇らしく、行商人から始まった一代目から二代目はよくぞここまで大きくしたものだと誰もが褒め称えていた。


そういう大きな地盤を引き継いだ自分は、しかし、祖父程の行動力もなく、父程の商才もなかった。


必死に商人としての勉強をし、幼いころから父にくっついて様々なものを見て来たつもりだが、三代目ラダーは凡人だった。


店は大きい。

使用人たちも一流。

初代と共にこの街へやって来たと言う鑑定士のジャミルはこんな街にいるにはもったいない程の実力者であると誰もが口をそろえる人物だった。


そんなすべてに恵まれた環境の中で、ラダーだけが凡人だった。


周囲が支えてくれ、何とかこれまでを維持することはできている。

しかし、商人は次々に新しいものを見つけ、開拓し、売り買いしていかねば生き残れない。


三代目ラダーとなって十年目。ついに店は街一番、ではなくなっていた。


先代が生きていれば助言を求められただろう。

しかし去年の大雪により、体を弱らせた先代は春を迎えることなく亡くなった。


「お前はお前のやりたいようにやればいい」


悩む息子の手を握り、病床にて父はそう言って笑ったが、これまでの名誉や初代・二代目の実績、そして使用人たちのことを考えれば、少しでも落ちるわけにはいかないのだ。


次の春、領主様の後継者であるグリフィス様がご結婚される。


お相手は小さな村の乙女だそうで、花嫁の支度の品やその他婚礼に必要な品々は街の商会を通してご用意されるらしい。


どの商会を利用されるか、それを決めるための商会同士の勝負が2週間後に開かれる。


商会は花嫁衣裳の一つを用意し、そしてその中で最も優れた物を用意できた商会が、婚礼用の品々を取引できることとなる。


これほど名誉なことはない。

これほどのチャンスはまたとない。


しかしラダーはこれだという品を用意できなかった。


ラダー商会を通じ、あちこちからかき集めた素晴らしい布や装飾品も、しかし、他の商会より優れた品であると、これがラダー商会が誇る最高のものだという自信がなかった。


他の商会はもっと素晴らしい宝石を用意できたのではないか?

他の商会はもっと繊細な細工の首飾りを用意できたのではないか?


他の商会はもっと、もっと、もっと……。


そんな中、ふらりとやってきた粗末な身なりの親子がもたらした品は、ラダーにとってまるで奇跡のようだった。


「黄金竜の鱗に、逆鱗……本当に、当方にお売り頂けるのですね」

「そのつもりで来た」


ラダーは件の親子を直々に二階の応接間に案内する。


初代が取引用に使い、二代目がこれでもかというほど贅を尽くして整えられた部屋は美しく居心地が良いもので、不思議なことに、乞食にしか見えない親子はこの場に狼狽えることもなく、むしろこのような部屋にいるのが相応しい程馴染んで見えた。


ラダーは商人として観察眼が鍛えられている。

それで、この男は貧しい身なりをしているが、話し方や態度は教養のある人物のそれであると見破った。そしてどうすれば取引を己が有利に進められるのか、それを必死で探った。


そして見たところ、男は連れている娘を溺愛しているようだと察する。


二階へ上がる際も、足が不自由な父を娘が手伝うような動作だったが、よくよく見れば、小さな娘が階段から足を滑らせないよう、そして使用人たちの好奇の目にさらされぬよう注意深く空いている方の手で娘の体の位置を動かしていた。


部屋に案内されてからも、娘が居心地の悪くない様にと綿をつめた丸い布袋を引き寄せて娘の方へやったりと、挙げればこの短い間でも随分とある。


それがわかったので、ラダーは貴族の間で流行っているという、果実を八割、蜂蜜を少しと、あとは透き通るほどに美しい水で溶かした飲み物と、最近発見された貴重な植物から作られた、ゼルナという、透明に固まる甘い食べ物を娘のために用意させた。


「あ、これ美味しいです!っていうかゼリー! ゼラチンあるんですかここ!」

「ぜらちん?」

「水分に入れて溶かすと固まる、動物から作れるんですけど、これは違うんでしょうか?」

「最近発見された魔法樹の樹液に魔力を通し乾燥させたものを混ぜて作るのですよ。魔力が必要ですので、魔術工房で作られている貴重なものです」


そんな貴重なものを出してくれたんですか! と娘は驚き、萎縮する。

それを狙っての説明であるので、ラダーは「大切なお客様ですので当然です」と微笑みかけ、少女に恩を着せることに成功したと内心で喜んだ。


「でも、魔力を通さなくても動物の骨とか皮から作れますよね? やっぱり魔力食材の方が美味しいのかな」

「はい?」


不思議な少女はラダーに、動物の骨や皮に含まれる成分から「ゼラチン」という物が抽出できると話した。


説明されるそれは、まさに、魔術工房から作られるゼルナそのもので、聞けば魔力は使わずに作り出せるという。


この少女は何者なのだろうか?


そんな技術は聞いたことがないし、そんな事が可能ならば、ゼルナが高値で取引されるわけがない。

魔力を通し作られるゼルナは貴族の間の嗜好品であり、貴重だからこその付加価値もある。


それが、娘の言う通りの方法で簡単に出来るのなら、それは……商売のチャンスではないのか?


ザラリ、とラダーの心に沸くものがあった。

それは野心だ。

どうやら自分にもツキが周って来たらしいと歓喜し、ラダーは男との取引を再開するのだった。




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